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『砂漠と水都の世界⑯』




 トサカと巻貝の水跡を辿ること十数分。


「あそこがデスワームに襲われた洞窟です」


 アクアヴィーを止めたミミコが指を差した先を見据えると、そこには巨大な砂岩の台地にポッカリと大きな穴が開いていた。


 しかし、洞窟という割には奥行きがなく、癇癪を起した巨人が何度もグーパンチを放って凹ませたかのような荒い窪地となっていて、外からでも中全体が見渡せるほどに開けている。


「洞窟っぽくないね」

「中に降りて行くと、採掘できる小さな洞窟がいくつもあるんですよ」


 そういうことね。

 私の疑問に答えてくれたミミコは、真剣な表情で周囲に目を配った。


「さっきの二人の話だと、デスワームが暴れてるとのことでしたけど……」

「それらしい影はどこにも見当たりませんね」


 ジョッシュ君も視線を巡らせながら訝しむ様子を見せる。


「…………」


 ……それにしても静かだ。


 アクアヴィーを走らせていないと風の音もない。

 耳の異常を疑いたくなるほどの静寂が辺り一帯に広がっている。


 その異様な静けさに、皆が警戒心を深めていた。


「……いますね」

「あぁ、間違いねぇ」

「はい。感じます」


 ジョッシュ君の言葉に全員が首を縦に振る。

 でも、誰も根拠は持っていないだろう。

 

 それでもいることだけは分かった。

 気配がないのに、気配がある。

 矛盾しているようだが、それが一番しっくりくる表現だった。


 いつでも動き出せるように、それぞれがアクアヴィーのハンドルに手を掛けて息を呑む。ピリピリとした空気が流れる中、僅かな変化も見落とすまいと常に視線を動かし続けた。 

 

 ――だが、その時である。


 私は一つの発見をしてしまう。


 砂地に転がる『それ』を目にした瞬間、どくんと心臓が跳ね上がった。

 脳から幾度も送られる停止信号を振り切って身体が勝手に動き出す。


 気付けば、アクアヴィーを飛び降り、一心不乱に駆け出していた。


「マノさん!? 危ないですよ!!」

「おい、嬢ちゃん! 何してんだ! 戻れ!」


 ミミコとオヤジの注意喚起は確かに耳へと届いたが、脳までは届かず。


 でも危険なのは百も承知。

 この状況でアクアヴィーを降りるなんて愚行もいいところだ。


 それでも無理。


 見つけてしまったのだ。


 身体が言うことを聞かないのだ。


 気になって気になって仕方がないのだ。


 なにこれ。なにこれ。なにこれ。


「なにこれぇぇーーーーーーー!!」


 私は砂地に落ちていた虹色の物体を両手で拾い上げ、大声を上げた。


 え、え、石かと思ったけど石じゃないピカピカしてるし柔らかい伸縮性もあってびよんびよんする色もなんで虹色なのきっと特殊な性質を含んでいるに違いない実験したら何か起きるかも面白そう試したい調べたい確かめたい弄りたい!!


 自分でも制御できない思考の波が脳内にどっと押し寄せる。


 こんなにも心ときめく出会いがあるだろうか。


 この未知の物体は私と巡り会い、私に拾われ、私に好き放題されるために、ここで転がっていたに違いない。


 その心意気や良し!

 望み通り、私が連れて行って徹底的に研究してあげよう。


 んっふふ。


 ほら、世界も喜んでいるじゃないか。君も感じるだろう。この振動を。


 まるで私達の運命的な邂逅を祝福するかのように大地が揺れている!!


「博士ッ!!!!!」


 心の底から悦に浸っていると、唐突に聞き慣れた助手の大声が背後から聞こえてきた。


 おぉ、ジョッシュ君!! 

 君も一緒に喜んでくれたまえ!!


 私は満面の笑みで振り返――。


「ぐぅふぉッ」


 振り返ると同時だった。

 片手でアクアヴィーを操縦しながら滑り込んできたジョッシュ君が、半ばラリアット気味に私の腹部を押し上げる。


 情けない声を漏らしつつ、ジョッシュ君に持ち上げられた身体はくの字に曲がり、その衝撃によって私は虹色の物体を手放してしまった。


「なわぁぁあッ!! ジョッシュ君、なんてことを!!」


 無造作に砂地へと転がった謎の物体がぐんぐんと遠退いてゆく。


 そして次の瞬間、それまで私が立っていた場所が流砂のように沈んだかと思いきや、凄まじい轟音を響かせ、視界を覆うほどの巨大な何かが地中から飛び出した。


 それは地形を丸ごと飲み込み、けたたましい唸り声を上げながら、砂を振りまいて天高くせり上がる。


 どこまで伸びるのか、あんぐりと口を開けたまま首を持ち上げていくも、大きすぎて先端を追い切ることはできなかった。


 ジョッシュ君のアクアヴィーで滑走を続け、結構な距離を離れてようやく全体像を捉えることができた私は、そこで初めて、それがデスワームであったことを認識する。


 黒の中でも一際黒々しい鱗に全身を包まれ、その巨体を運ぶために備わった無数の足が威嚇をするように左右へと張り出す。


 そして、デスアースの由来となったのであろう、二本の鋭い大顎が太陽の光を浴びて光沢を放った。


 想像以上の化け物である。


 空を見上げていたデスワームがゆっくりと胴体を曲げて、こちらに顔を向けると、捕食対象を確認するかのように『私を見つめる』。


 いや、サンドワーム同様に顔面のほとんどを口に支配されているアレのどこに目があるかなんて知る由もないが、それでも目が合ったという確信めいた感覚があった。


「店主さん! これ、お願いします!」

「おうよ!」


 ジョッシュ君が言いながら雑に私を放り投げ、横を並走していたオヤジが片手で軽々とキャッチする。


 そのままオヤジの手によって後部座席へと座らされた私は即座に振り返り、名残惜しく虹色の物体を目で探した。


 しかし、それらしきものはもうどこにもなかった。


「くぅぅ……」


 悲しみに明け暮れていると、デスワームが咆哮を上げて身体をうねらせる。そして勢いよく砂ぼこりを立ち上げ、地鳴りと共に地面へと潜り込んでいった。


 かなり地中深くまで潜っているようで、居場所の特定はできそうにない。


 ただ、地鳴りが止むことはなく、周囲の砂山が振動で崩れていく様子を見るに、こちらを追いかけてきていることは間違いないだろう。


 仕方なく、気を取り直した私はゴーグルの位置を微調整しつつ、オヤジに切実な注文を投げかける。


「店主、悲しみを吹き飛ばす最高のドライブをお願い」


 オヤジは強めにハンドルを回し、アクアヴィーの前部をふわりと浮かせて風を切ると、真っ白な歯を見せて笑顔を作った。


「だっはっは! 言われるまでもねぇ。俺の走りはいつだって最高だッ!!」


 金色に輝くアクアヴィーが砂漠を一直線に駆け抜ける。


 私達とデスワームの、命懸けの鬼ごっこが幕を開けた。

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