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『砂漠と水都の世界⑰』




「店主さん、博士、後は任せました」

「二人共、気をつけて下さい!!」


 両脇を滑走していたジョッシュ君とミミコはそう言い残して左右に散開すると、各自デスアースに向かって離脱してゆく。


 その二人の姿を見送ったのち、私は振り返ってデスワームの挙動を確認するが……やはり地中の深いところにいるようで、姿は見えない。


 果たして大丈夫だろうか。


 もしヤツが好きなものを最後に食べるタイプの食事スタイルだった場合、私を差し置いてミミコが狙われる可能性も大いにあるが。


 ――しかし、その心配はすぐに払拭されることとなる。


 と言うのも、私達の真下の地形が大きく歪み、金色のアクアヴィーが砂地の中へと沈み込んだのだ。


「店主ッ!!」

「させるかよ!!」


 声を張り上げたオヤジは咄嗟に強力な噴射で車体を加速させると、飛び出すように歪みから脱出してみせた。


 その直後、背後で大地を突き上げるように、砂塵を巻き上げてデスワームが姿を露わにする。


「今のは危なかったんじゃないの!?」

「なんてことねぇ、スリルの演出ってもんだ!」 


 捕食し損ねたことに腹を立てたのか、こちらに向けて怒りの咆哮を放ったデスワームは、再びその巨体を地中へと潜り込ませた。


 計画通り、ちゃんと私を追尾してくれているようだ。この様子なら問題なく作戦を遂行できるだろう。


 後は伝説の男に任せておけば、しっかりと目的地まで導いてくれるに違いない。


 順調な出だしを切れたことに安心していると、何やら含みのある笑みを浮かべたオヤジが気分上々といった調子で声を上げた。


「おっしゃ、ノッてきたぜ。嬢ちゃん、シートの後ろにある赤いボタンを押してくれ!」


 不意に放たれたその言葉に、私の好奇心センサーが過剰反応を見せる。


 瞬時に振り返ると、確かに車体の後部には赤いボタンが設置されていた。


「何! 押すとどうなるの! 何が起きるの!?」

「それは押してからのお楽しみってもんだぜ」


 オヤジのじらしにまんまとじらされた私は全身を疼かせて背筋を伸ばす。

 

 こんなの、ワクワクしないわけがない。


「押すよ! 押すからね!」

「おうよ!」


 沸き上がる好奇心を全て人差し指に集約させた私は、その手を大きく振り上げ、勢い良く赤いボタンを押してのけた。


 その瞬間、金色のアクアヴィーは機械的な音を立てて変形を始め、次々とボディの至るところが羽根を伸ばすように展開していく。


「おぉ……おぉ……!!」


 見る見るうちに、一回り大きく刺々しい姿へと変貌を遂げる金色のアクアヴィーに私の興奮メーターが振り切れる。


 そして更に、車体の内部から疾走感の溢れるBGMが大音響で流れ始め、私は盛大に笑い声を上げた。


「凄い、凄いよ、店主!!」

「どうだ、かっけぇだろ!?」

「何の意味があるの、速くなるの!?」

「だっはっは! かっけぇだろ!!」


 どうやらかっけぇ以外の意味はないらしい。

 だけど、確かに格好良いし、体感スピードは段違いに上昇していた。


 ドゥムドゥムと鳴り響く重低音にノセられた私はオヤジの肩をがっしりと掴んで立ち上がる。


 虹色の物体を失った悲しみなど、とうに消え去っていた。


「あっはは! 行け行けぇー!!」


 右手を突き出してはしゃぐ私を注意することもなく、オヤジも豪快に笑う。


「振り落とされるんじゃねぇぞ!!」


 それからの追走劇は圧巻だった。オヤジの超絶技巧によるアクアヴィーの滑走は、機体と神経が繋がっていないと説明がつかないほどに繊細で、何度も下から突き上げてくるデスワームの猛攻を多種多様な方法で躱してみせるのだ。


 どれだけアクアヴィーと触れ合えば、これだけの技術を体得できるのか。


 それにもう一つ。

 あくまで推測だが、たぶんオヤジはデスワームが攻撃してくるタイミングや方法を熟知している。


 時折、デスワームが予兆を見せるよりも先んじて回避している時がある。

 

 その仮説を疑問にして投げ掛けると、オヤジは不敵な笑みを零して答えてくれた。


「何度も走り合った仲だからな。アイツの動きは手に取るように分かるぜ」

 

