『ゾンビパンデミックの世界⑤』
私とジョッシュ君も改めて名前を名乗り、さくっと自己紹介を終えると、青年は私から三つ離れた背もたれのない椅子に腰を下ろし、白月が新しく用意したコップを手に取って水をすすった。
慌てふためく彼の姿に面白みを感じた私は、ジョッシュ君と白月が喋っている横で、観察するようにじーーーっと青年を見つめる。
自分に突き刺さる視線に気づいた青年は、コップを口にあてがったままピシリと固まり、ちらちらと横目でこちらを確認してきた。
私の口角が静かに上がる。
これは珍妙な生物を発見した時に近しい高揚感である。
ちょっとからかってみようと思った私は、スチャっと、一つ隣の席に移動してみた。
すると青年もまた、距離を離すように一つ隣の席へ移動する。
また一つ隣に。また一つ隣へ。
また一つ隣に。また一つ隣へ。
「…………」
「…………」
面白い。このまま追い詰めたらどうなるのかと好奇心に駆り立てられた私は、更に繰り返し、距離を詰めていく。
その都度その都度、青年も距離を離したが、自分が一番端の席に追いやられていることに気付けなかった青年は「わっわっわ」と情けない声を上げて床に尻餅をついた。
それを好機と捉え、私は一気に間を跨いで一番端の席に移動し、尻餅をついた青年を上から見下ろす。
すりすりと腰をさすったあと、私に見下ろされてることに気が付いた青年は、まるで凶悪なモンスターを前にしたかのような形相で慄き、四つん這いになりながら隅っこのソファーへと逃げ込んでいった。
……うん。
「彼、変だね」
小さく息を漏らし、肩を竦める白月。
「まぁ、見ての通りの人見知りだよ。気軽に陽太とでも呼んでやってくれ」
ふんふん。
白月はそう言うと、ジョッシュ君の止まらない質問ラッシュの対応に戻っていく。
どうやら今回の被害者は彼女になったようだ。
新しい世界に辿り着くたび、ジョッシュ君の質問責めに捕まった人は、段々と顔色が悪くなる。
果たして、彼の猛攻を彼女は捌き切れるだろうか。
頑張ってくれたまえ。
一方で、私には私の情報収集がある。
白月はジョッシュ君で手一杯だろうから、おのずと私が問い詰める標的は彼に定まった。
「陽太」
太ももの上で両手を組みながら、俯きがちに座っている陽太の前に私は立ちはだかる。
肩を縮めた陽太は、恐る恐るといった具合で首を持ち上げ、上目遣いで私を見つめた。
「……な、な、何の用?」
何の用かと聞かれれば、答えるしかあるまい。
その疑問に対し、目を光らせた私は右手に持っている『それ』をぐいっと陽太の鼻先に突き付ける。
勢いに圧された陽太は「あわわ」と仰け反ってソファの奥にある壁まで後退ると、私の右手に掴まれたものを見て、うわずった声を上げた。
「……ウ、ウルトラ、ヨーヨー?」
陽太の発言を耳にした私はソファに片膝をついて身を乗り出した。
「知ってるんだね!?」
だったら話が早い。
「陽太、これの使い方を教えてよ! そもそもこれは何? 私の推測では武器に使うんじゃないかと踏んでるんだけど」
鼻息を荒くしてウルトラヨーヨーとやらの使い道を尋ねると、陽太は両手のひらを私に向けながら首を反らせて答えた。
「ち、違うよ。それは、玩具だよ」
おも、ちゃ? これが? 玩具!?
自分の耳を疑いたくなるほど、驚愕の事実である。
信じられない。
だとするなら、ますます興味が湧いてくるというもの。
「どうやって遊ぶの? 見せてよ!」
陽太の手のひらにウルトラヨーヨーを押し付け、私はソファーから離れる。
陽太は受け取ったウルトラヨーヨーをしばし見つめたあと、観念したように、ゆっくりと立ち上がった。
それから、何やら紐の先端に輪っかを作り、その輪っかに自身の中指を通していく。
何をしてるんだ?
より近くで観察しようと、私が陽太に詰め寄ると、陽太は慌てて一歩二歩と後ろに下がった。
「ち、近くに、寄ると、危ないから」
そうなんだ。それは失敬。
言われた通りに私が離れると、陽太は大きく息を吐いて胸を撫で下ろし、ごくんと喉を鳴らしてから、右手に掴んだウルトラヨーヨーを構える。
何が起きるのかと、苦しいくらいに期待で胸を膨らませた私も、中腰になってしっかりと身構えた。
そして、その時はやってきた。
陽太が軽く腕を上げたかと思いきや、素早く手首を返し、地面に向かってウルトラヨーヨーを振り下ろしたのだ。
そんな叩きつけるようなことをしたら、と思ったのも束の間、陽太の中指に繋がれた紐によって、ウルトラヨーヨーは吊るされた状態を維持し、空中に留まった。
シャーーーーーーッ。
小気味のいい音が私の鼓膜を震わせる。
何の音だと不思議に思ったが、よく見てみると、ウルトラヨーヨーがキラキラと光を放ちながら、高速回転していることが分かった。
「わはっ……あはは!! 凄い、何これ!!」
瞬く間に心を奪われた私は、無意識に手を伸ばしてウルトラヨーヨーに触れようとする。
だけど、ウルトラヨーヨーは私の手から逃げるように、垂れ下がる紐を巻き取りながら陽太の手元へと戻っていった。
全身に鳥肌が駆け巡る。
これが、玩具だって?
今までの異世界で見てきた玩具とは次元が違う。どの世界でも、玩具とはもっと単純な構造の遊び道具だった。
なのに、この世界と来たら。
玩具一つにどれだけ本気なのだ。
心の底から感嘆した私は、挟み込むように陽太の手ごとウルトラヨーヨーを鷲掴みにする。
続けざま、好奇心によって崩壊した顔面を存分に見せつけ、嬉々とした声で言い放った。
「私にも、教えて!!」




