『砂漠と水都の世界⑲』
翔んだ!! 翔んでる!!
羽根がついたようなボディに変形した意味も多少はあったのか、凄まじい勢いで砂山から飛び立ち、なだらかな滑空に成功したアクアヴィーは思った以上の飛距離を出して着地した。
――が、勢いそのままに滑り出せるかと思いきや、足を止めたアクアヴィーは水をまき散らし、嫌々と首を振るように車体を揺らし始める。
「お、お、のわぁっ! ふぉぅっ!」
右へ左へ。
左右に振られる度に情けない声が口から漏れる。
何がそんなに気に食わないんだ、アクアヴィー!
「ぐおおッ……言うこと、聞きやがれ!!」
あのオヤジにも全く余裕が感じられない。
相当な力でハンドルを握っているようで、屈強な肉体が一回り大きく盛り上がっている。
操縦者がオヤジでなければ、数秒と経たずに振り落とされていたことだろう。
頑張ってくれ、オヤジ。
この場を切り抜けられたなら、私がオヤジの伝説を異世界にも語り継ぐから。轟かせるから。
気張るオヤジを鼓舞しつつ、首を回して背後に目をやると、何やらデスワームが勢いをつけてこちらに振りかかろうとする素振りを見せていた。
あぁ、ひじょーーーに不味い事態である。
どうだろう?
ここは一つ話し合わないか、デスワーム。
話し合えば、互いの妥協点が見つかると思うんだ。
穏便に行こうじゃないか。
その口は何の為にある。
食べるしか脳がないのか!!
思いたい放題に念じてみるが、止まる気配は一切なし。このままじゃ上から呑み込まれる!
「来るよ、来る来るッ!! やばいよ、店主ッ!!」
「だぁらぁ!! 急かすんじゃねぇ、嬢ちゃん!!」
てんやわんやとしていると、大きな影が私達に覆い被さり、デスワームの巨体が傾き始めた。
依然としてアクアヴィーの首振りは止まらない。
「なァーーーーー!! 店主ーーーーッ!!」
「諦めんなッ!! まだ終わってねぇッ!!」
オヤジの威勢は逞しいが、そうは言っても間に合わない。
鳥肌を誘発するデスワームの悍ましい大口がうねりをあげて襲いかかってくる。
駄目だ、観念しよう。こうなったらヤツの体内でキュースィーちゃんを発動させるという最悪のプランを決行するしかない。
活路があるとすれば、それだけだ。
まぁ……生きていられたらの話ではあるが。
全てを諦め、苦肉の策を思い描いていたその時。
――ドシュッ!!
唐突に、デスワームの顎下を一本の水柱が貫いた。
さらさらと粉のような水しぶきが顔に降り掛かる。
それでも目を見開かずにはいられなかった。
あれは、アクアセルタの。
傷口から化け物らしい紫色の血を噴き出し、躊躇ぐように動きを止めるデスワーム。
そんなデスワームに追い打ちをかけるように。
――ドシュッ!!
再び、あの音が鳴った。
勢い良く線を走らせる二本目の矢。
それは最初に貫いた場所へと的確に突き刺さり、容赦なく傷口を抉った。
……凄まじい精度。
彼女の技量を考えると偶然ではないのだろう。
さしものデスワームにもしっかりと痛覚はあるようで、余ほど痛かったらしい、大地を揺るがす咆哮を放ちながら大きく仰け反った。
その挙動によって舞い上がる砂煙の中、尻尾のように揺れる彼女のトレードマークが一瞬だけ視界に映り、すぐに消える。
私は小さく微笑み、窮地から守り抜いてくれた救世主に心の中で感謝を捧げた。
助かったよ、ミミコ。
気持ちとしては、今すぐにでも駆け寄ってサイドテールを掴み取り、見事な花丸に仕立ててやりたいところだが、それは作戦を終えるまで我慢しておこう。
ミミコが稼いでくれた一時を無駄にするわけにはいかない。
オヤジも同じ感情を抱いたのか、気合を入れるように大きく吠える。
「ここでやれなきゃ、漢じゃねぇだろッ!! ぬぉぉおッ!!」
その怒鳴るような唸り声に押し出されてか、駄々を捏ねていた金色のアクアヴィーが徐々に滑走し始め、やがて驚異的な速度で砂地を駆け出した。
「おぉ、進んだッ!! 進――んっぐッ」
アクアヴィーの前進に喜んでいると、とてつもない風圧が私の顔面をぶべべと潰す。
息が、出来ない。
辛抱たまらない状況に、すぐさまオヤジの巨体を盾にし、呼吸の素晴らしさを身に沁みて感じながら胸を撫で下ろした。
淑女になんて顔をさせるんだ。まったく。
だけど、これでなんとか危機的状況から脱せた。
この難を逃れることができたのは紛れもなく。
――ドシュッ!!
ミミコのお陰だ。
アクアセルタの音がしたのち、背中を押すような力強い声が後方から響き渡る。
「お願いしますッ!!」
その声には意地でも作戦を成功させたいという意思が込められていた。
背負うには覚悟を要する重い意思だが、命を助けられてしまっては受け継ぐしかあるまい。
私は振り向かずに右手を突き出し、ピースサインで応える。
こちらを見ているかは分からない。
ただ、もう一度、アクアセルタは遠くで鳴り響いた。
それから激しい蛇行を繰り返しながらも、砂漠を駆け抜ける金色のアクアヴィー。
しかし、それも次第に緩やかな蛇行へと落ち着いてゆく。
「掴んだぜッ!! 行けそうだ!!」
高笑いしながら楽しそうに朗報を告げるオヤジの声に空気が変わる。
オヤジは明らかに、リミッターを外したアクアヴィーを操縦していた。
もはや人間業じゃない。
ここまで来ると、素直に感心してしまう。
このオヤジ、ちゃんと伝説だ。
ちゃんと、アクアヴィーを突き詰めている。
良い。凄く良い。
ミミコといい、オヤジといい。
一人の人間が『好き』を極める姿はどうしてこうも心揺さぶられるのか。
私は昂ぶる感情を右手に込めて、オヤジの背中をバシバシと叩く。
「いてぇ、いてぇ、なんだ嬢ちゃんッ!」
「あっはは、やるじゃんッ!! 凄いじゃんッ!!」
「分かった、分かったから叩くなッ! いてぇって!」
嫌がっているように見えて、本人も操縦できたことは嬉しいのか、褒められることに関しては満更でもなさそうだった。
そうして私の気が済むまで褒め称えたあと、気持ちを切り替えるように、オヤジは真剣な表情を浮かべる。
「だけど嬢ちゃん、まだ油断はできないぜ。本番はここからだ」
そう。オヤジの言う通り、この鬼ごっこは前座に過ぎない。
ぐんぐんと近づいているデスアースに目を向ける。
まだ少し距離があるように見えるが、このスピードならあっと言う間に辿り着いてしまうだろう。
間近で見ると、やはり崖と崖の間は結構な距離がある。
今から私達は、あそこを飛び越えるのか。
「どうなの? 行けそうなの?」
「まぁ、そうだな。八割ってところか」
「ちょ、どっち!?」
「だっはっは! 今度はちゃんと成功率の話だ」
「……もう、心臓に悪いよ」
ジトりとオヤジを見つめてから安堵の息を吐く。
「行けるんだね?」
「あぁ、問題ねぇ。そっからは嬢ちゃんの仕事だぜ」
「うん。任せて」
私はポケットの中に右手を突っ込み、キュースィーちゃんをしっかりと掴んで取り出した。