 頼もしい限りだ。

 もしもオヤジが居なくて、私が一人運転している未来もあったのかと思うとぞっとする。

 

 そうなれば、確実に作戦は失敗し、今頃はデスワームの腹の中で生態調査でもしていたに違いない。


 私は改めて、心の中でオヤジに感謝の念を唱えた。


 そんなことを考えていると、遂に私達はデスアースが見えるところまで訪れる。


「店主、デスアースが見えたよ!」

「おう、このまま突っ走るぜッ!」 


 意気揚々と掛け合っていると、私達の進行先にモワモワと砂煙が立ち上がった。


「だっはっは! 前から食い掛ってくるパターンも把握済みだぜ」


 オヤジは即座にハンドルを切って進行経路を変更し、その先にあった砂山を飛び越えて宙を舞う。


 遅れて、砂煙が立ち上がった場所から巨大な『尻尾』が現れた。


 ……ん、尻尾?


 それを目にしたオヤジは、伝説の男らしからぬ焦りを帯びた声を上げる。


「……やっべぇ。あの野郎、仕掛けてきやがった」


 どうやら相手を知り尽くしていたのは、お互い様だったようだ。 


「嬢ちゃん!! 掴まれぇッ!!」


 オヤジの緊迫した叫び声に身体が反応した私は、すぐに座り込んでオヤジの腰にしがみ付いた。


 すると、一拍置いて激しい地鳴りが響くと共に、下から容赦なくデスワームが襲い掛かる。


 空中で制御の効かない中、オヤジの的確な判断と運転技術によってなんとか車体を反転させ、直撃こそは免れたものの、デスワームの鋭利な大顎が金色のアクアヴィーの一部を抉り取っていく。


 立っていたら確実に吹き飛んでいただろう衝撃が、機体を通して全身を駆け巡った。


 その後、オヤジはなんとか着地を成功させ、再びアクアヴィーを滑走させるが……私は目に映る異常事態に苦笑いを浮かべる。


「あぶねぇあぶねぇ。今のは肝を冷やしたぜ」

「……店主」

「わりぃな、嬢ちゃん。油断したわ」

「……店主!」

「お、おう。どうしたんだ?」

「これこれ」


 デスワームが大顎で抉り取っていった場所を指差してやると、視線を向けたオヤジはサングラスの隙間から丸くした目を覗かせた。


「んぁあ!? アイツ、俺の音響をぶっ壊しやがった!」

「いや、そっちじゃないよ! 水漏れ、水漏れの方!」


 確かに言われてみれば、軽快に流れていた音楽はいつの間にやら聞こえなくなっていた。


 それについては私としても残念極まりないが、今はそこじゃない。

 

「しくじったな。噴射機構を一つ潰されたか」

「どうなるの?」

「確実に速度は落ちる。追いつかれることはねぇが、引き離すこともできねぇ。ヤツをデスアースで飛び上がらせるなら距離を取らねぇと無理だ」


 結構深刻な問題だね。


「何とかならないの?」

「何とかならねぇこともねぇが……賭けだな。嬢ちゃん、ちょっとハンドル頼んだ」

「え、ちょ、わっとっと、ぬぁッ!」


 急に手を離したオヤジに驚愕しつつ、後部座席から前のめりになってハンドルを掴んだ私は、わたわたとアクアヴィーを蛇行させる。


「おい、嬢ちゃん、真っ直ぐ頼むぜ」


 このハゲオヤジ。無茶を言ってくれる。


 腰をひねって何やら車体の裏を弄り出したオヤジの無茶振りに応えつつ、しばしアクアヴィーを操作していると、何かをやり終えたオヤジがゆっくり上体を起こした。


「よっしゃ、もういいぜ」


 私はハンドルを受け渡し、オヤジの脇の下をすり抜けて後部座席へと戻る。


「嬢ちゃん。右下のレバー見えるか?」


 ついさっきオヤジが何かを弄っていたところに目をやると、それまではなかったレバーが車体の下から突き出ていた。


「うん、見えるよ」

「俺が合図をしたらそのレバーを引いて、すぐに掴まれ。できるか?」


 いつになく神妙なトーンで指示を出すオヤジに私は「わかった」と素直に返す。

 

 でも、私の口は沸き立つ疑問を黙っておける構造になってないので、遠慮なくこれだけは聞いておく。


「何をするつもりなの?」


 オヤジはサングラスを掛け直し、遠目にそびえるデスアースを見つめて答えた。


「あぁ、リミッターを解除するんだ」

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