『砂漠と水都の世界⑦』
「それじゃ、デスワームについて詳しく教えてよ」
自分とジョッシュ君のコップに水を注ぎながら説明を促すと、何から話し始めようかと順序立てるような間を挟んでから、ミミコ先生によるデスワーム講座が開始された。
しかし残念なことに、ミミコ先生には人にものを伝えるという能力が壊滅的に不足しているようで、さっきの間はなんだったのかと思うほど要領を得ない話が続き、思いついたことを箇条書きしていくような説明に相性の悪さを感じた私は空の彼方へ匙を投げ、ジョッシュ君に進行を委ねることにした。
頼んだよ、ジョッシュ君。
私はミミコの背後でサイドテールを小分けにし、輪っかを量産する作業に勤しむこととする。
「あの……マノさん、髪をいじるのは……」
「何?」
「いえ、何でもないです」
観念したように俯いたミミコは力なく水を一口すすった。それから二つ目の輪っかが完成し、三つ目に取り掛かろうとすると、ジョッシュ君が右手を返してミミコに問いかける。
「デスワームに襲われた時は、どういう状況だったんですか?」
聞かれて嫌な記憶を思い出したのか、ミミコは表情を曇らせながら語った。
「襲われたのは昨日のことです。砂漠地帯にある洞窟を探索していたんです。夜でした。あ、仲間は私を含めて三人です。場所はいつも行ってる洞窟です。私達は決して強いパーティではないので、そこは安全なんです。えっと、そっか、分からないですよね。いつも行ってる洞窟というのは、水都からあまり離れていない近場の洞窟のことです。私達は基本的に遠出はしないんです」
これは新手の精神攻撃なのだろうか。
聞いてるだけで脳がはじけ飛びそうになる。
そんな私とは対照的に、冷静さを維持しているジョッシュ君。
「昨日の夜、三人で近くの洞窟を探索していたんですね。それで?」
ミミコの説明を淡々と圧縮し、流れるように次へ次へと進行してゆく。
本当に有能な助手を持ったと、改めて思う。
ここからはジョッシュ君の言葉にだけ耳を傾けるとしよう。
その後もミミコの呪文は容赦なく続いたが、ジョッシュ君のフィルターを通すことで私の脳に掛かる負荷は最小限に抑えることができた。
「最初は洞窟を探索中に普通のサンドワームに襲われて、岩場へと逃げ込んだんですね」
なんだか既視感のある話だね。
「なるほど。サンドワームには対処法があったんですか。どういう対処法ですか?」
聞かれてバッグの中から一つの小瓶を取り出したミミコは、それを優しくテーブルの上へと置いた。
「魔力を練り込んだ水に強力な麻痺毒を仕込ませた薬。これを投げれば、食いついたサンドワームが勝手に行動不能となるわけですね」
ミミコの解説を解説してくれるジョッシュ君の話を聞いた私は愕然とした。
何だ、その合理的なアイテムは……私は宙吊りにされて自らエサとなったのに!!
憤慨しそうになったが、今は抑えて下さい、と訴えかけるジョッシュ君の視線に抑止され、行き場を失った感情を輪っか作りの生産スピードに割り当てる。
サイドテールがハチの巣と化してゆくミミコの話は続き。
「魔力水を投げて、いつも通りでした。食いついたんです。サンドワームが。そしたら急にヴァアアってデスワームが現れて。サンドワームを一呑みにしたんです」
あのサンドワームを一呑みに?
「あのサンドワームを一呑みに?」
私の思考とジョッシュ君の発言が一字一句違わず合致する。
当然だ。人を基準に考えたら、サンドワームですら巨大生物に分類されるサイズなのだ。
それを一呑みにするとなれば、一体どれほどの大きさとなるのか。
ミミコの髪を芸術品に仕立て上げた私は満足して元の席へと戻る。
ミミコは自分のサイドテールの惨状を横目に確認し、小さく吐息を漏らしてから。
「私も驚きました。話には聞いてたんですが、実物を見るのは初めてだったので。もっと遠いんです。おかしいんですよね。あ、生息地の話です。本来ならデスワームはいないんですよ……いや、あの、本当にいないわけではなくて、この辺にはって意味です。デスワームの主食はサンドワームなので。サンドワームも遠方の方がたくさんいるんです」
ミミコの情報に疑問を抱いたのか、はたまた彼にも精神攻撃の負荷が掛かってきたのか、眉をひそめながら首を傾げるジョッシュ君。
「どうしてこっちの方に来たんですかね」
「不思議ですよね。この辺にデスワームが現れた話なんて聞いたことないです」
私は肘をついて頬を支えながら、二人して悩んでいる姿をじーっと眺める。
二人は何を悩んでいるのだろうか。そんなの簡単な話じゃないか。
「何か魅力的なものに釣られたんじゃないの?」
私だって洞窟に不思議な鉱石が転がっているという情報を聞いて、わざわざ灼熱の砂漠に飛び込んだわけだしね。
デスワームの心を虜にするような何かがあれば、遠出の一つもしたって不思議ではないだろう。
「でも人間の僅かな魔力より、サンドワームの魔力量の方が遥かに多いですよ。格好の餌場であるサンドワームの群生地を抜けて、こちらに来る理由なんてあるんですかね」
さぁね、そこまでは分からない。
ミミズの嗜好など知ったことでは――ん?
ふとそこで、ジョッシュ君の熱烈な視線に気が付き、私は目を合わせる。
その虫けらを見るような視線はなんだね、やめたまえ。
「なに、どしたの?」
尋ねるとジョッシュ君は無言でリュックを漁り、中から取り出した見覚えのある腕輪を勝手に私の腕に取り付け始めた。
そして、その腕輪――もとい魔力測定器に取り付けられた玉が一つ、二つと点灯する。
「おや、思ったより増幅してるね」
「そうですね」
何か言いたげな表情を向けてくるジョッシュ君に、その意図を察した私は鼻を鳴らして首を振る。
「いやいや、そんなわけ」
「ミミコさん、デスワームの魔力感知の範囲って分かりますか?」
「詳細は不明ですが、少なくとも砂漠全土、水都にも届くくらいには広いと言われていますね」
「だそうですよ、博士」
「あはは、凄いね」
「…………」
「…………」
「え、私のせいなの?」




