『ゾンビパンデミックの世界③』
うーーーーるさいッ!
何をしているんだ、あの男は!
目論見を理解できなかった私は、鳴り続ける騒音に耐えかねて片耳を塞ぎ、渋い顔を浮かべた。
男は急いで箱の中から飛び出してくると、この耳に優しくない不快な音をそのままに、駆け足でその場から去っていく。
うるさくするだけして逃走を図るとは、なんとはた迷惑な男なんだ。
その目に余る所業には、制裁を与える必要がある。
私は男に狙いを定め、右手に掴んでいた紐付きの円盤を投げつけようと振り被った。
しかし、そんな私の思惑は、ジョッシュ君の放った言葉よって制止される。
「博士、見て下さい」
促されるがままに視線を向けると、こちらに向かって集まっていた死者の群れが揃って踵を返し、今度は騒音を鳴らし続ける箱の方へと歩み出していた。
更に、唸り声を上げて後ろからやってきた店主も、さっきまであんなに私達にお熱だったのに、その私達には見向きもせずに横を素通りしていき、他の死者と同じ動きを見せる。
「彼らは、音に反応するということでしょうか?」
「確信を得るために叫んで呼び返してみようか?」
「俺が離れてから一人でやって下さい」
「…………」
ジョッシュ君に冷たくいなされた私は、目を閉じて首を振る。
変わってしまったね、ジョッシュ君。
昔はあんなにも従順で、博士博士と付きまとい、何をするにも興味津々だったのに。
何故だ。
どうしてこうなった。
私は幼き日のジョッシュ君を想起しながら、どこで育成を間違えたのかと思い出を辿ってみるも、育成らしい育成なんてした記憶がないことに途中で気付き、ハッと我に返ったところで、唐突に聞こえてきた女性の声に耳が留まる。
「あんたら。こっちだ、こっち」
声のした方に顔を向けると、店の横にある路地からひょっこりと、白い髪に一房の薄紫を差した若い女性が半身を覗かせて手招きしていた。
「ここは危ないから。付いてきて」
私達の視線を集めたことを確認した女性は、そう言って振り返り、路地の奥へと消えてゆく。
ここでようやく、私達は彼女らに助けられているのだ、という考えに至った。
過度な嫌がらせを受けていたわけではなかったようだ。
「行こう」という意味を込めて、私はジョッシュ君の肩をペチペチと叩く。
ジョッシュ君は私とリュックを背負ったまま、白髮の女性が誘う方へと付いていった。
それから幾分、迷いなく歩を進める彼女に連れてこられたのは、地下に向かって伸びる階段の先に構えられた飲食のできる店と思しき場所だった。
L字のカウンターに沿うように、背もたれのない椅子が点々と並び、壁に掛けられた棚にはいくつものビンが置いてある。
また、暗い暖色系の光源が部屋全体に落ち着いた雰囲気を漂わせていて、やけに心が安らぐ空間となっていた。
だけど、そんな心地の良い空間に辿り着くや否や、白髪の女性はジョッシュ君の胸元を指でつつき、静かに怒鳴るという器用な声色で説教を始める。
「何考えてんだ!! こんな幼い娘を連れて!!」
ふむ、どうやら私の容姿を見て、子供と勘違いしているらしい。
子供に間違われること自体はよくあることだが、ここ最近はあまりないことだった。
なんだか、久々の感覚である。
すぐに誤解を解くこともできたが、私はジョッシュ君が叱られているという物珍しい光景に希少価値を感じ、ニンマリと眺める。
「奴らがどういう存在か分かってるだろ!?」
宥めるように両手を挙げるも、説教を止めない彼女の勢いにたじたじとなるジョッシュ君。
何とかして下さいよ、と言いたげな視線がこちらに飛んでくる。
ククク、困ってる困ってる。
ここで私が彼女に泣きつけば、さらなる猛攻がジョッシュ君に襲い掛かるかもしれない、なんて悪戯心も湧いてきたが、それは流石に可哀想なので、助け舟を出そうと私は熱くなっている彼女の肩を叩いた。
顔を近づけて欲しい、と促すように手招きをすると、彼女は腰を曲げて顔を寄せてくる。
私は彼女の耳に手を添えて、小さな声で実年齢を明かした。
「う、嘘でしょ……?」
目を丸くして狼狽える彼女は、信じられないといった表情で私の顔をまじまじと見つめる。
そんな彼女の視線を浴びながら、私は右手のひらをくるりと返して念を押した。
「本当だよ。なんなら、私が彼を守らなきゃいけない立場とも言える」
まぁ、現実はジョッシュ君に守られてばかりなのだが。
ちなみに、私の年齢はジョッシュ君にも伝えたことがないので、心の内に秘めておくように、としっかり釘を刺した。
真実を知った彼女はバツの悪い顔を浮かべ、ポリポリと頬を掻いてから、ジョッシュ君に頭を下げる。
「ごめん! 早とちりした!」
「いえ、大丈夫です。気にしないで下さい」
謝罪をする彼女に気を遣いつつ、ジョッシュ君も小さく安堵の息を吐く。
うんうん、無事に和解できたようで何よりである。
さて、誤解も解けたところで、どことなく自己紹介の空気がふわりふわりと流れる。
誰から行こうかと読み合いした末、先陣を切ったのは白髪の彼女だった。
「あたしは白月だ。そのまま白月と呼んでくれたらいいよ」
シラツキ、シラツキ、独特な名前だね。
過去の異世界ではなかった語感だ。
「私はマノだよ」
「俺はジョッシュです」
それぞれが自身の名前を明かすと、白月が手を差し伸べてきたので、私達は順番に「よろしく」と言いながら握手を交わした。
そして、握手を終えた白月はカウンターの向こう側へと歩いていき、手際良く用意した三人分のコップに水を注ぎながら、質問を投げかけてくる。
「二人はなんで、あんなゾンビを誘き寄せるような、危険な真似をしてたんだ?」
彼女の発言に、私とジョッシュ君は揃えて声を上げた。
「ゾンビ?」
「ゾンビ?」




