『砂漠と水都の世界㉖』
「わはぁぁぁぁぁあッ!! 」
断続的に鳴り響く雷鳴に負けず劣らずの声量で歓声を上げる私は、右手で掴んだミミコのサイドテールをぶんぶんと上下に振り回……そうとするも、即座に腕を掴み返されて阻まれてしまう。
ミミコめ。
私の感情を乗せるのにうってつけの装置なのに。
でも、それでも興奮は冷めやらない。
三回目、四回目、五回目ッ……!!
断続的と言ってもその間隔は狭く、枝分かれして広範囲に降り注ぐ赤黒い稲妻に何度も撃ち抜かれるデスワームが気の毒に思えるほど、強烈な雷光が走り続けた。
想像以上の威力と持続力である。
私達よりも近くにいるジョッシュ君は大丈――ふおおおッ、六回目ッ、また落ちた!! いつまで続くんだ!?
落雷を受け止める度、デスワームの胴体にバリバリと電流が駆け抜ける。
ジョッシュ君の思惑通り、体内の水が導体となっているのだろう。
さしものデスワームも起き上がることすらままならないようで、横たわった状態で軽く身体を跳ねさせる程度がやっとの様子。
むしろ、これだけの雷を浴びて、まだ生きていることに驚きを隠せない。
敵ながら称賛に値する耐久力だが、頼む、そのまま天に召されてくれ。
アクアヴィーを失った今、私の逃走手段はミミコのおんぶしか残っていないのだ。
一抹の不安を抱えながらも、しばらく傍観を続ける私とミミコ。
その後、十一回目の雷鳴が轟くと、ここでようやく、デスワームに執拗な拷問を仕掛けていた稲妻の光が沈静化する。
さっきまでの騒々しさが完全に止んだことも相俟って、砂漠一帯は異常な静けさに包まれた。
ごくりと喉を鳴らし、腕とサイドテールを掴み合った私とミミコはゆっくりと顔を見合わせる。
「デスワーム。動きませんね」
「そうだね」
「倒した、んですかね」
「ミミコ、確かめてきてよ」
「マノさんが行って下さいよ」
「私はほら、狙われてるから」
「だからこそ、近づいたら分かりやすいんじゃないですか?」
「…………」
「…………」
「……仲間でしょ?」
「今は保留で良いです」
……ぐぅぅ、薄情者め。
しかしながら、確認は必要である。
少しだけ、近づいてみるか?
どちらにしても、デスワームが生きているのなら、ミミコヴィーでは逃げ切れないだろう。
だったら、多少近づいてみるくらいの距離は誤差とも言える。
私がそっとミミコのサイドテールを離すと、ミミコも察したように私の腕を離した。
「本当に行くんですか?」
「ちょっとだけ、近づいてみる」
そして。
ザッ。
決意を固めた私が第一歩を踏み出した、その時だった。
どくんと私の心臓が跳ね上がる。
まただ。
デスワームが最初に現れた時と同じ。
目なんてどこにあるかも分からないのに、ヤツに見つめられているという確信めいた感覚。
――生きている。間違いない。
私がそう感じた刹那、大地が大きく波を打った。
静寂を突き破る咆哮と共に、倒れていたデスワームが巨大な二本の大顎を天に突き刺す勢いで起き上がる。
「ひぁぁぁッ!」
「ひぃぃぃッ!」
その姿に、私達は同時に情けない悲鳴を上げた。
信じられない。あの雷撃を受けてどうして生きていられるんだ。
「マママノさん! 生きてる、まだ生きてます!!」
「に、逃げよう、早く! ミミコ、背負って!!」
「無理ですよ! アクアセルタもあるんですから!」
「アクアセルタ、今までありがとう!!」
「置いて行きませんからね!?」
抵抗するミミコの背中にしがみ付こうとしていると、水浸しとなっている砂地に足がもつれ、私はミミコもろとも倒れ込んでしまう。
べちょりッ。
だぁぁ、もう。
なんで足元がこんなにぬかるんでいるんだ。
自慢の白い作業着が泥だらけになったことに憤慨していると、隣で尻餅をついているミミコが困惑したような声で私を呼びつけた。
「マノさん、見て下さい……何か、様子が変です」
何を言っているんだ、それよりも早く逃げないと。
そう思いながらも、私はミミコが指を差している方向へと視線を投げる。
その先にあるのは『さっきと変わらずに』天を見上げるデスワームの姿だった。
「え?」
思わず声が漏れる。
ミミコの言っていることは正しかった。
確かに様子がおかしい。
ヤツの動きが、止まっている?
