『砂漠と水都の世界㉗』
ミミコと一頻り笑い合ったあと、あわや死ぬところだった緊張から解放されて落ち着きを取り戻した私は、当てもなく泳がせた視線をデスワームの巨大な大口へと着地させる。
…………うん、改めて見ても、実に醜悪な絵面である。どういう進化の過程を辿れば、こんな異常な口の構造になるのか。
それに。
「う゛」
臭い。
ついさっきまで何も感じなかったのに、こうしてデスワームの口元にいることを認識した瞬間、ここら一帯がかなりの異臭に包まれていることに気が付いた。
これはダメだ、鼻が曲がりくねる。
場所を移動しよう。
そう思い、すぐに「よいしょ」と立ち上がった私は、ぱんぱんと泥を払ってみるものの、既にこびりついている汚れに対して何の意味もない行為だと悟り、溜息をつきながらその手を止める。
はぁ、これは綺麗にするのが大変そうだ。
「ミミコ、立てる?」
「立てません」
「そっか、じゃあ先に行くね」
がしっ。
容赦なく置いて行こうとした私の左足に、またしてもミミコの両腕が力強く絡みついた。
「そこは手を差し伸べるところじゃないんですか!?」
「知るか知るかっ! 体格差を考えろ! 私が起こせるわけないだろ!」
ミミコの腕を引き剥がそうと足を左右に振ってみるも、普段からアクアセルタを扱っているだけあって、私の力じゃビクともしない。
思えば、この子と最初に出会った時も、こうして足を掴まれて引き留められたんだ。
少しは認めてあげようとも思ったが、何も変わっていないじゃないか。やっぱりミミコはどこまでもミミコである。
「手を貸して下さいよぉー!」
「イヤだぁぁー! 自分で立てぇー!」
そんな調子で駄々を捏ねるミミコと言い合いをしながら揉み合っていると、不意に背後から聞き覚えのある笑い声が響き渡る。
「だーはっはっは!! 気になって見に来たが、その様子じゃ心配なさそうだな!!」
振り返ると、そこには両手を腰に当てて持ち前の白い歯をニカリと披露するオヤジの姿があった。
「店主!」
「店主さん!」
もはや、安心感すら覚える笑い声だ。私とミミコが反応を見せると、オヤジは右手を上げてから、横たわるデスワームの顔をゆっくりと見上げる。
「……そうか、あの野郎も遂に逝ったか」
そう呟いたオヤジは、表情こそ笑っていたものの、どこか寂しげな雰囲気を纏っていた。
何度も走り合ったと言っていたし、何か思うところがあるのかもしれない。
そうしてしばらくデスワームを見つめていたオヤジだったが、程なくして切り替えるようにサングラスの位置を微調整すると、のしのしと大きな体を揺らしながら歩み寄ってくる。
そこで私はオヤジの背後に、金色ではなく、赤色のアクアヴィーが止められているのを見て、ふと疑問を抱いた。
「金色のアクアヴィーは?」
「あぁ、俺の専用機は故障してるからな、留守番だ。今はレンタル用を使ってここまで来たところだぜ」
「直るの?」
「安心しな。あれくらいの損傷ならちょろいもんよ」
そう、それは良かった。
金色のアクアヴィーも今回、作戦を成功にさせるにあたって、多大な功績を残した存在の一つだ。
しっかりと労わってあげてほしい。
私達の会話が終わるのを見計らって、不安げな表情を浮かべたミミコが声を上げる。
「て、店主さん! 二人の容態はどうですか!?」
確かに、それも気になる。救出した時点では気を失っているようだった。
治癒の宝玉もあるから大丈夫だとは思うが、ここに来て悲報を聞かされる展開は勘弁願いたいところ。
しかし、オヤジはそんな心配を空の彼方へ弾き飛ばすように、胸元でびしっと親指を立ててはにかんだ。
「おう、そっちも問題なしだぜ。二人ともちゃんと無事だ」
その言葉に、ミミコは安堵した様子を見せると、胸を撫で下ろして声を震わせる。
「本当に、良かったです」
一件落着、と見て良さそうだね。
私はミミコの頭にポンと手を乗せた。
それから腰が抜けてへたり込んでるミミコにオヤジが肩を貸しつつ、誰に向けるでもない質問を投げ掛けた。
「そういや、兄ちゃんはどうしたんだ?」
「うん。まだ戻ってきてないんだよね」
「大丈夫なんでしょうか?」
二人共、悪い予感に駆られてか、神妙な面持ちを浮かべ始める。
まぁ、私とて、もちろん心配ではあるが、それ以上に信頼もしている。彼のことだ。自分の身の安全くらいハナから計算に含まれているだろう。
デスアースは雷の発生源よりも高い位置にあったし、きっとその内。
――ほら。
私は遠くから近づいてくるアクアヴィーの音を聞いて、無意識に口角を上げた。
そして、その音が意味するところを全員が察したあと、三人で喜色に満ちた顔を見合わせて大きく首を縦に振る。
「行こう」
「はい!」
「おう!」
先頭を切って駆け出した私は、勢いよく大顎の外へと抜け出した。
照り付ける太陽の光から目を隠すように手を翳し、徐々に接近してくるアクアヴィーをじっくりと見据える。
その時、次第に鮮明になってゆく彼の姿を見て、私は思わず吹き出した。
「ぷっはは。また笑ってるや」
だけど、今度は安心して待ち構えていられる。
だって彼が浮かべていた笑顔は、滅多に見せてはくれない、心の底から喜んでいる、清々しいまでにやり切ったような笑顔だったから。
遅れてやってきたミミコとオヤジも、その光景を見て小さく笑う。
「嬉しそうですね」
「あぁ、間違いねぇ」
私は手を振って大きく声を張り上げた。
「おかえりーーーー!! ジョッシュ君!!」




