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『砂漠と水都の世界⑫』




 ミミコと共に家の前まで帰宅すると、最初に私達を襲ったのは異様な違和感だった。


「……滝が、ありません」


 驚きと寂しさが入り混じったような声色でミミコが呟く。


 なるほど、違和感の正体はそれか。


 言われてみると、騒々しく流れていた滝の姿が見る影もなくなっており、ちょろちょろと糸のような水を垂らすだけとなっていた。


 ジョッシュ君が水源を枯らした影響だろう。


 匙加減を知らないキュースィーちゃんが容赦なく水を吸い上げる中、渦を巻く湖を淡々と眺めるジョッシュ君の姿が目に浮かぶようだ。


 湖だった場所には、今頃ぽっかりと大きな穴が空いているに違いない。


 ミミコが胸の前で握った拳を小さく震わせる。


 無理もない。この世界の住人は、水に対しての価値観が根強い。


 覚悟はしていても、あれだけ存在感のあったものがなくなると、思うところがあるのだろう。


「大丈夫です。仲間のためですから」


 言いながら眉尻を下げて笑うミミコに、気のない表情を浮かべた私は小さく溜息を漏らす。


 まったく。強がっているつもりなのだろうが、相手に悟られている時点で意味がない。

 それでは弱みを露呈しているだけで、ただの弱がりである。

 

 手早くミミコのサイドテールを二つに分け、その困り眉毛を隠すようにおでこで結びつける。


「え、え、なんですか!? マノさん!」

「いいから、しばらくそのままね」


 辛気臭い顔をヘンテコな顔に仕立て上げた私は再び歩き出し、ミミコの家へと向かう。


 生憎だが、私に慰めの言葉を期待しているなら、選ぶ相手を間違えているとしか言いようがない。


「なんなんですか、もう……」


 ぼやきながらも、言われた通りに髪を結び付けたまま、ミミコは後をついてくる。


 それから屋内に入り、客室へ案内された私は水布団という世界特有の寝具に飛び込み、その筆舌に尽くし難い気持ちの良さに目を輝かせた。


 なんだこれは。なんだこれは!


 肌触りの良い生地で包み込まれた水の膨らみに私の身体がゆっくりと沈んでゆく。


 研究所の机に突っ伏して寝るか、堅い床に身を委ねる生活を繰り返している私からすると、この寝具は革命的と言わざるを得ない。


 今すぐ開発者と熱烈な握手を交わしたいほどの寝心地の良さだ。


「気に入ってもらえたようで何よりです」

「気に入るさ。これで眠りについたら二度と目を覚まさないまである」


 ミミコは軽く微笑んでから背を向けると、顔だけをこちらに向けて。


「日課をこなした後に食事の用意をするので、それまではくつろいでいて下さい」


 その言葉に私の好奇心センサーがピコンと反応を見せた。

 わたわたと手足をバタつかせ、水布団に沈んだ身体を何とか脱出させてから問い掛ける。


「日課って?」

「アクアセルタの練習です。私の主力武器なので、毎日欠かさず訓練してるんです」

「アクアセルタ! 武器! 気になるね、見学してもいいかい?」

「え、でも楽しいものではないですよ?」

「それを決めるのは私だよ。見させてもらうからね」


 返事はなかったが、都合良く了承を得たと解釈し、ミミコの背中を「ほらほら」と押して歩ませる。


 そして近くに練習場が、と言って連れて来られたのは、池のほとりにある木立の中だった。


「練習場と言っても、木に的を取り付けただけなんですけどね」


 周囲に目を配ると、確かに立ち並ぶ木々の腹に、一目瞭然で手製と分かる雑な作りをした的がくくり付けられている。


 かなり使い古された形跡があり、それが毎日練習しているという言葉に嘘偽りがないことを証明していた。


 だけど、一つだけ気になることがある。的に刻まれた傷が随分と深い。まるで大型の獣に鋭い爪で抉られたような傷があちこちに。


 その情景に引っ掛かりを覚えていると、ミミコは来る時に手にしていた私の身長ほどある大きな箱から、何やら金属製の太い棒のようなものを取り出した。


 金属棒には気泡を放つシリンダーのような機構が備わっていて、明らかに何らかの仕掛けが組み込まれているのが見て取れる。


 まだ何も用途が掴めない。何なんだ。

 未知の物体に興味が溢れて止まらない。

 

 蒼を基調に装飾の施された金属棒を弄るミミコの背後で、両手をわきわきと開閉しながら覗き込み、その様子を窺う。


 ンフフ。ンフフフ。


「よし! 準備できました」


 ミミコは金属棒から垂れ下がるベルトを右肩に掛け、側面にあるグリップを左手で握って構える。


 よく見ると金属棒の先端には穴が開いていて、武器と言っていた以上、そこから何かが放たれるのだろうということは容易に想像がついた。


 問題は何が、どう放たれるかだ。

 早く見せてほしい。早く。早く。うへへ。


「ひゃ、マノさん! なんて顔してるんですか!」


 準備を終えて振り返ったミミコが私の顔を見るなり驚愕の声を上げる。


 おっと、失敬。


 ミミコに言われて顔の造形が崩れていたことを自覚した私は両手で擦って整え直す。


 どうにも好奇心に満たされると、この顔面は溶けてしまう性質なのだ。

 いや、そんなことより。


「ミミコ、それがアクアセルタなの?」

「そうです。ここに矢を装填して射出するんです」


 ミミコが左手でグリップを手前に引くと、金属棒の上部がスライドして開き、装填口が顔を覗かせた。

 

 更に腰に携えた矢筒から一本、つらら状の矢を取り出して装填口に挿入し、グリップを定位置に戻してこくりと頷く。


 そんな彼女を見据えていると、いつの間にか私のお茶目な右手が、勝手に一本の矢を掠め取っていたことに気付いた。


 おや、いけない子だ。


 右手には後で言い聞かせておくから、と心の中で思いつつ、それはそれとして手に持っていた矢の観察を始める。


「随分と重い矢だね。それに、これにもシリンダーが付いてる」

「はい。撃ち出すと後部から水が噴射して威力が増すんです」

「なるほど! なるほどね、それは面白いな」


 矢の角度をくるくる変えて、満足するまで見てからミミコの腰の矢筒へと戻す。


 それじゃ、アクアセルタとやらの性能を見させてもらおうかな。


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