次第に冷静さを取り戻すと、私はいつの間にかデスワームの咆哮も途絶えていることに気が付いた。
「死んでる……のかな?」
「どうなん……でしょう」
まだ確信は得られないが、先ほどまで感じていた全身を縛り付けるような視線を感じなくなっている。
本当に、最後の力を振り絞って、ヤツは起き上がってみせただけなのかもしれない。
だとしたら、凄まじい執念である。
ともあれ、危機を脱したと判断した私とミミコは、合わせて安堵の息を漏らした。
これで終わ――。
――ピシッ。
「え?」
「え?」
ギギギギギ。
突如として響き渡る、何かが軋むようなその音に、嫌な予感を覚えた私はすぐにまたデスワームの様子を窺った。
「な、なんか、こっちに傾いてきてない? 気のせい?」
ミミコが尻餅をついたまま、砂地を蹴って後退する。
「わ、私にも、そう見えますね」
段々と軋む音が大きくなる。
錯覚と言い張るには無理があるほどの傾きを見せるデスワームに、明確な危機感を感じた私は急いで起き上がった。
やばいやばいやばい。
距離はあるが、あの巨体だ。
どこまで倒れ込んでくるか、分かったものじゃない。ここまで届く可能性も大いにある。
「ミミコ、急いで!! 逃げ――え、ちょ、わ、へぶちッ」
言いながら駆け出そうとした瞬間、ミミコに足を掴まれた私は再び砂地へと無様に倒れ込んだ。
挙句、背中を掴まれたかと思いきや、アクアセルタを携えたミミコの体重がずしりとのしかかる。
「マ、マノさん!! ここ、腰が抜けちゃいました!!」
泥に突っ込んだ顔を持ち上げた私は手足をバタバタとさせて抵抗した。
「ぶぁぁぁ! ミミコ、離せ! 離せぇぇ!」
「嫌です、置いて行かないで下さいー!!」
そんな調子で取っ組み合っていると。
ギギギギギッ!!
ぞくりと背筋に悪寒が走る。
音が、さっきよりも遥かに大きい。
来てる、絶対にそこまで来てる。
すぐさま、上半身をひねって背後を見やると、視界を覆いつくすほどの巨大な黒い塊がすぐそこまで迫っていた。
なぁぁ、来るな、来るな!!
もはや、祈ることしかできない。
私とミミコは迫りくる黒い影を見つめながら、ひしと腕を掴み合う。
直後、凄まじい轟音と共に、デスワームが倒れ込み、地面を通して伝わる振動が私達の身体を大きく飛び上がらせた。
無造作に宙を舞う身体に制御を失いつつも、互いに掴んだ腕だけは離さず、やがて重力に従い、私とミミコはぬかるんだ地面へと豪快にダイブする。
…………。
全身を柔らかい感触に受け止められたのち、幾ばくかの沈黙が流れた。
……散々だ。
最後の最後に、本当に散々な目に遭った。
でも、生きているらしい。
果てしなく、どこまでも、限りなく、どうしようもないほどに、散々ではあるが…………生きている。
私はうつ伏せの状態から身体を反転させて仰向けとなり、大の字になって雲一つない空を見上げた。
それから遅れて、ミミコもゆっくりと起き上がると、地べたにぺたんと座り込み、寝転がる私と視線を重ねる。
「……酷い顔だよ、ミミコ」
「……マノさんもですよ」
お互いに泥だらけの顔を見合って軽口を言い合うと、どうしてだろう。
次第に笑いが込み上げてきた。
それはどうやら、ミミコも同じだったようで。
「ぷっ、あははははっ」
「くす、ふふふふふっ」
デスワームの象徴とも言える二本の大顎の間で、私達は大いに笑い合ったのだった。




