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『砂漠と水都の世界㉕』




 何がどうしてこうなった。


 燃料切れ?

 否、ハンドル付近に備え付けられている水タンクの残量メーターにはまだ余裕がある。


 となると、故障と考えるのが妥当だろうか。

 私はすぐにアクアヴィーを降りて、機体の内部を観察した。


「…………」

「マノさん、どうですか?」

「うーん、さっぱり分からん」


 それもそのはずだった。


 自分で作ったものならともかく、他人の発明、それも異世界の技術で複雑に作られた機構を一目で解析できるなら、私はもっと自分の才能に溺れ、天才を自称する人生だっただろう。


 こんなもの、分かるわけがない。


「どどどどーしましょう!」


 さっきまで成功の確約を宣言しながら笑っていた人物とは思えないほどの慌てっぷりである。


「蹴り飛ばしたら直ったりしないだろうか?」


 うちの発明品が調子悪い時は、それでたまに直ることがある。


 まぁ、その、大抵は悪化するけど。


「そ、そんなことしちゃダメですよ!」


 しかし、他に妙案もないし、時間もない。


 問題なのは、ミミコの射程なんてミミコにしか分からないということ。


 つまり、私達が足を止めているこの状況をジョッシュ君が見た時、普通に考えたら射程圏に入って狙撃の準備を整えた、と判断するはずなのだ。


 だとすると、ジョッシュ君は止まらない。


 恐らくは頂上に到達すると同時に鉱石を投げつけるだろう。


 どうする。どうしたらいい。


 やっぱり蹴るしかないか?

 蹴るしかないよね?


 どうせ使えないのだから試せることは試すべきだ。これで奇跡的に直るなら儲けものじゃないか。


 そうだ。そう。迷っている暇なんてない。

 一刻を争う事態なのだ。


 やってしまおう。

 やってしまえ!!


「てやぁッ!」


 意を決した私はミミコの制止を振り切って、アクアヴィーの腹を思い切り蹴りつけた。 


 ――すると。


 プシィィィィ、ガッガッガッガッ、ピーーー…………ボシャァァァァァ!!


 奇怪な機械音を立てながら激しく痙攣し始めたアクアヴィーは、やがて凄まじい勢いで大量の水を排出し、一瞬で付近の砂地を水浸しにした。


 ひんやりと気持ちの良い波が私達の足を包み込んでゆく。


「…………」

「…………」


 再び水タンクのメーターに目を向けて見ると、先程まで余裕のあった残量が空となっていた。


 ……すぅぅぅ、よし。


「これでアクアヴィーを立て直すという案にリソースを割く必要がなくなったね」


「だから言ったじゃないですかぁあ!!」


 瞳を潤ませたミミコがヤーヤーと喚きながら私の身体を揺すってくる。


 落ち着け、ミミコ。

 囀るな、ミミコ。


 今はそんな過ぎた過去を振り返っている時ではない。

 

 ミミコに背を向けた私は口元に手を添えて、次の手段を思案する。


 考えろ。考えろ。

 不運なことにアクアヴィーは壊れた。


 ならどうする?


 アクアセルタの射程圏まで全力で走る?

 駄目だ、そんな悠長なことをしている時間はない。


 手持ちの発明品は?


 これも駄目。腰に巻いてあるポーチを漁ってみたが、よく分からんお菓子のゴミが出てくる始末。


 思えば、ジョッシュ君のリュックに発明品を預けるようになってから自分で色々と持ち歩くのを怠っていた。


 他には? 何か、何かないのか。

 あれも駄目。これも駄目。それも駄目。


 なぁぁぁ、いくら考えても現状を打開する手立てなんて思いつけない!!


 ジョッシュ君に頼り過ぎて私の脳は退化しているのではなかろうか。


 いや、そもそも、この状況における突破口なんて存在しているのか。もう完全に詰んでいるとしか思えない。 

 

 頭をもしゃもしゃと掻きながらデスアースに視線を投げる。


 ジョッシュ君は今、どの辺だろう。

 間もなく到着してもおかしくない。


 私はいつものようにゴーグルの側面についているダイヤルを回し、視野を絞って焦点を合わせる。


 ジョッシュ君、ジョッシュ君は――――居た!!


