『ゾンビパンデミックの世界⑪』
白月達と行動を共にすると決めた日の翌朝。
白月と陽太を交互に交互に経由して、ひたすらに極上の料理を食らうが如く、この世界の知識を夜通し摂取し続けた私は、ホクホクのツヤツヤ顔でカウンターの椅子に腰を下ろし、未知が既知になる快感を存分に味わっていた。
壁際にあるいくつかのソファーで、うつ伏せにぐだりと寝込んでいる白月と、仰向けで魂が抜けかけている陽太には申し訳ないが、有意義な時間を提供してくれた二人には心からの感謝を禁じ得ない。
白月に関してはジョッシュ君の相手もしているし、かなりの疲労が蓄積しているだろう。
本当なら、まだまだ聞きたいことは山三つほど残っているのだけど、二人がゾンビさながらの表情を浮かべて「寝かせて」と懇願するので、自重ができる大人な私は質問責めの刑を中断してあげることにした。
続きは後日となる。
とは言え、既に山二つは片付けてくれたので、この世界の知識をかなり取り入れることができた。
やはり知ることは嬉しいし、楽しい。
この喜びだけは何回体験しようとも色褪せない。
そうして歓喜の余韻に浸っていると、私の質問タイムが始まった瞬間、いち早くソファーで睡眠を始めたジョッシュ君が目を覚まし、身体を伸ばしてから辺りの様子を窺う。
そして、白月と陽太の姿を見て、次に私の姿を見てから、何故か溜息を一つ吐いたジョッシュ君は近くに置いていたリュックを持って、私の方へと近づいてきた。
「満足しましたか?」
「満足はしてないね」
返事はなかった。ジョッシュ君はリュックの中から瓶に詰められた無味無臭のクラッカーを取り出すと、コルクを外し、黙々と朝の食事を開始する。
『私にも頂戴!』
試しに強く念じてみたところ、ジョッシュ君が瓶の口をこちらに向けてくれたので、遂にここまで来たかと思いつつ、私もクラッカーを一枚取って咀嚼した。
美味しいとも不味いとも感じない、虚無の感覚が口の中に広がる。
このクラッカーを初めて君に振る舞った時は、青ざめた表情で口を抑えていたものだが、すっかりと順応してしまったようで。
慣れとは凄いね。
私達は食感のある空気をしばらく無心で堪能した。
食事を終えると、瓶を片付けながら、ジョッシュ君が一言。
「で、何をするんですか?」
何をする、とは、白月の目的のことを言っているのだろう。
口の中の水分を全てクラッカーに持っていかれた私は、自分のコップの水を飲み干してから、白月の事情について語る。
終始、黙って話を聞いていたジョッシュ君は、理解を終えると、実務的に今後の予定を言語化した。
「なるほど。じゃあ、当面は白月さんの弟さんを探すってことですね?」
私は頷く。
大まかな方針には基本的に口を出さないジョッシュ君は、いつものように「分かりました」と短く承諾した。
話の早い子である。
そんなジョッシュ君には、細かな方針を定めてもらいたいのだけど。
「そっちは? 何かある?」
一拍。
「武器が欲しいです」
彼らしい答えが返ってきた。
武器か。
確かに、ゾンビを相手にするなら必要になるね。
戦闘に関して、私はからっきしなので、ジョッシュ君には二人分の戦力になってもらわなくてはならない。
だとするなら、武器の一つや二つは持っておかなきゃ――。
「ぶ、武器ならあるよ」
思考を巡らせていると、いつの間にか目を覚ましていた陽太が力なく立ち上がった。
陽太はヨロヨロとした足取りで部屋の隅に向かうと、そこに置かれていた大きめの袋を手にして、こちらに歩み寄ってくる。
「それは?」
ジョッシュ君が尋ねると、陽太は袋の中から細長い筒、アクアセルタを片手で持てるサイズにまで縮小したような道具を取り出した。
「爺ちゃんがショーティって呼んでたから、僕もショーティーって呼んでるけど、えーっと、つまりショットガン……じゃ伝わらないか。じ、銃だよ」
銃!!
陽太の言葉を聞いた瞬間、私は前のめりになって食い入るように、それを見つめた。
昨晩の質問タイムで、白月から聞いた話の中に、何度か登場したワードである。
「でも、それは貴重な物で、一般人じゃ手に入らないと言ってなかった?」
グイグイと迫る私の威圧から逃げるように、陽太が身体を仰け反らせる。
「そ、その認識で合ってるよ。僕の爺ちゃんが、一般人じゃなかったんだ」
ふんふんふん。
そうなんだ、そうなんだ。
鼻息を吹かす私を他所に、陽太はショーティーとやらをジョッシュ君に受け渡した。釣られるように、私の視線もジョッシュ君の手元へと移る。
「ど、どう? 興味があるなら使い方を教える……って言っても、爺ちゃんの受け売りだけど。使ってみる? 君なら体も大きいし、すぐ扱えると思うよ」
ジョッシュ君は手にしたショーティーをじーっと眺めたのち、静かに疑問を投げ掛けた。
「陽太さんは使わないんですか?」
この上なく、もっともな問い掛けだった。しかし、陽太はどこか思い詰めた表情を浮かべながら、後頭部をさする。
「僕には、使えないんだ」
「どうしてですか?」
陽太はジョッシュ君の手元にあるショーティーを見つめ、喉につっかえたものを吐き出すように答えた。
「……じ、爺ちゃんを殺した武器だから」




