『ゾンビパンデミックの世界④』
「ゾンビを知らないって……あんた達、山奥にでも住んでたの?」
白月の呆れ顔から察するに、ゾンビとやらの知識はこの世界じゃ常識のようだ。
だけど、私達は異世界渡航者。
知らないものは知らない。
「そんなところ。だから教えてほしい。さっきの動く死者がそうなの?」
率直に問い掛けると、白月は真剣な表情で頷いた。
「やつらは元々、生きていた人間なんだよ」
その一言から始まった白月のゾンビ講座は、是非ともミミコに見習わせたいと思うほど、要領を得たものだった。
曰く数年前に、発生源は分からないが、唐突に死者が動くという奇妙な現象が蔓延したらしい。
この世界の常識でも、死者が動くなんてことは理解に及ばない出来事のようで、最初は白月も含め、人々は混乱を極めたそうだ。
無理もない。死んだ者は朽ち果てるのみ。
ましてや、動き出すなんて有り得ないこと。
これは異世界レベルで共通のルールである。
そんな当たり前が覆る事態に見舞われて、冷静でいられるはずもない。
しかも、話はそれだけに留まらず、この現象には実に興味深……厄介な性質もあった。
「ゾンビに噛まれたり、傷つけられると、その人間もゾンビになるんだ」
白月はそう言って、コップの水を一気に飲み干した。
感染した人間は漏れなく自我を失い、心臓の動きを止めて身体が腐敗し始める。
そして、それらは最終的に、音を頼って人間に襲い掛かる暴徒となり、次々と感染を拡大させていった。
世界がゾンビという現象に呑み込まれるのに、時間は掛からなかったという。
悪夢みたいな話だよ、と白月は説明を締めくくった。
なんとも壮絶な世界に来てしまったようである。
白月達に助けられなければ、私とジョッシュ君も今頃は、両手を突き出し、日夜うなり声を上げながら彷徨い続ける化け物となっていたわけだ。
恐ろしい。
考えるだけで退屈な人生である。
私には耐えられない。
ゾンビになった未来を想像して戦慄していると、ジョッシュ君が水を一口飲んでから、淡々とした口調で白月に問いかけた。
「ゾンビを止める方法はないんですか?」
その質問に対し、白月は髪を掻き上げながら唖然とする。
「……本当に、何も知らないんだね」
「はい。知りません。なので教えて下さい」
いつになく素直に答えを求めるジョッシュ君。彼女に人の良さを感じてか、白月なら何でも答えてくれると判断したのだろう。
案の定、溜息は漏らすものの、白月はあっさりとその答えを教えてくれた。
「やつらは、頭を潰せば動かなくなるよ」
「……頭を潰せば。なるほど、分かりやすいですね」
その単純明快な対処方法を聞いて、ジョッシュ君は口元に手を当てながら頷く。
しかし、ジョッシュ君の淡白な反応が気に食わなかったのか、白月は急に険しい表情を浮かべ、タンッと机を叩いて私達の目を引くと、半ば叱るような勢いで忠告を口にした。
「言うだけなら簡単だけど、実際にやるとなると話は別だ。いいか? 生きたいなら絶対に躊躇するな。ゾンビはもう、人間じゃない。それは、あんた達のどちらかが感染したって同じことだ」
白月の言葉には、この世界を生き抜くことへの覚悟が滲んでいるように感じた。
話だけでも凄惨な内容だった。きっと、私達には想像もつかない人生を送ってきたのだろう。
それに、実感こそ湧かないが、白月の言っていることは間違っていない。
ゾンビの話が事実なら、私やジョッシュ君が感染することだって当然の如くあり得る。
「そうなった時、あんた達はトドメをさせるの?」
白月の鋭い眼差しがこちらを睨みつける。
ジョッシュ君がゾンビになったら……か。
その可能性を見据えた私は、ジョッシュ君の顔を下から覗き込み、挑発的な笑みを向けた。
「そうだね。その時は実験体になってもらうから、覚悟してね?」
蒼い瞳が真っ直ぐに私を見下ろす。
「博士も、容赦しませんよ」
ンフフ。冷酷な助手である。
白月にとって、私達の反応は予想外だったようで。
「はは……変なやつらだね」
彼女は目を丸くしてから、苦笑いを零した。
――さてと、ゾンビの危険性については理解した。
かつてないほどに気を引き締める必要がある世界であることも承知した。
まぁ、気を引き締める役割はジョッシュ君に任せるとして。
一つ、ゾンビの話とは別に、ずっと気になっていたことがある。
「白月。あの音を鳴らしていた男は?」
尋ねると、白月は思い出したように「あぁ」と声を上げた。
「あの子は成り行きで一緒に行動してる子だよ。そろそろ帰ってくるんじゃ――」
――ガチャ。
タイミングを計ったかのように、出入り口のドアが音を立てて開く。
「も、戻りました」
そう言って現れたのは、おどおどとした雰囲気を漂わせる黒髪の青年だった。
彼は、小人の群れに囲まれているのかと思うほど、しきりに足元で視線を泳がせ、こちらを見ずに会釈をしたあと、そそくさと部屋の隅にあるソファーに向かい、腰を下ろした。
――が。
「陽太!!」
白月が大きめの声を放つと、背筋をぴんと伸ばして慌てるように立ち上がり、わたわたとした様子でテーブルに足を躓かせながら、急いでこちらにやってくる青年。
その声量や物音は大丈夫なのかと心配に思いつつ、地下だから大丈夫かと自己完結したところで、「ちゃんと挨拶しろ」と白月が青年に自己紹介を促した。
青年はズレた眼鏡をしっかりとかけ直し、相変わらず目線は定まっていないが、自身の名前をどもりながら口にする。
「み、水瀬、陽太です」




