『砂漠と水都の世界⑭ 』
――明朝。
水布団の心地良さで骨抜きにされた私は骨がないので歩くことが出来ず、ジョッシュ君に脇で抱えられながらオヤジの店へとやってきた。
「だっはっは! なんだい嬢ちゃん、朝に弱いのか!」
寝起きの耳には些か負担の大きいオヤジの声が静かな砂漠に響き渡る。
……まだ日も出ていないというのに、どうしてそんなに元気なのか。
目を閉じていても脳裏に浮かび上がるオヤジの笑顔に煩わしさを感じていると、その私を更に煩わしいと思っていそうなジョッシュ君が呆れた声を上げた。
「博士、そろそろ自分で歩いてもらっていいですか」
「……無理。今降ろされたら死んじゃう」
「アクアヴィーに紐でくくり付けて引きずり回しますよ」
「………………ん、歩く」
容赦のない助手の一言に私はゆっくりと足をついて目を擦る。
この男はやると言ったらやる男なのである。
天を仰いだり、俯いたりを繰り返しながら、ようやく覚醒してきたところであくびを一つ。
目を開けると、大きな箱を担いだミミコの背中が視界に入り込んだ。
「アクアセルタ、持ってきたんだ?」
「あ、はい。役に立つかは分かりませんが、これがないと落ち着かなくて」
苦笑いを浮かべ、人差し指で頬を掻くミミコ。
まぁ、普段から持ち歩いているものがないと不安になる気持ちは分からなくもない。私もゴーグルを付けていないと挙動不審になるので、似たようなものなのだろう。
~~~~~。
再び押し寄せるあくびの衝動を噛み殺し損ねて変顔を一つ作ると、それを見ていたミミコが小さく笑った。
「ふふ、マノさん。変な顔です」
あくびを堪えるのは難しいね。
それから幾分、私達は各々で必要な準備を整えた。
ジョッシュ君はリュックの中身を確認し、オヤジは作戦に使うアクアヴィーを整備して、ミミコはアクアセルタの調整を行い、私は砂漠の地平線から顔を覗かせる太陽と睨めっこをする。
……まぶしいな。
差し込む陽の光によって、完璧に意識が通常モードへと切り替わってゆく。
そして、全員の準備が整ったことを確認したジョッシュ君は、リュックを背負ってから満を持して口を開いた。
「それでは作戦を伝えますね」
全員の視線がジョッシュ君へと集まる。
「まずは昨日も話した通り、博士にはエサになってもらいます」
うん、囮って言おうね。
「店主さんが運転するアクアヴィーに同乗して、デスワームを誘導して下さい」
「おう、任せな」
大きな握りこぶしで分厚い胸板を叩き、自信満々に了承するオヤジ。
なんと頼もしいことか。
続いて、ジョッシュ君に視線を向けられたミミコがきゅっと喉を締める。
「ミミコさんは俺と一緒に仲間の回収をお願いします。いつでも行けるようにアクアヴィーへ搭乗し、デスアース周辺で待機しましょう」
「わ、分かりました!!」
肩に掛けたアクアセルタのベルトを両手でぎゅっと握りしめ、ミミコは大きく頷く。
それを確認したのち、ジョッシュ君はゆっくりと振り返ると、遠くに見える二つの巨大な砂岩――デスアースを指差した。
「誘導先はデスアース。予定通りにあそこを飛び越え、ヤツをうまく釣り上げることが出来たら……博士、これをお願いします」
そう言ってリュックから取り出したのは、ミミコの家の湖を平らげてお腹がパンパンになったキュースィーちゃんだった。
私はそれをしっかりと受け取り、「はいよ」と短く返事をする。
サンドワームで予行練習は済んでいるからね、任せたまえ。
ジョッシュ君が作戦概要の説明を終えると、オヤジが大きな握りこぶしで手のひらを叩いて意気揚々と声を上げた。
「よっしゃッ、久々にデスワームの野郎と遊んでやるか」
その言葉にジョッシュ君が問い掛ける。
「店主さんはデスワームを見たことがあるんですか?」
「あぁ、あるぜ。若い頃はよく追いかけられたもんだ。追いつかれたことはねぇけどな!」
高らかに笑うオヤジに期待が膨らみ、私の胸は大きく高鳴った。
私としては治癒の宝玉が懸かっている作戦も大事ではあるが、同じくらいオヤジの運転技術を堪能できることにも注目しているのだ。
伝説の男が見せる、否、魅せてくれる景色がどれほどのものか。
とは言え、不安がないわけではない。
この目で実際に目にしたデスアースは思っている以上に切り離れていた。
「本当にあんな崖、飛び越えられるの?」
「だっはっは! 実物を見て不安になっちまったか? でも安心しな。嬢ちゃんは俺を信じて、その玉コロを投げることに集中すればいい」
……おぉ。
思わず、ぱちぱちと拍手を鳴らして唸り声を上げる。
大きい口から発せられた言葉ではあるが、決して大口を叩いてるようには見えなかった。
伝説ゆえの説得力がある。
その安心感たるや、仮に私が後部座席に立ち、騒いで暴れて存分に楽しんでいても問題なく作戦を遂行してくれそうである。
ンフフ、こちらとしても都合の良い話だ。
次第にテンションが上がってきた私は熱のこもった視線をオヤジに向ける。
「店主、私達の乗るアクアヴィーはどれなの!」
よくぞ聞いてくれたと言わんばかりの笑みを浮かべたオヤジは、親指を差して「こっちだ」と歩き出し、私達を停車場へと誘導する。
そして――。
「ふぉぉぉぉ!!」
停車場に辿り着いた私は両手を握りしめて奇声を上げた。
そこには、それぞれ黄色と青色に塗装された単色のアクアヴィーが一台ずつと、見るからに特殊な改造を施された金色に輝くアクアヴィーが置かれていたのだ。
「嬢ちゃん、分かるか! このロマンが分かるか!?」
「分かる! 分かるよ、店主!」
両サイドに置かれた汎用的なアクアヴィーが引き立て役としか思えないほどの圧倒的な存在感。
私はオヤジと右腕同士を絡ませて笑い合う。
「合格だ! これの良さが分かるヤツには乗る資格があるってもんよ」
「これに乗れるなんて光栄の極みだよ!」
是非とも近くで見てみたい。
そう思って、観察しようと振り返ると、既にジョッシュ君が金色のアクアヴィーへと近寄り、車体を撫で回していた。
「なんだ、兄ちゃんもそれの良さが分かるのか!」
「はい。めちゃくちゃ恰好良いです」
ジョッシュ君も珍しく、声に感情が乗っている。
表情こそ変わっていないが、その瞳は金色のアクアヴィーよりも輝いていた。
どうやら彼の琴線にクリティカルヒットしたようである。
いつもの腹いせも兼ねて、その様子を茶化そうとニヤつきながらジョッシュ君に近寄――。
「あんがっ……」
近寄ろうとすると、ジョッシュ君の手がにゅいっと伸びて私の顔面を鷲掴みにした。
「その顔で近づいてきたらアクアヴィーにくくり付けますよ」
「わかった。やめる、やめる、ます。ゆるして」
両手を上げて降伏を示すと、ジョッシュ君は溜息と共に手を離してくれた。
ぐぬぬ。なんでバレたんだ。
アクアヴィーに夢中だったくせに!




