『砂漠と水都の世界⑨』
「まず、渓谷の橋から一本の縄を垂らします」
ほう。
「その先端に博士を吊るしておけば、誘き寄せられたサンドワームとデスワームが勝手に奈落へと落ちていき――痛いです、博士。蹴らないで下さい。冗談です」
真面目な顔して何を言い出すかと思えば。
君の冗談は冗談に聞こえないんだよ。
ジョッシュ君は咳払いを一つ入れてから仕切り直す。
「まず、倒すのは諦めましょう。救出が今回の目的です」
うん、それが現実的だね。
我々三人だけで、サンドワームを一呑みにするような化け物を退治できるとは思えない。
して、その方法とは?
「作戦は至ってシンプルです。取り敢えず、博士はデスワームと追いかけっこをして下さい」
「またそうやって。冗談を言ってる場合じゃ……」
「…………」
「え、冗談じゃないの?」
「冗談じゃないですよ。博士にはアクアヴィーに乗ってデスワームの誘導をしてもらいます」
「おおう……」
さらっと危ない役割を押し付けるね。
ジョッシュ君、君はもしかして私のことが嫌いなのかい?
「そもそもからして無茶な依頼なんですよ。それを欲望に釣られて受けたんですから、博士がそれなりのリスクを負うのは当然ですよね?」
「……ぐう、おっしゃる通りです」
ぐうの音は出たものの、何も言い返せなかった私は椅子の上で膝を抱えて丸くなった。
「それで……どこに誘導するのさ?」
「砂漠を横断していた時、向かい合って斜めにせり上がる二つの巨大な砂岩を見たんですよ」
「たぶん、デスアースのことだと思いますね」
「デスアース?」
言葉を復唱して問い掛けると、ミミコは続けざまに説明を始めた。
「デスアースとは――――です」
もはや頼まずとも動き出した自動翻訳機によると、デスアースとはデスワームの口に似ていることから付けられた呼称で、アクアヴィー愛好家にとっては有名なスポットらしい。
なんでも昔、デスアースに切り立つ崖をアクアヴィーで飛び越えた猛者がいたようで、その勇姿にあてられた命知らずのアクアヴィー愛好家たちが伝説を再現しようと躍起になっているのだとか。
しかし、その難易度は非常に高く、再現できた者は一人としておらず、数多の挑戦者たちが落ちてゆく姿はさながらデスワームに捕食されているかのようで、皮肉にも名前の由来に説得力を付け加えている。
アクアヴィーは機体の至るところから水を噴射してクッションを生成できるため、ちゃんと操縦すれば失敗しても無事で済むのかもしれないが、それでも危険なことに変わりない。
よくもまぁ、そんなことをしようと思うものだ。
「博士には、デスアースを飛び越えてもらいます」
「うん、話聞いてた?」
再現できた者はいないって言ってたよね!?
「もちろん、そのままじゃ落ちるだけなのは目に見えてます。でも当てがあります」
「というと?」
「アクアヴィーの水を噴射する力は安全性を考慮してリミッターが掛かっていると聞きました。それを外すんです」
……なるほど。
確かに、速度が上がれば必然的に飛距離も延びるだろう。
理屈の上では難易度が下がりそうに思える。
しかし、懸念もある。
「操作性がどうなるかだね。速度が上がっても制御が効かないんじゃ意味がない」
「そうですね。その辺は実際に体験してから調整しましょう」
ジョッシュ君の提案に私は頷いた。
ぶっつけ本番でやらせるほど鬼畜な助手ではないようで安心したよ。
それにしてもデスワームと追いかけっこか。
その役目は魔力を保持している私がやるしかないのは理解できるが、少々……いや、かなりスパイスは強めだ。
だけど、不思議と拒否する気にもなれない。
自覚していたことだが、やっぱり私という人間は危機感よりも楽しさに意識を奪われてしまう生き物らしい。
デスワームの脅威よりも、リミッターを外したアクアヴィーに搭乗できることへの嬉しさの方が圧倒的に上回っている。
元より、安全性を考慮した速度には物足りなさを感じていたのだ。
一体、どれだけの爽快感を得られるのか、そこへの興味が尽きない。
アクアヴィーの可能性に期待の念を抱いていると、ミミコが首を傾げながら質問を投げかけた。
「ところで、何の為に飛び越えるんですか?」
ふむ、もっともな疑問である。
もっともな疑問ではあるが、ジョッシュ君がやろうとしてることの察しはつく。
要は、私達がサンドワームに対して行った戦法の応用なのだろう。
「デスワームを地面から釣り上げるんですよ。話に聞くほどの巨体であるなら、それなりの高さがないと地面に引きずり出すことができません。地面の中に居られては、助けられるものも助けられませんから」
こちらもこちらで、もっともな回答である。
更に解説は続き。
「それに、あの地形ならデスワームは真上に飛び上がるしかないので、コイツを放り投げやすいんですよ」
言いながらジョッシュ君が取り出したのは、キュースィーちゃんだった。
この子に身体中の水分を奪われ、塵と化していったサンドワームの姿は記憶に新しい。
今回もキュースィーちゃんに大暴れしてもらうことになるわけか。
吸収させたら吸収し切り、放出させたら放出し切る。改造したことで、どちらの歯止めも効かなくなった欠陥品ではあるが、ジョッシュ君の手によるとそれにも使い道が生まれるのだから面白い。
ただ、ここまでの話を踏まえると、前回と全く同じ使い方をするわけではないのだろう。
前回はサンドワームを干からびさせるために使ったわけだが、恐らく今回は。
「デスワームの体内を水で満たすんだね?」
「その通りです。干からびさせる戦法はミミコさんの仲間を巻き込んでしまうかもしれません。なので、デスワームの内側から大量の水を流し込むことで、全てを吐き出させようという作戦です。どうでしょう?」
「うん、良いんじゃない?」
うまく行けばやれそうだ、と思えるくらいには筋道の見える話になっている。
少なくとも破綻しているようには聞こえない。
「少々乱暴な作戦ではありますが、さっきも言った通り、ハナから無茶な救出劇です。時間もありません」
そうだね。
この限られた時間、限られた手札の中で、十分に可能性を感じさせる作戦をジョッシュ君は立ててくれたと思う。
「ミミコさんはどうですか?」
作戦説明を終えたジョッシュ君は依頼主であるミミコに最終決定権を委ねる。
ミミコは選択を迫られて一瞬息を呑んだが、すぐに深々とお辞儀をしてみせた。
「一人のままなら可能性すらありませんでした。助けられるかもしれないなら試したいです。本当に大事な仲間なんです。よろしくお願いします」
私はジョッシュ君と目を見合わせて、頷き合う。
決まりだね。
「決行は明日。今日は分担して準備を整えましょう。俺は湖に行って水を確保してきます。博士とミミコさんはアクアヴィー屋の店主とリミッター解除の話をつけてきてもらえますか?」
「了解したよ」
「分かりました!」
誰が合図したわけでもなく、話を終えた私達は三人同時に立ち上がる。
窓の外に目を向けると、間もなく夜に差し掛かろうとしているところだった。
「日が沈んでしまう前に向かうよ、ミミコ」
「ちょちょ、ちょっと待って下さい!」
頭の輪っかをわたわたと解き始めたミミコを横目に、何をしているのやらと呆れつつ、待ってる間にリミッターを解除したアクアヴィーへと想いを馳せる。
フフフ、あー、今から楽しみで仕方がないよ。




