『ゾンビパンデミックの世界➉』
私達が物置部屋を出ると、椅子に座っていた陽太が一目散に駆け寄ってくる。
「白月さん、だだ大丈夫でしたか!?」
自業自得とは言え、一番危険な思いをした私には目もくれず、白月の心配だけをする陽太。
そんな陽太に、白月は何も返さず、ただただ私を指差した。
陽太の視線がそろりと私に向けられる。
別に心配されないことに不満を抱くような可愛らしい乙女心なんて持ち合わせちゃいないが、それはそれとして、せっかくだから悪戯しておくかと、企みを抱いた私は無造作に口を開き、両手を前に突き出して唸り声を上げた。
「う゛ぁぁぁぁ!!」
ゾンビから仲間判定を受けてもおかしくないくらいの名演技に、まんまとパニックを起こした陽太は「ひぃぃ!!」と女々しい声を上げて後退り、自分の足に足を引っかけて盛大に尻餅をつく。
そのあまりにも情けない姿に、笑いをこらえることができなかった私はケラケラと肩を揺らした。
「冗談だよ。どっちも無事だから、安心して」
真実を口にしてあげると、陽太はしばらく放心したのち、やがてハッと我に返ったような素振りを見せ、安堵の息を漏らす。
「……か、勘弁してよ」
「はは、ごめんごめん」
実に悪戯しがいのある青年である。こうも良い音を奏でられると、またちょっかいを掛けてしまいたくなるね。
それにしても、白月は陽太に気が強いところがあると言っていたけれど、本当なのだろうか。この様子を見ている限りじゃ、その片鱗はまったく。
ん?
陽太について考えていると、ふと横から人の気配を感じ、私は反射的に振り返る。
「…………」
そこには、バールのようなものを振りかざして固まっている、真顔のジョッシュ君が居た。
「何してるの?」
「いえ、別に」
「なんでそれ、構えてるの?」
「いえ、別に」
「ジョッシュ君?」
「深い意味はないですよ」
……いやいやいや。
え、絶対に私の頭を潰そうとしてたよね? あのままゾンビの真似を続けてたら、私の人生、確実に終幕を迎えてたよね?
責め立てるような視線をジョッシュ君に向けるも、そんなものが彼に通じるわけもなく、ジョッシュ君はバールのようなものをそっと下ろし、それを適当な壁に立て掛け、何食わぬ顔で椅子に座った。
心臓にどれだけの剛毛が生えていたら、こうも平然とした態度が取れるのだろう。
というか、この助手……容赦しないとは言っていたけど、容赦しないにも程がある。
もうちょっと、こう、なんかあるじゃん。
葛藤とか、動揺とか。
……いや、まぁ、君らしいと言えば君らしいけど、ここまで躊躇いなく即断されてしまうと、流石の私にも可愛らしい乙女心が芽生えちゃうよ。
まったく。
兎にも角にも、ジョッシュ君の前でゾンビの真似をすることだけはやめようと心に誓った私は、呆れたように溜息をついた。
それからジョッシュ君の隣に私も腰を下ろし、続くように陽太も離れた席へ座ろうとしたが、パンパンと隣の席を叩いて誘導する。
陽太は戸惑う仕草を見せたものの、観念したように私の横へと座った。
台の向こう側で定位置についた白月が新しく全員分の水を注ぎ、コップに質問を添えて差し出してくる。
「マノ、あんた達はこれからどうするんだ? 安全な場所を求めてるなら地図を描くけど」
面倒見の鬼である。
私が男だったなら求婚していたかもしれない。
しかし、実際のところ、悩んでいる。
頼みの研究所は恐らく展開できないだろう。
この世界はかなりの密度で建物が立ち並んでいるし、至るところにオブジェクトがあって、平坦なスペースを探すだけでも苦労しそうなのだ。
その上、仮に展開できたとしても、至るところにゾンビが徘徊していて、籠城したが最後、周りを囲まれて閉じ込められる、なんて可能性も大いにあり得る。
うーん。
私としては、すんなりと事情を受け入れてくれた白月と行動を共にできたら、色々と動きやすいのだけど。
ちらりとジョッシュ君に目を向けると、お任せしますよ、と言いたげに手のひらを返された。
それなら、私の好きにさせてもらおうか。
「白月達と行動を共にするのはダメかな? もちろん、ありとあらゆる手伝いはするよ。ジョッシュ君なんて馬車馬のように使っていい」
拒否されてしまえばそれまでだったが、白月はまったく嫌がる素振りを見せなかった。
「男手が増えるのはこちらとしても有難いけど、本当にこき使うよ? タダ飯はないからね。ちゃんと物資集めには協力してもらう」
……物資集めには、ね。
ここで私の目的にも協力してもらう、と言わないのが白月らしいというかなんというか。
「大丈夫。白月の目的にも協力するよ」
当然である。
ここまで良くしてもらって、何も返さないという選択肢はないのだ。
それは彼女のためでもあるが、私のためでもある。
借りと言うのは、感情や行動の足枷になってしまう。私が、私を抑制しないために、借りは返しておかなければならない。
事情を知らないジョッシュ君は何も聞かずに水を一口。陽太は「話したんですね」と言いたげな視線を白月に向けた。
白月は黙って眉をひそめる。
彼女の性格上、これだけでは遠慮してしまうだろうと予測した私は、ダメと言われてもやるよ、と訴えかけるように力強く見つめ、釘を刺した。
その圧力に効果はあったようで、息と共に何かを呑み込んだ白月は、やがて困ったように微笑んで、小さな吐息を漏らした。
「ありがとう、助かるよ」




