『ゾンビパンデミックの世界⑨』
「これ、完全に埋め込まれてるよな?」
腰を落として異世界転移装置をまじまじと見つめる白月に、私はどうやって説明をしたものかと、その切り口を考えながら目を閉じて言い淀んだ。
こういうシチュエーションは過去にも度々あったが、包み隠さずに事情を説明して、すんなりと受け入れてもらえた記憶があんまりないのだ。
だから普段、転移については適当にはぐらかしているんだけど、こうして聞かれてしまうと特に隠す理由もなく。
ここは話すしかないか、と判断した私は「たぶん言っても信じないよ」、そう前置きしてから、この世界に降り立った経緯を順序立てて説明した。
――数分。
「というわけで、私とジョッシュ君はこの世界の人間じゃないのさ」
語り終えると同時に、作業着のファスナーをキュッと首元まで閉めた私は、かつてない程に分かりやすい説明を果たせたんじゃないかという手応えを感じ、満足げに鼻を鳴らした。
ンフフ。
年々と異世界転移装置に関する説明が上手くなっている気がするね。今なら単細胞生物にも理解させられる自信がある。
……まぁ、理解することと、信じてもらえるかは別の話なんだけど。
でもこれは、致し方ないこと。
自分が住んでいる世界とは別に、また違う世界がいくつも存在しているなんて突飛な事実。
それを口頭だけで伝えられて「はい、そうですか」と信じられるわけがないのだ。
だから往々にして、説明を終えたあとは、変人を見るかのような目を向けられるのが通例となっていた。
きっと、今回も変わらないだろう。
しかしながら、諦観していた私の予想に反して、白月の反応はあっけらかんとしたものだった。
「ふーん。だからあんた達はゾンビを知らなかったわけだ」
「…………」
私は変人を見るかのような目を白月に向ける。
白月は眉をひそめながら私を見下ろしてきた。
「なんだい、その目は」
「いや、信じるんだ?」
腰に手を当てて、呆れたような声を漏らす白月。
「あんたの転移とは違うけど、あたしも世界が変わる体験をしているんだ。今更、何が起きても不思議じゃないよ。むしろ、あんた達の無知具合に合点がいったくらいさ」
どこか思いにふけった顔を浮かべる白月がポンと私の頭に手を乗せた。その手を捕まえるように、なんとなく私も両手を被せる。
「この世界は、他に生存者はいないの?」
ふと気になったことを尋ねると、白月は軽く首を横に振った。
「そんなことないよ。あたし達の他にもたくさんいる。けど、ここはゾンビが多くて危険だからね。皆、人気のないところや籠城できるところに避難していったんだ」
そういうことだったのか。
確かに、わざわざ多くのゾンビが徘徊している街で生活する利点がない。籠城できる場所や人気のない場所があるなら、そこに人が集まるのは自然と思える。
だけども、そうなると更なる疑問が浮かび上がってくるわけで。
「じゃあなんで、白月達はここにいるの?」
当然である。そこまで分かっているなら、白月達もこの街を離れていないと変だからだ。
だが、この質問は白月にとって繊細な話題だったようで、基本的に目を見て話をする彼女の視線がスッと逸れると、数拍ほどの沈黙が流れた。
それでも気まずい空気が流れ始めるよりも前に、白月は視線を戻し、再び私を見つめながら小さく吐息を漏らす。
「まぁ、あんたも話してくれたしね。あたしだけ話さないのはフェアじゃないか」
私の頭と両手に挟まれている白月の右手がするりと引き抜かれる。
そして、白月は神妙な面持ちで事情を話し始めた。
「あたしは、弟を探しているんだ」
「弟?」
頷いた白月は自身のうなじに両手を回し、首に掛けていたロケットのネックレスをおもむろに取り外すと、中にある写真が私に見えるように差し出してくる。
そこには、仲睦まじそうに寄り添っている白月と、どこか彼女に似ている男の子の姿が写っていた。
二人が姉弟だと言われれば、全く疑いようもないくらい納得のいく面影を持っている。
「似てるね」
「蓮って言うんだ。数年前、世界がこんな風になった日に、この街ではぐれちゃってさ」
「なるほど。その子がどこかで生きてると信じて、探しているんだ?」
話を聞いて私はそう解釈したが、白月はそれを否定した。
「いや、生きているとは思っていないよ。そうじゃなくて、ゾンビになっているなら、あたしの手で眠らせてやりたいんだ」
ぱちん、とロケットを閉じる白月。その瞳には、強い覚悟が宿っているように見えた。
どうやら想像以上に、彼女の背負っているものは大きかったようである。
ただ、話してくれた事実を受け取るまでは良いものの、困ったことが一つあった。
こういう時にかける言葉を、私は知らないのだ。
適当な言葉を掛けるだけなら造作もないけど、その行為は私の価値観に照らし合わせると失礼に値する。
理解が足りていないことを理解したかのように語るのはあまり好きじゃない。
それなら余計なことは言わずに口を噤んでいた方が良いと、私はそう思っている。
もっとも、私の唇についているチャックは壊れかけているため、長い沈黙には耐えられないのだが。
仕方なく、ここは話題を変えることにしようと決めた私は、頭に乗せていた両手を下ろして腕を組み、もう一つ気になっていた質問を投げかけることにした。
「白月の事情は分かったけど、それなら陽太は?」
陽太について聞かれた白月は人差し指で頬を掻き、ちょっとだけ困った顔で「あー」と声を上げる。
「あの子は以前にあたしが助けた子で、長いこと弟探しを手伝ってくれてるんだ」
「へぇ、それは……律義だね?」
「大丈夫だからって言ったんだけど、聞かなくてね。まったく、気が強いんだか弱いんだか」
意外だね。現時点で私が陽太に抱いているイメージとは少々異なる印象である。
やはり、人間とはちゃんと関わってみないと分からないものだ。
そこで話に一区切りがついたと判断したのか、いつもの調子を取り戻した白月はネックレスを付け直すと、扉の前に歩み寄ってドアノブに手をかける。
「長話して悪かったね。身体検査は終わりだよ。皆のところに戻ろうか」
彼女の言葉に頷いた私は、共に物置部屋を後にした。




