『砂漠と水都の世界⑱』
「え。リミッター解除って、大丈夫なの?」
その衝撃的な発言に対し、間髪入れずに問い掛けると、オヤジは余裕を纏って胸を張る。
「大丈夫だろ。俺なら。伝説の男だぜ?」
「そうだけど……本当に制御できるの?」
「まぁ、八割ってところだな」
おぉ……八割。
勝算としては十分過ぎる数値だ。
リミッターを解除したアクアヴィーは私も体験しているが、あのじゃじゃ馬モードを八割もの確率で制御できるなら賭けてみる価値はあるかもしれない。
さすが、伝説のおと――。
「八割がた事故る」
「待って? 別の方法を考えよう?」
とんだ見込み違いだった。
「腹括れ、嬢ちゃん! ここまで来たらやるっきゃねぇだろ!」
「死にたくはないのだけど!!」
自身の好奇心に突き動かされ、何度も死線を彷徨ってきた私が言えた義理ではないが、勝率二割の賭けに人生をオールインするのは分が悪すぎる。
「そうは言っても、このままじゃ埒が明かないぜ。それに燃料の水が切れたらそれこそ終わりだ」
「うっ……まぁ、それは確かに」
オヤジの言っていることはもっともだった。
アクアヴィーに積載されている燃料も無限ではない。
ましてや、絶賛水漏れ中。
このままデスワームとつかず離れずの攻防を繰り広げていたら、いずれ燃料が切れ、美味しく頂かれてしまうのは目に見えている。
しかし、そうは言っても勝率二割……二割か。
いや、この状況においては二割も勝率があると捉えるべきなのか? ここで拒んだところで他に妙案があるわけでもなし。
……ダメだ。
考えれば考えるほど、理に適ってる。
う゛ーーー。
だぁーーー。
「分かった、分かったよ! 命預けるからね!!」
「だっはっは!! それでこそ嬢ちゃんだぜ!!」
半ばヤケクソ気味に了承すると、オヤジは夢を持った少年のような笑顔で大きな身体を揺らした。
その姿に私は諦めたような溜息を一つ漏らす。
言ってることは正しいのだけど、状況に託けてリスクを楽しんでいるようにしか見えない。
ホントに。どこまで本気で、どこまで冗談なのか、掴めない男である。
――でも、やると決まったなら、こちらの心構えも変わってくるというもの。
命運を託した以上、結末はオヤジの運転技術に依存する。
つまり、泣いても笑っても、どうなるかはオヤジ次第ということだ。
だとするなら、こんなの笑わなきゃ損である。
泣いて喚いてオヤジのつるつる頭を叩くのは、失敗してからでも遅くない。
それよりもせっかく、この特等席に座っているのだ。伝説の男が伝説たる所以を見届けようじゃないか。
合理的に楽しむことを優先した私は恐怖にフタをして心の隅っこにポイっと放り投げる。
それから「いいか? よく聞け」と前置きし、真剣な顔つきで説明を始めるオヤジに耳を傾けた。
「次にデスワームが顔を覗かせた時が勝負だ。そこでヤツとの距離を一気に引き離す」
「うん。合図は任せるよ。私はレバーを引いたらすぐに掴まる」
「相当な衝撃が来るはずだ。落とされないようにしっかり掴まるんだぜ?」
「大丈夫。身をもって理解してるよ」
私の返答にいつもの調子で高笑いしたオヤジは「そうだったな」と一言、小刻みに肩を震わせた。
その様子は傍から見てる分には平常運転のオヤジにしか見えなかったが、オヤジの肩を掴んでいた私はあることに気付く。
この震えが別の意味を含んでいることに。
もしかして。
私はニヤリとし、茶化すような目つきでオヤジを覗き込む。
「もしかして、怖いの? 店主、震えてるよ」
「なっ、馬鹿野郎! 武者震いって言葉を知らねぇのか!」
「ほんとにー?」
「たりめぇだ! 俺が恐怖に屈するわけねぇだろ!」
伝説の男の動揺する姿に満足した私は悪戯混じりの笑みを浮かべる。
まぁでも、本人が言っている通りで、オヤジが恐怖に屈しているとは思えない。本当に、この危機的状況を楽しんで震えていたのだろう。
それにしても、あの慌てっぷり。
フフフ。
余韻に浸りながらほくそ笑んでいると、緊迫感を纏ったオヤジの声が耳に届き、我に返る。
「嬢ちゃん、来るぜ」
周囲に目を向けると、前方に砂煙が立ち上がり、同時に地響きの強まりを感じた。
オヤジは砂煙の位置を避けるように、アクアヴィーを右へと反らせて走らせる。
そして、その先にある大きな砂山へと直進するが――。
この展開、確かな既視感が脳裏を過った。
胸騒ぎ。嫌な予感。
間もなく大きな音を立てて砂煙から飛び出したのは、やはりと言うべきか、デスワームの巨大な尻尾だった。
先刻の記憶がフラッシュバックし、ひやりとした汗が額を伝う。
思わず、沸き立つ不安に駆られた私は強く唇を引き結んだ。
しかし、そんな不安を彼方へ吹き飛ばすような自信に満ち溢れたオヤジの一喝が声高々に放たれる。
「はっ! 同じ手は食わねぇよ!!」
オヤジは砂山をジャンプする直前で強引に車体を傾け、水の噴射を駆使してアクアヴィーを180度反転させる。
背後で大口を開けたデスワームが大地を突き上げて飛び出した。
ん゛んんん。
背筋に感じるデスワームの威圧に鳥肌が走る。
とんでもない殺気だ。
だけど、だけど、どうしてか。
どうして私の口は弧を描くのか。
「あっははッ」
読み勝っていなければ捕食されていたというのに。
命を落とすかもしれない、この局面で。
楽しい……楽しい!!!!
「嬢ちゃん、今だ!!」
オヤジの合図に身体が反応し、即座に身を屈めた私はレバーを強く握ると、心を埋め尽くす期待の全てを込めて、勢いのままに。
「引いたッ!!」
明確にアクアヴィーの奏でる音が、変わる。
「よっしゃ、行くぞッ!!」
すぐさまオヤジの腰にしがみつき、期待も不安も何もかも、ありとあらゆる感情を解き放つように、声を張り上げて私は叫ぶ。
「行っけぇぇぇえッ!!!!」
次の瞬間、金色のアクアヴィーは激しい水しぶきと共に、広大な砂漠を――飛翔した。




