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『勇者のいる世界⑬』




「うーーーーーん」


 ジョッシュ君を異世界転移の旅に同行させると決断した日の翌朝。


 これから何が起きるか分からず、椅子に座ってきょとんとしているジョッシュ君の前で、腕を組みながら目を閉じる私は、しきりに唸り声を上げていた。


 悩ましい。悩ましい。悩ましい。

 ひじょーーーーーーに悩ましい。


 いや、違う。正確に言うと悩んでいるわけではない。

 答え自体はもう決まっている。

 ただ、心の準備が出来ていないのだ。


 私は右手に握りしめた小箱のフタをそっと開ける。

 中に入っているのは蒼い宝石が組み込まれた手のひらサイズの装置。


 そう、魔力遮断装置だ。


 この私の四年間を費やした集大成。

 私の、私による、私のための装置。

 これを今から、ジョッシュ君の身体に取り付ける予定なのだ。


「くぅぅ……」


 簡単には割り切れない気持ちに思わず苦い声が漏れる。

 いくら切り替えの早さに自信がある私でも、こればかりは心の整理に時間がかかる。


 当然だ。

 本来は私の魔力増幅を抑えるために発明した装置。

 この装置には私の自由が掛かっていたのだから。


 だけど、ジョッシュ君を連れていくと決めた今、どう考えても彼に付ける方が合理的なのである。


 勇者の力は魔力に依存している。


 即ち、魔力遮断装置を取り付ければ、ジョッシュ君を苦しめていた元凶を除去できるということ。


 そうすれば、彼は普通の身体を取り戻すことができる。


 コントロールの効かない危険な力に振り回されることも、怯えることも一切なくなるのだ。


 暴走のリスクを抱えたままでは、生活においても不便だし、助手としての仕事にも支障を来たすだろう。


 そして何よりも問題なのは……その力がジョッシュ君の感情を抑制していることだ。


 ジョッシュ君は、ずっと自分の心に嘘をついて生きてきた。自分の意見を押し殺して生きてきた。


 でも、そんな助手はいらない。


 私の助手となる以上は、共に発明の成功や未知の発見を喜び、感情に従ってやりたいことをやる図太さを持ってもらわねば困る。


 それこそ、昨夜の選択のようにね。


 私は、私を心から楽しませてくれるものになら自己犠牲も厭わないんだ。またあんな光景を見せてくれるなら、私の四年間は君に捧げよう。


 魔力増幅については今まで通り、異世界転移装置で補えばいい。


 これが私の導き出した最適解。

 これで全てが上手くいくはず。


 長考の末、覚悟を決めた私は小箱から魔力遮断装置を取り出した。


 手のひらに乗せた蒼い宝石がきらりと光を弾く。


 それはまるで、私の手元を見つめるジョッシュ君の蒼い瞳に呼応しているかのようだった。


「博士、これは何?」

「これは君の力を封印する装置だよ」

「ふういん?」

「そう。これを取り付ければ、君は勇者の力を失うことになる」


 魔力遮断装置に向けられていたジョッシュ君の視線が私の瞳を捉える。


 その視線を正面から受けて、私は話しを続けた。


「君は前に言ったね。こんな力は欲しくなかったと。その気持ちは今も変わってない?」


 問い掛けると、ジョッシュ君は少し考える素振りを見せてから、はっきりと頷いた。


「うん、いらない」


 ひと欠片の迷いもなさそうである。

 しかし、その迷いのなさが如実に物語っている。

 勇者の力にどれだけ苦しめられてきたかを。


 きっと、彼にとっては呪いでしかないのだろう。


 まぁでも、安心した。

 そこまで気持ちが固まっているのなら問題ない。


 と言うのも、魔力遮断装置の性能は極端なのだ。


 設計の段階では、魔力を自由自在に制御できる装置にするつもりだったのだが、実際に完成したものは魔力供給を断絶させる欠陥装置だった。


 つまりは取り付けると、金輪際、勇者の力が使えなくなる。


 だからジョッシュ君に迷いがあるなら、保留するつもりだったのだけど、彼の反応を見るにその必要はないらしい。


「分かった。じゃあ君の力を取り払うね」


 まだ解明できていない勇者の力を封じてしまうのは心苦しい部分もあるが、致し方あるまい。


 魔力にも使い方がある、その事実を確認できただけでも大きな収穫だ。


 きっと旅を続けていれば、似たような力を持った存在に出会うこともあるだろう。

 続きはその時にすればいい。 


「上を脱いで、そこに横になってくれるかい?」


 壁際にある台座を指差しながら促すと、ジョッシュ君は言われるがままに服を脱いで仰向けとなった。


 そんなジョッシュ君を優しい笑顔で見つめつつ、拘束具を取り付けて手足を固定する。


「博士?」

「まぁまぁ」


 更にはジョッシュ君に適当な布を噛ませ、口の可動域も制限。


「ふぁふぁふぇ?」

「まぁまぁ」


 準備を終えた私は、ジョッシュ君の胸元に魔力遮断装置を押し当てた。


 絵面としてはこの上なく最低だが、これもジョッシュ君の安全のためである。


 困惑した顔で私を見つめるジョッシュ君。

 気持ちは分かるよ。

 私も師匠に全く同じことをされたからね。


「ちょっとだけ我慢してね」


 左手で装置が動かないように支え、右手で反時計回りに枠組みを回転させてゆく。


 魔力遮断装置は、師匠の発明品……異世界転移装置の構造を元に制作してある。


 効率化の権化とも言える師匠の作品には、使用者に対する配慮というものがない。


 この装置は起動すると、内部から四本の管が伸び、それが体内にある魔力コアと自動的に結合する仕組みとなっている。


 ……それが、その、そこそこ痛い。


 早歩きしている最中、机の角に足の小指をぶつけるくらいの痛みはあるだろう。


 だが、これも勇者の力を除去するのに必要な痛み。

 大丈夫、痛いと言っても一瞬だ。


 この瞬間だけは、勇ましい者になってくれ。


「行くよ」


 回していた枠組みがカチッと音を立てる。

 すると、同時にジョッシュ君が大きく胸を反らせ、声にならない叫び声を上げた。


「んーーーーーーふぁふぁふぇえええ!!」

「耐えるんだジョッシュ君、男の子だろ!」


 鼓舞しつつも、そのジョッシュ君の姿に過去の記憶が蘇り、私の胸にも僅かな刺激が走る。


 懐かしいね。私もこうして悶絶したものだ。


 やがてジョッシュ君の反応がなくなり、意気消沈した姿で横たわる様子が取り付け完了の合図となる。


 よく頑張った。


 時間にして数秒の出来事ではあったが、彼の体感時間ではもっと長かっただろう。


 拘束具と、舌を噛まないように咥えさせていた布を取り外した私は、ジョッシュ君の胸に埋め込まれた魔力遮断装置に手を添える。


 これでもう、君はただの少年だ。

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