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『砂漠と水都の世界㉓』




「兄ちゃんだって笑顔くらいは見せるだろ?」


 うん。オヤジの意見はもっともなのだが、ジョッシュ君専門の表情鑑定士である私に言わせると、彼の笑顔には二つの種類がある。


 それは本当に心から喜んでいる時に見せる笑顔と、何か試してみたいことを思いついた時に見せる笑顔である。


 今のジョッシュ君はどちらか、紛れもなく後者だ。


 この状況で、彼があの笑顔を浮かべている時点で、素直に「撤退しましょう」となるわけがない。


 そして……何よりも問題なのは、彼の思い付きは私にとって不利益が生じる可能性が高いことだ。


 私はしみじみとした表情で雲一つない砂漠の空を見据える。


 あれは二人で異世界転移の旅を始めたころ。

 一緒に生活してゆく上で、私は彼にいくつかのルールを課した。


 その中でも特に強く植え付けたルールがある。


 それは、私に遠慮をしないこと、だ。


 彼の生い立ちを考えると当然なのだが、ジョッシュ君は遠慮をしないという行為がとにかく不慣れだった。だから私は、ジョッシュ君から『遠慮』を感じる度に、注意し続けたのである。


 何度も、何度も。


 そうしたら。


 私は両手で顔面を覆う。


 ……彼は私に対して本当に、これっぽっちも遠慮をしなくなってしまったのだ。


 それはもう見事なまでに。


 いや、それで良い。それで良いんだけどね。

 目指した関係性は間違っていないのだが、まさかここまで遠慮されなくなるとは思っていなかった。

 

 そんな経緯もあってか、ジョッシュ君が何かを閃いた時、ジョッシュ君の中で遠慮せずに要求を通せる存在として扱われることが多く、私にとって良くないことが起きる可能性が高いのだ。


 それこそ、昨日のサンドワーム戦で、縄をくくり付けられて釣り餌にされたことなど記憶に新しい。


 過去の体験を思い返していると、程なくして、ジョッシュ君とミミコが私達のもとへと辿り着き、水しぶきを上げてアクアヴィーを停車させた。


「マノさん、店主さん! やりました! やりましたよ! 二人とも無事です!」


 ミミコが心の底から安堵した表情で、繰り返し、繰り返し結果を報告する。


 彼女にとっては全てを投げ出してでも助けたいと思える程に大切な仲間だ。


 それを無事に救出できたのは、素直に喜ばしいことである。


 この上なく、めでたし。

 文句なしの、めでたし。


 当初の目的は完璧に達成された。


 最高の成果と言えるだろう。


 そう、ここで帰還する以外の選択肢があるわけがないのだ。


 私は露骨にジョッシュ君と目を合わせず、真っ直ぐに水都の方角を指差した。


「よし、じゃあ、急いで街に戻ろうか!」


 これは苦肉の策だった。

 流れでそのまま行けないものかと。

 でも分かってる。そうはならない。


 もはや、口にしてみただけで、万が一の期待もしていない言葉だった。


「博士!」


 彼に呼ばれて、びくんと私の身体が跳ねる。


 来た。


 息を呑みながら、恐る恐るジョッシュ君の顔に目を向けると、彼は不敵な笑みを浮かべて、玩具を前にした子供のように目を輝かせていた。


 純真無垢な瞳が容赦なく私を捉える。

 

「やってみたいことを思いつきました!」 




 その一言から始まったジョッシュ君の説明を聞いて、私は全力の駄々を捏ねた。


「嫌だぁぁぁぁあああッ!!」


 ジョッシュ君はリュックから取り出した『それ』を、私の手が届かない所まで高々と掲げる。


「ジョッシュ君! ダメ! 嫌だ! それだけは! 返して! 返してぇッ!」


 手を伸ばし、ぴょんぴょんと幾度もジャンプを試みるが、圧倒的身長差を前に為す術もなく、無力を感じた私は縋るようにジョッシュ君の足へとしがみ付いた。


 斯くなる上は、心に訴えかける作戦で攻めるしかない。

 

 今こそ、この少女のような見た目を活かす時だ。


 私は身体を震わせて悲壮感を演出し、首を傾げながら潤んだ瞳でジョッシュ君を見上げる。


「……じょっしゅくん、おねがい?」

「ダメです」


 瞬殺だった。この男、無慈悲である。

 砂粒ほどの罪悪感も感じていない。


 誰だ、ジョッシュ君をこんな子に育てたのは!!


