『砂漠と水都の世界⑥』
軽快な足取りで踵を返した私は倒れたままの女の子に近寄り、手を差し伸べて起き上がらせた。
「名前は?」
「ミ、ミサラクティア・ミースアノフ・コルッサです」
「ふんふん、良い名前だね。じゃあミミコ」
「ミミ……え、いや、あの」
「その治癒の宝玉とやらについて、詳しく教えてもらおうか」
「……わ、分かりました」
ミミコは頭の蝶々結びを解いてから、肩に掛けているバッグを漁り出すと、中から徐ろに白い玉を取り出した。
「これが治癒の宝玉?」
尋ねると、ミミコはこくこくと首を縦に振る。
彼女の手に乗せられた、指で作る輪っかくらいの玉をじっくりと観察する。
ふむ。
見た限りでは、何の変哲もない小さな玉にしか見えない。
「使い方は?」
「触れるだけです。怪我をしている時に宝玉に触れていれば、身体の傷が癒えるんです」
「ほうほうほう」
良い。凄く良い。
それが本当なら実に興味深い話。
あーもうダメだ。
気になる。止まらない。
試したい。見てみたい。
好奇心が爆発した私はミミコが腰に携えていた短剣を掠め取り、その刃を迷いなく自身の手のひらに走らせた。
切り傷特有の痛みと共に、左手からたらりと血が滴り落ちる。
「え、えぇ!? 何してるんですか!」
「ミミコ、宝玉貸して、早く」
「あ……えっ……はい!」
困惑するミミコから半ば強引に宝玉を受け取ると、それはすぐにほのかな光を放って輝き出した。
更に、手の周りに白い粒子が浮かび上がったかと思いきや、流れ出る血だけを残して見る見るうちに傷口が修復されてゆく。
凄い、言っていた通り、本当に治ってしまった。
いつか見た、ジョッシュ君の超回復を彷彿とさせる回復力である。
「フフフ、フフフフ」
洞窟で見つけた鉱石といい、宝玉といい。
この世界はなんて素晴らしいんだ。
大当たりだよ。
ミミコが「この人、大丈夫ですか?」と言わんばかりの顔でジョッシュ君と視線を交わし、ジョッシュ君もジョッシュ君で「こういう人なんですよ」と言わんばかりの顔で肩を竦めているが、私に言わせれば、こんなに面白いものを前にして冷静でいられる方がおかしいのだ。
「ミミコ!」
「ひゃいっ!」
「これが報酬ってことで良いんだね?」
「そ、そうですね。それは仲間と一緒に見つけた大切な宝物で――」
「ミミコ!」
「ひゃいっ!」
「これが、報酬ってことで、良いんだね?」
「……だ、大丈夫です!」
よし。
短剣と宝玉をミミコに返し、ぐんっと顔を振り上げてジョッシュ君に目を向ける。
「ジョッシュ君!」
「分かりました、分かりましたよ。受けるんですね」
にじり寄る私の肩を両手で抑え、すぐに意図を把握するジョッシュ君。
流石だね。
言わなくても気持ちを察してくれるとは。
「その依頼、受けさせてもらうよ」
「本当ですか!?」
「もちろんだとも。君を一目見た時から受けると決めていたくらいだ」
「え、でもさっき」
何か言おうとしたミミコの口を制止するように、私は手を差し伸べる。
その手を受け取ったミミコは言葉を呑み込んでから、大きくお辞儀をしてみせた。
「よ、よろしくお願いします!」
「うん、よろしくね。私の名前はマノ。それでこっちの大きいのが――」
「ジョッシュです」
「マノさん、ジョッシュさん。本当にありがとうございます!」
私達の名前を復唱し、ジョッシュ君にも深々とお辞儀をしたミミコは、少しだけ涙を滲ませながら嬉しそうに笑みを零した。
ついでに私も、ミミコが持っている治癒の宝玉に視線が釘付けとなりながら嬉しそうに笑みを零した。
あれを手に入れるためなら、ミミズでもミミコでも容易く三枚おろしにしてくれる。
覚悟しておくといい。
――さて、やると決めたからには話したいことが山ほどあるが、その前に。
「ここで立ち話というのも難だし、移動しようか」
「それなら私の家に行きますか?」
「おぉ、良いのかい?」
「はい!」
さっきまで半べそを搔いていた彼女から一転、明るい表情で「案内します」と歩き出したミミコに、私達も並んでついて行くこととなった。
それからしばらく歩き、街から少し外れたところで、二本の滝に挟まれた趣のある家の前へとやってくる。
「ここが私の家です」
街で見かけた小さい家々に比べ、かなり大きく作り込まれているように見える。
「お金がないと言っていた割には、随分と立派な家に住んでるね」
「両親が残してくれた家を使っているだけで、価値のあるものは何もないんです」
親の遺産というわけか。
ミミコの家は、滝壺の先に広がる池の中央に建っていて、そこに辿り着くには陸地から延びる水面すれすれの足場を伝うしかないようだった。
ピチャピチャと足音を立てて先導するミミコの後を追いかけ、辺りに視線を散りばめながら歩を進める。
一見して綺麗な情景ではあるが。
「これ、うるさくないのかい?」
「え、何がですか?」
「滝の音だよ」
説明しても心の底から分かっていないような表情で首を傾げるミミコ。
すると、私の背後からジョッシュ君が小さい声で補足を寄越してくれる。
「この世界の住人にとって、水の音は生活の一部となっていて、全く気にならないそうですよ」
……そういうものなのか。
水を慈しむ種族であることは認知していたものの、そこまでとは思わなかったよ。
この調子で水を愛するあまり、屋内も水浸しだったらどうしようかと心配してしまったが、流石にそれは杞憂だったようで、辿り着いた家の中は存外普通の内装をしていた。
招かれた一室で椅子に座った私とジョッシュ君は、ミミコが用意したコップの水を瞬時に飲み干し、染み渡る感覚に自分の喉がどれだけ乾いていたかを再認識する。
「はぁ、生き返るね」
「この世界の水は美味しいですね」
「ふふ、好きなだけ飲んで下さい」
恍惚な表情を浮かべる私の横に水差しを置いたミミコは、ゆっくりと対面に腰を下ろし、神妙な面持ちを浮かべた。
心の準備を整えたようである。
では早速、話を始めようか。




