『砂漠と水都の世界⑪』
「行け行け行け行けェェーーーーー!!!」
凄まじい速度で砂漠を爆走するアクアヴィーのシートに跨って立ち、前で運転しているオヤジの肩をしかと掴みながら嬉々とした声を張り上げる私は、巧みな操作で砂地を滑るオヤジの走行技術に感動しつつ、現在進行形で命の躍動を感じていた。
「嬢ちゃん!! アブねぇから座れ!!」
いやいや、こんな楽しいのに座ってられないよッ!!
まるで飛んでるみたいだッ!!
空を飛んでるみたいッ!!
「あはははッ!!!」
アクアヴィーが砂地に綺麗な円を一つ描き、水しぶきを立ち上げながら停車する。
味わったことのない気持ち良さに身震いが止まらない。
オヤジが運転していたアクアヴィーはリミッターを外していない普通仕様だったのに、体感はリミッターを外したアクアヴィー……いや、それ以上にも感じられる疾走感だった。
伝説の男という肩書きが伊達ではないことを一瞬で理解できるほどに。
シートから飛び降りるように砂地へと足をついた私は、オヤジの背中をぱんぱんと叩いた。
「店主!! 凄いよ! リミッターを解除していないのに、どうしてあんな走行が可能なのさ!」
興奮冷めやらぬままに問いかけると、オヤジは親指で鼻先を払ってから、アクアヴィーに手を置いて優しく撫でる。
「それはひとえに経験の差だな。こいつは俺にとって足より足なんだ」
確かに、決して大袈裟ではない。自分でも運転したからこそ分かるが、オヤジの運転はまさに自分の身体を動かしているかのように、自由自在な動きをしていた。
ハンドル捌き、水の噴射角度、地形を利用した走行術、それらが素人目にも分かるほどに卓越していたし、きっと他にも私なんかじゃ計り知れない技術がたくさんあるのだろう。
アクアヴィー、本当に奥深い乗り物だ。
昂る感情に鼻息を荒くしていると、まだ不安な表情を浮かべているミミコがこちらへと歩み寄ってきた。
何を辛気臭い顔をしているのか。
私はミミコの二の腕をわしっと掴んで笑いかける。
「ミミコ、これなら作戦通り行けそうだよ!」
朗報を伝えた途端、ミミコの眉がぱっと跳ね上がる。
「本当ですか!?」
「おうよ! 任せな、嬢ちゃん!」
「おじさん、ありがとうございます!!」
長いサイドテールがくるりと一回転するくらい勢い良く頭を下げるミミコに、オヤジは真っ白な歯を見せて応えた。
一時はどうなることかと思ったが、まさかオヤジが伝説の男だったとはね。
それからしばし、オヤジとアクアヴィー談義を重ねていると、いつの間にやら背後に居たジョッシュ君に呼びかけられる。
「博士、湖の水を確保してきましたよ。そっちはどうでした?」
「おお、ジョッシュ君! 申し訳ないけど、リミッターを外した状態で乗るのは私じゃ無理だった。でも、その代わりに店主がアクアヴィーに乗ってくれることになったよ!」
「そうなんですか?」
「フフフ、しかも聞いて驚くなよ、ジョッシュ君! この店主――」
「伝説の男が運転してくれるなら、この問題は解決したも同然――ちょ、なんですか、博士。なんで足に砂をかけるんですか」
君って、やつは、いつも、いつも!!
「なんで知ってるのさ!?」
「いやだって、店の看板にデカデカと描いてあるじゃないですか」
ジョッシュ君が指差した先に目を向けると、今まで目に付かなかったのが嘘みたいに大きい看板が店の屋根に飾られており、そこにはデスアースを飛び越えながら親指を立ててはにかむオヤジの姿絵が描かれていた。
……そんな馬鹿な。
「い、いつから?」
「この看板か? 店が建てられた時からあるぜ」
ファンが描いてくれたんだ、と補足しながらオヤジは照れ臭そうに笑った。
唖然とする私の肩にジョッシュ君がぽんと手を乗せる。
「仕方ないですよ。面白いものを見つけた時の博士は、獲物を追いかけてる時のサンドワームみたいなものですから」
あんなものと一緒にするな、と言い返してやりたいところではあるが、周りが見えなくなるのは事実なので何も言えない。
いつか、ジョッシュ君も知り得ない情報を提示して尻餅の一つでもつかせてやりたいものである。
「一先ず、準備は整いましたね」
足にかかった砂を払いながらジョッシュ君が言う。
準備は良いけど。
「デスワームの所在は掴めているの?」
「いえ、来る途中に橋を行き交う人達に話を聞いてみましたが、目撃情報は得られませんでした。なので、明日はミミコさんが襲われたという洞窟から調べてみる予定です」
ふむ。
そうするしかなさそうだね。
「今日はもう身体を休めることに努めましょう。俺はもう少しだけ情報収集にあたってみますが、二人は先に家へと戻っていて下さい」
「うん、分かった」
「分かりました!」
私達の返事を受け取ったジョッシュ君はこくりと頷くと、続けてオヤジの方に向き直る。
「明朝にまた、ここへと集合します。当日の動きについては、その時に伝えますね。店主さんもそれで大丈夫ですか?」
「あぁ、問題ないぜ」
アクアヴィーのボディを磨きつつ、話を聞いていたオヤジも快く承諾した。
しかしながら、こうして見ていると、ジョッシュ君の存在は非常に大きく感じる。
感心してしまうほどに、するすると円滑に事が運んでゆくのだ。
人を動かす能力に優れているのか、はたまた物事を順序立てて整理する力に長けているのか。
何にしても、自分にはできない芸当である。
こんな良い助手を持って、私は感謝感激だよ。
オヤジと話をしているジョッシュ君を見据えながら、うんうんと首を振る。
……そうだ!
ここは博士として、助手を労わる言葉の一つでも投げかけてやるのはどうだろう。
助手を思いやる私の心の偉大さもアピールできるし、日頃の感謝を口にして伝えることで、ジョッシュ君もきっと報われるはずだ。
良い、間違いない。
思い立ったらすぐ行動。顔面のパーツを駆使して優しさに満ち溢れた笑顔を作り出し、ジョッシュ君の肩を叩いて振り向かせる。
それからできる限り、柔らかい口調を意識して。
「ジョッシュ君、いつも苦労をかけてすまないね。心から感謝しているよ」
「本当ですよ、自覚あるなら改善して下さい。あと、その笑顔はなんですか? 気味悪いのでやめてもらっていいですか? 何か企んでいるんですか?」
「なぁぁぁ……らぁっ!!!!」
思い切り振り上げた足で大地を蹴り飛ばし、再びジョッシュ君に大量の砂をぶちまけてやった私は、犬のリードを引くようにミミコのサイドテールを掴み、帰路へとついていった。