 打つ手を無くした私はジョッシュ君が掲げる『それ』を名残惜しく見つめた。


 うー。せっかく手に入れることができた希少なモノなのに。


 ジョッシュ君の手の内にあるもの、それは昨日の洞窟探索でサンドワームに追われながらも入手した、赤い電流を内包する鉱石だった。


 彼はこの鉱石を使って、デスワームを倒そうと目論んでいるのである。


 曰く、体内を水で満たされたデスワームの口元で、この鉱石を砕いたら倒せるのではないか、とのこと。


 分かる、分かるよ。

 やりたいことは分かる。


「で、でもさ? どれくらいの力が込められているかも分からないじゃない? そんな冒険しなくても」


「いえ、この鉱石に秘められている電気の力は相当なものだと、親切なアクアセルタ使いの方が教えてくれました」


 ……ほう。

 ジョッシュ君に余計なこと口走った戦犯者に視線を投げつけると、その戦犯者は咄嗟に顔を逸らした。


 作戦を終えたらサイドテールを花丸にする予定だったが、バツ印に変更である。


 恨めしくミミコを睨みつけていると、ジョッシュ君が淡々とした口調で段取りを始めた。


「時間がないので手短に言いますね。作戦は至ってシンプルです。俺がデスアースに登ってヤツに鉱石を投げつける。それをミミコさんのアクアセルタで撃ち抜く、それだけです」


 ジョッシュ君は皆の反応を待たずに続ける。


「博士はミミコさんのアクアヴィーに搭乗して下さい。そのまま二人でアクアセルタの射程距離まで移動をお願いします。ミミコさん、適正距離なら鉱石を狙えますか?」


「やや、やれると思います!」


 あたふたとしたミミコの受け答えに頷いて返すジョッシュ君。


 それから次は〜、とジョッシュ君がオヤジの方に振り返ると、意図を察したオヤジが先んじてジョッシュ君に問い掛けた。


「俺の役割は救出した嬢ちゃん達の仲間を連れて帰還ってところか?」


「はい。店主さんのアクアヴィーは汎用機よりも一回り大きいので、二人なら行けませんか?」


「乗せることはできるが、何か支えるも……」

「これを使って下さい」

「おお、おう。これなら大丈夫だぜ」


 オヤジが懸念を言い切る前に、ジョッシュ君はリュックから取り出したロープを差し出した。


 相も変わらず、用意周到な助手である。


「作戦は以上です。キュースィーちゃんの水が切れるまでが勝負なので、急いで準備しましょう」


 瞬く間に作戦内容を説明してのけたジョッシュ君は、ミミコの仲間を手際良くオヤジのアクアヴィーへと乗り換えさせる。


 その様子を見て、私は小さく口元を緩めた。


 夢中になっちゃって、まぁ。

 もうジョッシュ君には作戦をやり切ることしか頭にないのだろう。


 んーーーーーーーぁぁ、もう、仕方ないな!

 そんな姿を見せられては止められないじゃないか。


 意を決した私は大きく空気を吸い込み、強く一息。


 こうなったなら、やるしかないのなら、目指す結果は成功一択だ。


 私はミミコのアクアヴィーに乗り込み、ハンドルを握りしめる。


「行くよ! ミミコ」

「は、はい! ちょっと待って下さい! 店主さん、これを二人に!」


 言いながらミミコがオヤジに差し出したのは、治癒の宝玉だった。


 助かったと言っても、ミミコの仲間は衰弱している。適切な処置と言えるだろう。


 既に所有権はこちらにあると言っても過言ではないが、私も鬼じゃない。今は貸出を許可しよう。


 治癒の宝玉を受け渡したミミコは足早に駆け寄ってきて、後ろのシートへと乗り込む。


「運転お願いします!」

「うん、任せて」


 私とミミコの準備が整ったことを確認すると、ジョッシュ君がアクアヴィーをふかしながら声を上げた。


「それじゃ、俺はデスアースに向かいます。もしも、決行前にキュースィーちゃんの水が尽きた場合は、すぐに撤退して下さい」


「おっけー」

「分かりました!」


 私達の返事を受け取ったジョッシュ君は満を持して掛け声を放つ。


「では、行きましょう!」


 それを合図に、私達は各々の目的に向かって散開した。


 私は遠退いていくジョッシュ君の姿を少しだけ目で追いかける。


 ……しょうがない。


 普段は私の我が儘を受け止めてくれるからね。

 今回は私が彼の我が儘を受け止めよう。


 そう決心したのちに彼から目線を外し、デスワームのいる方角へと向き直る。


 こうなったら、鉱石の採算はデスワームの素材で取ってやる。


 

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