 あぁ……不味い。

 既に最後の坂道を登り始めている。


 このままでは間に合わずに失敗してしまう。

 鉱石を失った挙句に何も得られないなんて嫌だ。

 それだけは絶対に嫌だ。


 何とかならないものか!


 せめて、ミミコの視界がボヤける欠点を補えるような手段でもあれば…………あれ…………ば?


「あぁぁぁぁぁぁああッ!!」

「ひゃぁぁあああッ!」


 急に私が叫び出したことで、それに驚愕したミミコも一緒になって驚愕した叫び声を上げる。


 天啓を得た。

 それに気が付いた瞬間、私の全身にはかつてないほどの衝撃が走った。


 馬鹿か、馬鹿か、馬鹿なのか、私は!!


 どうしてこんな簡単なことに気が付けなかったのだ。


「ななな、なんですか! いきなり大きな声を出し――」


「ミミコッ!! おすわりッ!!」

「ひゃいっ!」 


 会話している時間も惜しい。


 ミミコの言葉を遮って命令を下すと、ミミコは言われるがままに湿った砂地へと膝をついた。


 そして混乱した表情を浮かべるミミコの顔面に、むぎゅり。


 私は身に付けていたゴーグルを強引に頭から取り外して押し付ける。


「んぐゅッ……ふぁんですか、ほれ」

「付けて!! 早く!!」


 受け取ったものをゴーグルと認識したミミコは、慌てながらも急いで目に装着した。


 これで良かったんだ。

 こんなことで良かったのだ。


 速やかにミミコの背後へと回った私はミミコの顔を両手で鷲掴みし、無理矢理デスアースの方角へと向けさせる。


「見えたら教えて」

「え、え、ど、どういうことですか?」

「いいから!」


 ゆっくりと、しかし早く、ゴーグルのダイヤルを回してゆく。


 急げ、急げ。

 時間は、ジョッシュ君は待ってくれない。


 すると少しして、ミミコが小さく声を漏らした。

 

「あ……」

「見えた?」


 問い掛けると、ミミコは震えながらも歓喜に満ちた声を上げる。


「は、はい。見え、ます。なんで……うそ……見えますよッ!! マノさん!!」


 気持ちは分かるが、感動している場合じゃない。

 見えたのなら、やってもらわねばならない。


「アクアセルタッ!!」


 最短で的確に状況を伝える言葉はこれしか思い浮かばなかった。 


 だけど、それでも十分に伝わったようだ。


 ミミコはすくと立ち上がって背中に携えたアクアセルタを構えると、右手で掴んだ握りを強く引っ張り上げる。


 アクアセルタの内部から、力を溜める音が静かに溢れ出た。


「行けますッ!!」


 ミミコの合図を受け止めた私はデスアースに視線を投げる。


 ジョッシュ君のアクアヴィーは今まさに頂上へと辿り着こうとしていた。


 その光景を目にした私は、無意識に声を張り上げていた。


「合わせてッ!!」

「はいッ!!」


 一拍の間を置いたのち、デスアースから空に目掛け、赤く煌めく点が投げ込まれる。

 

 それは緩やかに宙を舞い、デスワームの頭上へと放物線を描いた。


 次の瞬間、すぐ隣から、圧縮した水を解き放つような力強い音が鳴り響くと、舞い上がる水しぶきが降り掛かり、ひたと私の顔を濡らす。


 目にも止まらぬ速さで撃ち出された一筋の水線が、流星の如く広大な砂漠の空を横薙いだ。


 そして、その一射がもたらす結末を私が認知したのは、砂漠全体を赤い閃光の波が走り抜け、耳を覆いたくなるほどの雷鳴が世界に轟いた後だった。

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