『砂漠と水都の世界⑮』
「おし、行くか! 嬢ちゃん!」
オヤジは一度バンダナを外し、存在しない髪をかき上げるような仕草を見せる。
髪欲しさに幻を見ているのかと心配になったが、蒸れた頭皮を拭っただけのようで、再びバンダナを締め直すと慣れた動きで金色のアクアヴィーへと搭乗した。
続くように、私もオヤジの肩へ手を置きながら側面の足掛けを利用し、シートの上へと跨る。
「立っていい?」
「ダメだ」
湧き上がるワクワクを抑えきれずに小刻みに揺れていると、青いアクアヴィーに乗ったジョッシュ君が話しかけてきた。
「博士、店主さん、まずはミミコさんがデスワームに襲われたという場所から探索を始めます」
「了解」
「おうよ」
私達の返事を聞いて頷いたジョッシュ君は、続けて黄色いアクアヴィーに乗っているミミコの方へと向き直る。
「ミミコさんは襲われた洞窟への先導をお願いします」
「分かりました!」
さっきまで不安げな表情を浮かべていたミミコだが、今はもう覚悟を決めたようで、その瞳は迷いを感じさせない力強さを秘めていた。
心配はなさそうだね。ここに来てまで情けない顔をしていようものなら、サイドテールでぐるぐる巻きにしていたところである。
「嬢ちゃん、ちょっとしぶくぜ」
ミミコの様子に気を取られていると、前に座っているオヤジが野太い声でそう言いながらアクアヴィーのハンドルを二度三度と回した。
すると、アクアヴィーの腹下から激しく水しぶきが上がり、微かに車体が浮かび上がる。
おぉ。おぉ。
「よっしゃ。今日もいい音だッ」
「音で分かるんだ!?」
「いや、分からん。適当だ。だっはっは!」
思わずオヤジの頭をペチコンと叩きそうになったが、寸でのところで衝動を抑え込んだ私は、隣で同じようにアクアヴィーの水しぶきを上げているジョッシュ君へ目をやる。
ジョッシュ君はちらっとこちらに視線を投げると、すぐにまたアクアヴィーに向き直って口を開いた。
「なんですか? 博士」
フフフ。素直じゃないね。
平静を装っているように見えるが、私には分かるよ。
君が今、楽しんでいるということを。
「作戦、成功するかな?」
「博士がヘマをしなければ大丈夫ですよ」
「しないと思ったからこの配置にしたんでしょ?」
「…………」
返事は返ってこなかったが、沈黙は肯定と見なし、私はクククと笑みを零す。
長いこと一緒に旅をしてきて分かったことだが、ジョッシュ君は自分の考えついたこと、思いついたことを上手く遂行できた時が一番嬉しいようなのだ。
いつからか、論理が噛み合う瞬間の気持ち良さに魅せられてしまったらしい。
その快感、分からないでもないけどね。
だから裏を返せば、彼が楽しみにしているということは、それだけ自信があるということなのだろう。
きっと作戦は上手くいくに違いない。
思考を巡らせていると、「ついてきてください!」と走り出したミミコにジョッシュ君が続き、更に遅れてオヤジのアクアヴィーが滑走を始めた。
ミミコの速度感に合わせているため、オヤジの本領は発揮されていないが、それでもやっぱり自分で運転するのとは段違いの安定感である。
逆立ちしても落ちる気がしない。
正面に浮かぶ自己主張の激しい太陽の眩しさで、思い出したようにゴーグルを装着した私は、オヤジの肩を支えにして立ち上がる。
「んーーー、気持ちいい!」
向かい風に揺れる私の後ろ結びがさわさわと首筋を撫でてくすぐったいが、それもこれも全てアクアヴィーの爽快感に飲まれ、心地良さへと変換されてゆく。
「立つなっての!」
「今だけ、今だけ!」
流石の私でもデスワームに追いかけられている時は自重するとも、たぶん。
それからしばらく、広大な砂漠に三本の水跡を残しながら太陽の方角へ突き進んでいると、何やら向こうから二台のアクアヴィーが走ってくるのが見えた。
私はゴーグルの側面に付いてるダイヤルを回して視界をズームさせる。
「……何あれ?」
トサカのような髪をした男と、巻貝のような髪をした女が、何か情報を一つ落としていきそうな顔で向かってくるのだ。
更に距離が縮まると、右手でサングラスをずらして瞳を覗かせたオヤジが声を上げた。
「あれはウチの客だな。昨日、アクアヴィーを貸した記憶があるぜ。間違いねぇ」
それは間違いないだろうね。昨日の今日で忘れられる髪型ではない。
声の届く距離まで近づき、二人組がアクアヴィーを停車させたのを見て、私達も停車する。
そのふざけた頭とは対照的に真摯な喋り方で男と女は話し出した。
「君たち、今すぐ引き返しなさい! この先でデスワームが暴れているんだ!」
「ええ、このまま直進したら命の保証はないわよ! 急いで逃げなさい!」
彼らの言葉を聞いた私達は全員で顔を見合わせる。
「忠告はしたからなぁぁぁー!」
「すぐに逃げるのよぉぉぉー!」
トサカと巻き貝は返事を待たずに再びアクアヴィーを動かし始め、遠巻きに叫びながら水都の方角へと去っていった。
その後ろ姿を見送ったのち、不意に流れた静けさの中、ジョッシュ君がぼそりと呟く。
「どうやら行先は間違っていないようですね」
そのようだね。
続けて、急かすようにアクアヴィーをふかしたミミコが声を張り上げた。
「皆さん! すぐに行きましょう!」
彼らの話を聞いて、居ても立っても居られなくなったのだろう。
私達は頷き、あの二人が残した水跡を辿るようにアクアヴィーを走らせる。
さぁ、ようやくデスワームと対面ってわけだね。




