『砂漠と水都の世界④』
「おーーーーーーい!」
水を噴射する推進力で砂地の上を滑走する乗り物――『アクアヴィー』を操作しながら、私は大声を上げて一人の人物に呼びかけた。
その声に反応し、遠くにいる人影が両手を振っている姿が目に映る。
「ジョッシュ君、飛ばすよ!」
言いながらハンドルをひねり、水を噴き出す力を強めると先よりも強く砂煙を巻き上げて広大な砂漠をアクアヴィーが突き進んでゆく。
照り付ける日差しの嫌がらせも、吹き抜ける風の爽快感で気にならない。
この世界特有の移動手段らしいが、実に面白い乗り物である。
「博士、あまりスピードを出さないで下さいよ」
運転に夢中になっていると、私の後ろでシートに跨っているジョッシュ君が不満げに呟いた。
「どうしてさ、気持ち良いじゃないか!」
「博士はゴーグルがあるから良いですけど、こっちは砂が襲い掛かってきて目を開けられないんですよ」
「あはは。もう少し我慢してね!」
「スピードを落とす気はないんですね」
ジョッシュ君の抗議を華麗に受け流し、その乗り心地の良さに心を昂らせていると、次第に手を振っていた人物の表情が確認できる距離にまで接近してゆく。
辿り着いた専用の停車場にアクアヴィーを止めると、見るからに情報通な顔をしているスキンヘッドの大柄なオヤジがのしのしと近寄ってきた。
そのオヤジは強い日差しに焼けないようにバンダナを被り、真っ黒なサングラスとは対照的な白い歯を見せつけて大らかに笑う。
「だっはっは、あんたら生きてたか。無事で何よりだぜ」
このオヤジはアクアヴィーを貸出ししている店の店主。
第一印象から初めて会った気がしない親しみがあり、私はすぐに意気投合した。
出発前に洞窟の情報を色々と教えてくれたりと、人柄の良い男である。
ゴーグルを外して頭に装着し、私はアクアヴィーの鍵をオヤジに手渡した。
「この乗り物、最高だったよ」
「そうだろそうだろ!」
「欲を言えば、もっとスピードを出したいくらいだね」
「だっはっは、気持ちは分かるが、安全第一なもんでな。できねーことはねーが、今の速度で我慢してくれ」
「それは残念。あ、そうだ。見てよ、これ」
私は親指を立てて、背後のジョッシュ君を指差した。
ジョッシュ君が両手で抱える黄土色の玉を見たオヤジは身体全体で飛び跳ねてから驚愕の声を上げる。
「おい! こりゃサンドワームのコアじゃねぇか!」
「フフフ、凄いだろう。この私が倒したんだ」
「ホントかよ!? すげぇな嬢ちゃん!」
「壮絶な戦いだったけど、命を顧みない私の活躍でなんとか退治したのさ。ね、ジョッシュ君?」
「……そうですね」
顔を背けながら同意するジョッシュ君。
なんだい、嘘は言ってないだろ?
「いやー、たまげたな、玉だけに」
「たまたまだけどね」
「だっはっは、たんまり金になるぜ、こりゃ」
玉みたいな頭をしたオヤジの戯れ言に乗っかりつつ、アクアヴィーを降りると、服に付着した砂をしっかりと払い落とした。
それから「またアクアヴィーに乗りに来るよ」と約束を交わし、オヤジに別れを告げた私達は石造りに舗装された道を真っ直ぐにひた歩く。
「早く水が飲みたいね。喉がカラカラだ」
「博士が最後の水を飲み干しちゃうから俺はもっとカラカラですよ」
「そうだっけ?」
「そうですよ」
そんなやり取りを交わしていると、程なくして巨大な橋の前へと辿り着いた。
ジョッシュ君に持たせたサンドワームコアでちらほらと行き交う人々の視線を集めながら、鼻高々に橋を渡る。
ンフフ、なんだか気分が良いね。
そして湾曲した橋の頂点に辿り着いて足を止めた私は、両端に設けられた手すりへと歩み寄って掴まり、世界を一望した。
「わはぁ、絶景だね、ジョッシュ君」
「本当ですね」
目に映る幻想的な景色に思わず感嘆の声が漏れる。
来るときにも目にしたが、何度見ても美しいの一言に尽きる。
今しがた私達が歩いてきた方角は地平線の彼方まで広がる砂漠の世界。
一方で、橋の先に見える景色は豊かな緑といくつもの滝が流れる水の世界。
それらを真っ二つに分断するように、底の見えない渓谷が境界線となって横たわり、さらさらと零れ落ちる砂粒と、上品に流れ落ちる水流が、奈落へと吸い込まれてゆく。
その非現実的な様相は、景色を堪能するという感性に疎い私でも、心を打たれるものがあった。
しばしの余韻に浸った私達は、再び橋を下って水の世界へと足を踏み入れる。
そこには、目に見えて水を利用する文化が根付いた街並みが広がっていた。
白い石造の家が立ち並び、至るところに水路が張り巡らされていて、水車や噴水といった水力駆動の設備が多く見受けられる。
砂漠の世界とは打って変わる清涼な世界観に、私の心は安らぎを覚えた。
良い街だ。
住んでいる人達は漏れなく褐色の肌をまとっていて、民族的な衣装に身を包んでいる。
その中で私達の肌色はやはり目立つようで、サンドワームコアとは関係なしに人目を引いているようだった。
とは言え、それで敵対視されるということはなく、物珍しい眼差しで留まる範囲に収まっている。
彼らが好戦的な種族でないことは救いだった。
「まずはお金だね」
「売りに行きますか?」
「うん。素材としてのサンドワームコアにも興味はあるけれど、この世界のまとまったお金は必要だからね。潔く売ってしまおう」




