『ゾンビパンデミックの世界⑦』
「悪いね。ここは電気が使える貴重な拠点だから、簡単に手放したくないんだ。よろしく頼むよ」
どう考えても非はこちらにあるのに、どこか申し訳なさそうな表情を浮かべる白月に見送られた私は、いたたまれない気持ちを胸に抱きつつ、通気口から伸びる狭い通路の中を一人、這うようにして登っていた。
本当なら最高品質の土下座をもって謝罪の意を示したいところではあったが、急かされるように放たれたジョッシュ君の鋭い眼光により、それは叶わなかった。
挙句の果てに「中は暗いから」と、白月は懐中電灯なる光源を私に託してくれて、そのお陰で暗闇に包まれることもなく、順調に進むことができている。
いやはや、ここまで気を回されてしまうと、上げる頭がないね。
白月に報いるためにも、必ずやゾンビの誘導を成功させなくては。
これで失敗などしようものなら、合わせる顔がない、どころの話ではない。きっとジョッシュ君の鍛え上げられた握力によって、私の顔は言葉通りになくなってしまうだろう。
それだけは避ける必要がある。
とは言え、焦ってはいけない。
慎重かつ冷静に、少しずつ着実に。
どうにもこの通路は柔らかい金属で作られているようで、音を立てないように気を付けて進んでも軋みを上げて響くため、全力で駆け登ることができないのだ。
これで無理に急いで、出口にゾンビが待ち構えていました、なんて展開は、笑えない冗談である。
幸い、あの部屋の扉は頑丈だった。
すぐにどうこうなるってわけでもあるまい。
ならば、確実に成功する道を辿るのが、合理的な解であるはず。
そうして狭い通路をじわじわと這っていくこと十数分。ようやく出口までやってきた私は、そっと格子を押し開けて、辺りの様子を窺った。
右良し。左良し。正面良し。
ぐるりと仰向けになって上も良し。
うん。付近にゾンビは居なさそうだ。
安全を確認した私は張り詰めていた息を吐き出し、細心の注意を払って、ぬるりと外に滑り出た。
白月の話によると、すぐ右手側に梯子があるから、それを登れと――お、あったあった。
しきりに目配せをしながら、その梯子へと忍び寄り、速やかに、でも静かに登ってゆく。
それにしても、こうやって単独行動をしていると、なんだか懐かしい気分である。
ジョッシュ君と出会うまでは、いつも一人で危険な行動をしていたからね。
今にして思うと、よく生きていられたものだ。
奇跡と言っていいかもしれない。
まぁ、ジョッシュ君と出会ってからは、私の命は彼に預けっぱなしだけど。
「ふふ」
昔のことを思い返すと、無意識に頬が緩んだ。
そうこうして、梯子を最後まで登り切ると、辿り着いた先は建物の屋上だった。
光の途絶えた真っ暗な街並みが底知れない不気味さを漂わせる一方で、それが逆に夜空の輝きを引き立てているかのようでもある。
不思議な景色だ。
私は警戒を怠らずに、周囲を見渡しながら屋上を歩いてゆく。
一見してゾンビは見当たらない。
見晴らしもよく、物陰らしい物陰もない。
いいね。
ここなら安全に任務を遂行できそうだ。
皆がいる場所へと繋がっている階段も、上から見下ろすことができる。
「あとは」
私はポケットの中をまさぐって、懐中電灯と一緒に白月から授かったもう一つのアイテムを取り出すと、それを手のひらの上に転がした。
確か、防犯ブザーと言っていた。
備え付けられているピンを引き抜くと、大そう騒がしい音が鳴り響くようで、これを使えばゾンビを簡単に誘き寄せることができるのだとか。
しかしながら、白月の言葉を疑うわけではないが、あまりにも小さい。
どれほどの音が鳴るのかは知らないけど、こんな小型の機器で本当に大丈夫なのだろうか。
なんとも、心配である。
「まぁでも、やってみる他にないか」
そんな軽い気持ちで、ピンを引き抜いたことを、私は後悔した。
ビィィィィィィィーーーーーーーーッ!!!!
「いひぃーーーーーッ!?」
ピンを引き抜いた瞬間、手のひらの上から耳をつんざくような音が鳴り響き、思わず情けない叫び声を上げてしまう。
うるさい、うるさすぎる!!
小型であることを不安視したのがアホらしく感じるほどの強烈な騒音だ。
口から心臓が射出されそうになるのを寸でのところで抑えた私は、急いで屋上から防犯ブザーを投げつけた。
同時に「しまった、適当に投げ過ぎたかも」と、すぐさま屋上の縁から身を乗り出し、放物線を描いて落下していくそれの行く末を追いかける。
だけど、問題はなさそうだった。
偶然にも、防犯ブザーは車輪つきの箱の上へと乗っかり、良い具合に囮としての役割を果たしてくれそうな位置に転がり落ちてくれたのだ。
安心した私はそっと胸を撫で下ろす。
それから吹き上げる風に前髪を弄ばれながら、階段付近の様子を眺めていると、音に釣られて誘き寄せられたゾンビが一人、二人、三人。
よしよし。
上手く引き剥がすことができたようだ。
成功を確信した私は、右手を強く握りしめる。
だが、これで精神的にも物理的にも、なんとか面目が保たれたと、安堵し切ったその時だった。
事態は急転することとなる。
と言うのも、不意に防犯ブザーの音を掻き消すほどの爆発音が街に轟いたのだ。
反射的に身を屈めた私は何事かと目を見開き、爆発が起きた方に視線を向けてみる。
すると、遠目に火と煙が立ち昇っているのが確認できた。その詳細を把握するべく、すぐにゴーグルを装着し、視界を絞ってゆく。
「……なんだ、あれは」
瞳に映り込んだものは、私の興味を著しく惹きつけた。
激しく燃え盛る炎の中で、普通のゾンビとは明らかに異なる奇形の化け物が暴れていたのだ。




