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『砂漠と水都の世界⑬』




 大きく息を吸い、ミミコはアクアセルタを的に向けてどっしりと構えると、右手で掴んだ握りを強く引っ張り上げた。


 シリンダー内の水が押し潰されるように歪み、ボディの継ぎ目から細く空気の漏れる音が滲む。


「マノさん、少し離れて下さい」


 言われたままに一歩二歩と後ずさる。


 やがて空気の漏れる音が途切れ、三拍の静寂が流れた。


 ――ドシュッ!!


 鋭い放出音と共に、ミミコの持っているアクアセルタが勢い良く跳ね上がる。


 同時に、先端から水しぶきが上がり、装填されていた矢が白く青い軌跡を残しながら一直線に的目掛けて迸った。


 それは目にも止まらぬ速さで宙を駆け抜け、鈍い音を立てて的の中心に突き刺さると、そのまましばらく水を噴射し続けて暴れたのち、力なく地面へと転がり落ちる。


 全身に鳥肌が立った。

 震えが止まらない。


 ……素晴らしい。

 ……素晴らしいッ!!!!!!


 撃ち終えて一息、乱れた前髪を整えているミミコの腕を両手でわしっと掴む。


「もう一回!!」

「え」

「ミミコ、もう一回見せて!!」


 鼻と鼻がくっつきそうになるくらいに顔を近づけて圧をかける。


「わか、わかりました!」


 慌てながら次の矢を装填するミミコ。


 アクアセルタに目を向けると、空になったシリンダーがコポコポと音を立てて、自動的に水の補充をしている。恐らく、中にキュースィーちゃんの元となった水運搬用の道具が埋め込まれているのだろう。


 理にかなった構造である。


「行きます!」


 アクアセルタについて考察をしていると、再びミミコが構えたアクアセルタが大きく跳ね上がる。


 振りかかる水しぶきに片目を閉じながらも、矢の行く末をしかと見届けると、それはまたもや的の中心を見事に射貫いていった。


 くぅーーッ!!

 両手を握り、抑えきれない興奮を足踏みに逃がす。 


「もう一回!!」


 ――ドシュッ!!


「もう一回!! あと一回だけ!!」


 ――ドシュッ!!


「最後!! 最後だから!! もう一回お願い!!」


 何回撃たせたかも忘れるほどにおかわりを要求し、その度にあたふたと忙しなく準備を整えてアクアセルタを撃ち続けるミミコ。

 

 その応酬がしばらく続き、矢筒の中身がなくなりかける頃に、情けない顔を浮かべたミミコはアクアセルタを抱きしめながらへたり込んでしまった。


「少し休憩させて下さいよぉぉ……!」


 ええい、軟弱者めっ!!

 私は朝まででも見ていられるのに!!


 仕方なく、仕方なく、根を上げたミミコを休憩させることにした私は、しゃがみ込んでアクアセルタに目を向ける。


 しかし、それにしても意外だったのは。


「随分とこの武器の扱いに慣れているんだね」


 見ている限り、放たれた矢はその全てが的の中央に命中していた。


 射出時にあれだけの反動を受けて、ここまでの精度を出すのは容易なことじゃない。


「たくさん練習したんです。だから、この距離なら……外すことはありません」


 ミミコの発言に含みを感じた私は桃色の瞳を見つめて聞き返す。


「この距離なら?」


 ミミコは深く頷いてみせると、ゆっくりとした口調で話し始めた。


「……ぼやけてしまうんです。モヤが掛かったように。なので、私には中距離しかできません。あ、ぼやけるというのは遠くの視界がってことです。アクアセルタは長距離なんですよ。その、えーと、射程の話です。だから、ダメなんです。あ、いや、アクアセルタがダメって事じゃなくて、私の目がって意味です! でも、それでもこの武器で砂漠の探索者になりたくて」


 ジョッシュ君がいないのに、ミミコに説明を促してしまったことを後悔しつつ、何とか内容を噛み砕いた私は胃をキリキリとさせながら目を細める。


「あー、つまり。遠くの視界がぼやけるからアクアセルタの本領である長距離射撃というメリットを活かし切れていないわけね。で、どうしてアクアセルタじゃないとダメなの? 簡潔に。短く」


「えっと、その、えっと、お爺ちゃんも、お父さんも、これを使っていたんです!」


 ふんふん。

 先祖代々受け継がれてきた……かどうかまでは知らないが、つまるところ影響を受けたということか。


 ミミコはアクアセルタを優しく撫でながら。


「ただ……頑張って練習しましたが、最初は誰も探索パーティには入れてくれませんでした」


 ん?

 ミミコの言葉に疑問が過る。


「中距離とは言え、さっきの腕前は即戦力になると思うけど」

「いえ、この子を持っている時点で、求められるのは長距離射撃なんです」


 この世界でアクアセルタという武器の立ち位置は、既に定着しているというわけか。


「だけど、そんな欠陥持ちの私を拾ってくれたのが――」

「デスワームに飲み込まれた仲間ってことだね?」


 込み上げる悔しさを堪えるように口を引き結び、震えた声で「はい」と一言、彼女は頷いた。


「二人はこんな私でも快く受け入れてくれました。返しきれない恩があるんです。だから、だから、絶対に失いたくないんです!!」


 喋っている内に感情を抑えきれなくなったのか、ミミコは声を荒げて強くアクアセルタを抱きしめた。


 彼女に底知れぬ覚悟があることは理解していたが、これでようやく合点がいった。


 水源を手放してでも仲間を救いたいと思う理由はここにあったのか。


「話は終わりましたか?」


「ふぉあっ」

「ひゃあっ」


 唐突に背後から発せられたジョッシュ君の声に、私とミミコは合わせて驚いた声を上げる


「いつからいたんですか!?」


 ミミコが動揺しながら疑問を投げつけると、ジョッシュ君は真顔で私を指差し。


「博士がアクアセルタに興奮して涎を垂らしてた辺りから」

「な、た、垂らしてないからっ!」


 反論しつつも、絶対ないと言い切れる自信がなく、ゴシゴシと袖で口を拭うと、ジョッシュ君が半笑いを浮かべる。


「冗談ですよ」


 ……この助手にアクアセルタを撃ち込んでやりたい。


 私達のやり取りを見ていたミミコがクスクスと小さく笑う。


「戻って夕食の準備をしますね」

「そうだね、そうしよう」


 アクアセルタを元の箱に収めたミミコは、それを背負って歩き出し、私とジョッシュ君も彼女の横に並んでついていく。


 いやはや、実に有意義な時間だった。

 ……欲を言えば。


「ねぇ、ミミコ」

「なんですか?」

「それ、あとで解体してもいい?」

「ダダ、ダメですよっ!?」


 私は心の中で舌を打った。

 ダメか。

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