『砂漠と水都の世界㉘』
――デスワームを討伐してから幾日も過ぎた日の朝。
または、異世界転移装置が淡く黄色い光を灯してから二日後の朝でもある、現在。
依頼の報酬で手に入れた治癒の宝玉を素材とし、徹夜で発明をやり遂げた私は、ミミコの家の玄関先でジョッシュ君に顔面を鷲掴みにされ、ぷらぷらと宙吊りにされながら尋問を受けていた。
「どういうつもりですか?」
「おっしゃる意味が分かりません」
「その発明品は何ですか、って聞いてるんですよ」
私は右手に握りしめている『その発明品』をスッと持ち上げる。
「これのことかい? よく聞いてくれたね。これはチュッパくんと言って、異世界転移装置や魔力遮断装置と同じ構造の装置なんだ。治癒の宝玉が魔力を原動力にしていることが判明したから、体内の魔力コアと直に結合すれば、常時治癒状態でいることが可能になぬわぁぁぁぁッ!!」
饒舌に装置の説明を行っていると、私の顔を掴んでいるジョッシュ君の手にぎゅっと力が入る。
コメカミに痛烈な刺激を受けた私は、もがくように手足をバタつかせた。
何ですか、と言われたから説明したのに。
なんと理不尽な仕打ちだろうか。
しかし、ジョッシュ君が怒っている理由も理解はしている。
「俺、言いましたよね? 宝玉を発明の素材に使うのはやめましょうって」
「はい」
「こんなに便利な道具は他にないからと」
「言ってました。五回くらい」
「十二回です」
「え、そんなに?」
「そんなに言っても伝わってないじゃないですか」
「確かに」
ジョッシュ君はどこか諦めたような溜息を漏らし、私からチュッパくんを取り上げる。
「どうせまた、ろくでもない欠陥があるんでしょう?」
「いやいや。どうして欠陥があること前提なのさ」
「ないんですか?」
「……あるけど」
またしても大きな溜息。
ジョッシュ君、幸せが逃げてしまうよ。
「それで、どんな欠陥なんですか?」
「言わなきゃ、ダメ?」
「言わなきゃどうなるか、先に言いましょうか?」
言われるまでもなく、ジョッシュ君の手のひらから殺意が伝わってきたので私は観念する。
「完成したあと、性能を確かめるために手頃な生き物を求めて砂漠に行きました」
「はい」
「そこに通りすがりのサンドラビットが居たので、試行実験をしてみました」
「はい」
「そしたら」
「そしたら?」
「生き物じゃなくなりました」
気まずい雰囲気の漂う沈黙が場を支配した。
……いや、発想自体は良かったと思うんだよ?
思い描いていた通りに効果が発揮できれば、素晴らしい発明品になるはずだった。
想定外だったのは、生き物にとって過剰な回復は害になるということ。
これには私も驚いた、盲点だった。
自動回復装置として機能するところまでは成功したものの、残念ながら人間が扱える代物には出来なかったよ。
ただし、結果的に面白い研究成果を得られたから後悔はしていない。
治癒の宝玉は実質的に失ったようなものだけど、私は大変満足しているんだ。
控えめに言って、最高でした。
でへへ。
発明の余韻に浸って顔を蕩けさせていると、再びジョッシュ君の手に力が込められる。
「覚悟はいいですか?」
私は慌てて制止した。
「待って待って! 私の言い分も聞いて!」
「なんです?」
この男の辞書に手加減という言葉はない。このままでは、有無を言わさずに私の人生が幕を閉じてしまうだろう。
何とか、彼を説得しなくては。
とは言え、適当に練り上げた弁解では伝わるまい。私の本心を、誠心誠意、伝える必要がある。
ジョッシュ君なら、分かってくれるはずだ。
私は小さく深呼吸を入れる。
「いいかい? よく聞いて? 私は発明家なんだ。発明家は発明することに意義がある。発明することに価値を見出すんだ。つまり治癒の宝玉、それそのものは素材でしかない。それを用いて何を作れるかが重要なんだよ。分かるかい? だから私は発明家としての責務を全うしただけで、これっぽっちも悪気はなかったのごめん許してお願い死にたくない」
「言いたいことはそれだけですか?」
淡々と聞き返してくるジョッシュ君の声色に酌量の余地が毛程も含まれていないことを感じ取った私は、静かに察する。
ダメだ。
この助手、初めから許す気がないらしい。
全てを諦め、覚悟を決めるように唇を噛みしめる。果たして、彼の制裁に私の頭蓋は耐え切れるだろうか。
だが、万事休すかと思われたその時、タイミングを計ったかのように耳馴染みのある声が二つ、この場へと飛び込んできた。
「店主さんを連れてきましたよ!」
「なんだ、またやらかしたのか? 嬢ちゃん」
それはミミコとオヤジだった。
私の心に微かな希望の光が芽生える。
良いところに来てくれた、二人共。
ここで助け舟を求めれば、まだ救われる命があるかもしれない。
好機と判断した私は即座にジョッシュ君を指差し、喚くように救援を要請する。
「ミミコ!! 今すぐジョッシュ君にアクアセルタを撃ち込むんだ!! 行け、早く!!」
「そ、そそ、そんなこと、できるわけないじゃないですか!! 何言ってるんですか!!」
「仲間の絆はどうした、裏切るのか!?」
「ジョッシュさんも仲間ですから!!」
ちぃぃ、なんだそれは。
ミミコのくせに真っ当なことを言って。
だったらオヤジ、オヤジなら!!
「一緒にデスアースを飛び越えた仲だよね!? 店主、ジョッシュ君を止めて!!」
「諦めろ、嬢ちゃん。今回も自業自得なんだろ? ちゃんと叱られてきな」
……嘘だ、そんな、オヤジまで。
救いはないというのか。
ものの数秒で希望の光を失い、絶望の淵に立たされた私は真っ暗な視界の中で考える。
仲間とは一体、何なのかと。
だけど、その答えに行き着く前に。
――ミシ。
容赦なく襲い掛かる助手の手によって断末魔の叫びを上げさせられた私の意識は、敢えなく虚無の彼方へと消えてゆくのだった。




