『砂漠と水都の世界㉒』
さて、この上ない達成感に満たされた今、もう心情的には皆で肩を組みながら打ち上げへと洒落込みたいところではあるが、まだそういうわけにもいかない。
作戦通りに事が運んだとは言え、結果を見届けるまでは成功とは言えないのだ。
慣れた手つきでバンダナを巻き直しているオヤジを背にして、私は状況を確認するべく崖際へと歩み寄る。
「おい嬢ちゃん、落ちるんじゃねぇぞ」
「あはは。ここに来て、そんなドジ踏むわけ」
――ガラガラガラァッ。
言いながら足を伸ばすと、その先にある地面が音を立てて崖下へと剥がれ落ちていった。
「…………」
「…………」
私は伸ばした足をゆっくりと引っ込め、一歩二歩と後ずさる。それから地面を刺激しないよう慎重に、そっと、息を殺し、静かに四つん這いの姿勢となった。
決してビビったわけではない。これはあくまでオヤジに心配をかけまいとする配慮である。
「それが賢明だぜ」
気を取り直して丁寧に深呼吸を行った私は、警戒しながら崖下の様子を覗き込んだ。
「どうだ、嬢ちゃん」
「いない、ね」
「いない?」
「うん、いない」
私の目に映るのは切り立った崖と、大地にぽっかりと開いた大穴……デスワームの通り道だけだった。
得た情報から察するに、再び地中へと潜ってしまったようだが。
だとすると、状況としてはあまり芳しくない。
キュースィーちゃんが発動したとしても、地中に居られては手の施しようがないからだ。
じわじわと頭の中に作戦失敗の文字が浮かび上がる。このままではミミコの仲間を助けることなんて。
しかし、そんな私の杞憂は次の瞬間に吹き飛ばされることとなる。
唐突に大きな揺れを感じたかと思うと、少し離れた場所で凄まじい音が鳴り響き、デスワームが激しく砂塵を巻き上げて飛び出したのだ。
「来たッ!!」
デスワームはそのまま砂地の上へと横倒れ、苦しむように巨体をよじりながら暴れ回る。
自慢の大口から滝のように水を吐き出しているところを見ると、どうやらキュースィーちゃんは絶好調で稼働しているらしい。
デスワームにしてみれば、胃の中に突如として湖が出現したことになる。
パニックもいいところだろう。
しばし観察を続けていると、のたうち回るデスワームの周りを二つのアクアヴィーが旋回する。
ジョッシュ君とミミコだ。
デスワームが吐き出した仲間をいつでも回収できるように、見計らっているのだろう。
ただ、ヤツにあれだけ動き回られると、近づくのも容易ではなさそうだ。
上手く救助できるといいのだけど。
私はすくっと立ち上がって振り返る。
「店主ッ! アクアヴィーはまだ走れる?」
「あぁ、リミッターは戻しておいた。通常仕様ならしばらくは持つはずだぜ」
「良かった。なら、私達も二人のところへ向かおう!」
私の言葉に頷いたオヤジは足早にアクアヴィーへと搭乗し、続くように私も足掛けを利用してシートの上に飛び乗った。
あとはミミコの仲間を回収して速やかに撤退するだけだ。
これ以上の厄介事はないと、願いたいものだね。
そうして私達はデスアースを下る。
さっきまでの苛烈なチェイスが嘘のように、安心安全で快適最高なドライブを魅せるオヤジは、砂漠で溺れるという奇妙な体験をしているデスワームに寄り過ぎない位置まで近づき、程々に盛り上がった砂山の上でアクアヴィーを停車させた。
「……とんでもねぇ暴れっぷりだな」
どしんどしんとデスワームが身をよじる度に大地が揺れる。
まぁ、気持ちは分かる。
気持ちは分かるけど、もう少し慎ましく淑やかに苦しんでもらえないだろうか。
救出したあとなら好きに暴れてくれていい。
そこは譲歩する。
なので、こちらの事情も汲み取ってほしい。
二人の安否と成功を祈りつつもそんなことを考えていると、その思いが通じてか、次第にデスワームの暴れ方が緩やかになっていき、やがてぐたりと横たわって静止した。
「おぉ……」
あの化け物をこれで仕留めきったとは到底思えないが、これは好機である。
今の内に仲間を救出することができれば。
ジョッシュ君達も同じ考えを抱いたようで、遠目に二人が接近していく姿が見える。
しかし、この離れた場所からでは、それ以上の動向を追うことはできなかった。
もどかしい。本来ならば、私達も救出に参加した方が成功率は上がるだろう。
でもオヤジのアクアヴィーは既に満身創痍、燃料もどこまで持つか分からないとあっては、最悪を想定すると足手まといになりかねない。
ここは信じて待つしかないだろう。
それからしばらくすると、オヤジが指を差しながら声を上げた。
「おう。兄ちゃん達がこっちに向かって来るぜ!」
それを聞いた私はすぐさまゴーグルのダイヤルに手をかけて、二人の姿に焦点を合わせる。
そして、目に映るその結果に、右手を強く握り締めた。
「……成功だ。成功してるッ!」
「本当か!? 嬢ちゃん!」
アクアヴィーを操縦する二人の肩先から、見知らぬ男と女が顔を覗かせている。
意識はないようだが、あれがミミコの仲間で間違いないだろう。
ジョッシュ君達は見事に救出を成功させたのだ。
デスワームも依然として沈静化している。
もう彼らが危険に晒されるということもあるまい。
このまま速やかに水都まで撤退してしまえば、作戦は成功だ。
それはつまり、依頼完了ということ。
それはつまり、報酬確定ということ。
そう……これで治癒の宝玉が手に入るんだ!!
その事実に口角を跳躍させた私はオヤジと向かい合い、互いに突き出した剛腕と軟腕を打ち付けて歓喜の叫び声を上げた。
「やったぁぁッ!!」
「よっしゃあッ!!」
私とオヤジで喜びの方向性は確実に違うだろうが、細かいことは気にしないでおこう。
喜びは喜び。嬉しいものは嬉しいのだ。
それでいい。なんだっていい。
宝玉を弄り回す幸福な未来に想いを馳せながら、ジョッシュ君達の方へと向き直った私は、順調に近づいてくる彼らの姿を今か今かと見据えた。
治癒の宝玉!
治癒の宝玉!
――だが、その時である。
私の脳裏に微かな、でも確かな違和感が過る。
「待って……なんか……おかしい?」
心の中に漠然とした不安がじわじわと広がる。
それが何かを言語化することはできなかった。
だけど、この不安を私は知っている。
「……絶対におかしい。何か変だ」
全て上手く行っているはずなのに。
何も問題ないはずなのに。
全身の細胞が警鐘を鳴らしている。
胸のざわめきが止まらない。
焦燥する私の様子を見て、訝しげな表情を浮かべるオヤジ。
「何がおかしいんだ? デスワームは大人しいし、仲間の救出もできた。兄ちゃん達も嬉しそうだし、後は逃げるだけだ。何も問題ないだろ?」
……あ。
オヤジの言葉が耳に届くと同時に、ぶわわと身の毛がよだった。
……それだ。
違和感の正体を完全に理解した私は、ズサリと音を立てて躊躇ぎ、声を震わせる。
「ジョッシュ君が……笑ってる」




