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『勇者のいる世界⑫』




 ――次の日

 

 あれこれ考えた結果、あれこれ考えるのは自分らしくないという結論に至った私は、さらっと事情を説明することにした。


 朝を迎え、目を覚ましたジョッシュ君と共に、まずは日課をこなす。


 顔を洗い、朝ごはんを食べ、木製ブラシで歯を磨いて、紅茶を一杯。

 

 しっかりと憩いの時間を堪能してから、改まってジョッシュ君と向かい合う。

 綺麗な蒼い瞳が真っ直ぐに私を捉えた。


 その目力のある視線を浴びながら説明するのはちょっとアレなので、私はジョッシュ君の頬を両手で鷲掴みにする。


「ははへ?」

「そのまま聞いてほしい」


 そして私は語り始める。

 異世界転移装置のことを。 


 最初は理解できていない様子だったが、説明を重ねるにつれて、この先に何が起きるかという要点を認識したジョッシュ君の顔は見る見るうちに青ざめていった。


 軽快な口調で説明を終えた私は、彼の頬を包み込んでいた両手をそっと離す。


 その瞬間、ジョッシュ君は勢いよく立ち上がって声を荒げた。


「博士! 僕も連れてって!」


 ……まぁ、その反応は予想していた展開の一つではある。


 正直な話、連れて行くこと自体は容易い。異世界転移装置を起動した際に生成される魔法陣の中に入っていれば、一緒に転移することは可能だろう。


 でも問題なのはそこではない。

 問題なのは、私が部外者であることだ。


 ジョッシュ君は勇者である。紛れもなくこの世界に多大な影響を及ぼす存在だ。

 ここから彼がいなくなれば、この世界は高確率でバッドエンドを迎えるだろう。


 その判断は簡単に下せるものではない。

 ただの観客が演劇の舞台から主役を引きずりおろし、連れ去ってしまおうというのだから。

 

 私は落ち着かせるように両手でジョッシュ君の肩を抑え、ゆっくりと座らせる。


「そう単純な話でもないんだ、ジョッシュ君」

「どうして? 助手は博士と一緒にいなきゃいけないんでしょ?」

「いや、確かにそうは言ったが」

「ならお願い! 僕も!」


 こんな話をしておいて、十歳の少年に冷静さを求めるのもおかしな話だが、この件は冷静に話し合いたいと思っていた私は一度、時間を置くことに決めた。


「ジョッシュ君、一旦ここまでだ。今日の夜に続きを話そう」

「でも博士!」


 話を続けようとしたジョッシュ君を目で制する。


「……わかり、ました」


 言葉だけの了承。

 その表情を見れば、納得していないことが手に取るように分かる。


 すまないね。君にしてみれば、ようやく手に入れた平穏だ。その平穏が崩れ去るというのであれば、必死になるのも当然と言える。


 話を終えた私は一先ず、作業台へと場所を移した。


 異世界転移装置が反応を示したのは昨日の夜。

 まだしばらくの猶予があるだろう。


 一定の魔力量を超え、組み込まれた安全装置が作動してしまうと強制的に転移が始まってしまうのだが、その限界に至るまでの期間は数日かかる。


 すぐにどうこうなる段階ではない。

 少なくとも心の準備くらいはできるだろう。


 私は作業台に置きっぱなしにしていた高性能集音器に手をかけた。

 

 発明する気分ではないのだが、何か手を動かしていたい気分ではあるのだ。


 じっとしていられない性分はこういう時に煩わしい。

 手なりに作業を進めながら、ふとジョッシュ君を横目に窺ってみる。


 当たり前といえば当たり前だが、今日は発明を見学しに来る様子はない。ジョッシュ君は既にピカピカとなっているキッチンを物憂げな表情で磨いていた。


 そんなに磨かれたら、この研究所が建てられた頃よりも綺麗になってしまいそうである。


 まぁでも。

 彼も私と同じく、手を動かしていたいのかもしれない。

 夜まで時間はたっぷりある。

 

 お互いに気持ちの整理をつけるとしよう。


 …………ん。


「おかしいな。行程を間違えたか?」

 


 


 それからどうするかを考えつつ、夜になるまでの半日を発明に費やしたが、三歩進んで三歩下がるの繰り返しとなり、何も進展することはなかった。


 作業というのは、雑念を抱えてやるものではないらしい。


 ジョッシュ君はというと、研究所のあらゆる場所を綺麗にしたのち、ずっと椅子に座って動かずに神妙な面持ちを浮かべている。


 そろそろ頃合いかな。

 表情は硬いが、少なくとも落ち着きは取り戻せたようだ。

 この感じなら、取り乱すということはないだろう


「ジョッシュ君、ついてきて」


 椅子から立ち上がった私はジョッシュ君に手招きをしつつ、研究所の壁に取り付けられた梯子の前へとやってくる。


 その梯子をさくさくとつたい、天井のハッチを開けてから屋上へと身を乗り出した。


 ここに登るのも久々だ。


 見上げると空一面に星空が広がり、その下では明かりに照らされた街の外壁がぼんやりと浮かび上がっている。


 遅れて登ってきたジョッシュ君も、私の視線につられて空を見上げると、口を開けて目を輝かせた。


 声こそ漏らしていないが、その顔を見れば、この景色に胸を打たれているのがよく分かる。

 

「…………」

「…………」


 心地の良い沈黙。


 だけど、ここには景色を楽しみに来たわけじゃない。

 始めるとしよう。

 

 口から漏れる白い吐息が風によって払われていくのを目で追いつつ、静かに彼の名前を呼びかける。


「ジョッシュ君」


 ジョッシュ君は何も言わずにこちらへと振り返り、次の言葉を求めた。


 私は街を指差してジョッシュ君の視線を誘導しながら。


「君がいなくなると、あの中の人達はどうなると思う?」

 

 問い掛けると、三拍置いて小さな声が返ってくる。


「……分かんない」


 そうか、そうだろうね。


 実際のところ、未来のことなんて誰にも分かりはしない。魔王に支配されるかもしれないし、意外と平和に回るかもしれない。


 いくら考えたところで確かめようもないのだから、推測の域は出ないだろう。

 

 だとしても、分からないままでは正確な答えを出せないのだ。


 ましてや、ジョッシュ君。

 君の影響力は計り知れない。

 神の采配によって勇者に任命された世界の主役。

 明確に人類の希望として与えられた力。


 この事実が揺るぐことはない。


 ジョッシュ君がいる世界と、いない世界とでは、結末が大きく変わることになる。


 だから、君が選択をするというのなら、受け入れなくてはいけない。

 知らなくてはいけない、自分の立場を。

 

 片方から目を逸らして選ぶ行為を、選択とは言わないからだ。


 ジョッシュ君、今から君に全てを突き付ける。

 よく聞いてほしい。


「君がいなくなるということは、この世界にいる多くの人々が苦しい思いをする、ということだ」


 私は十歳の少年に残酷なことをしているかもしれない。


「君がどんなに否定をしても、君が勇者である事実は変わらない」


 だが、何も知らないままに大きな選択を迫るのは合理的じゃない。


「君には人々を救える力がある」


 事実を受け止めた君に、私は問い掛けたいのだ。


「この世界を救える力がある」


 全てを理解した上で、君の答えを聞かせてほしい。


「それでも」


 ――ジョッシュ君。


「それでも君は、世界を捨てて、私についてくる?」


 短くも、長く感じる沈黙が場を支配する。

 吹き抜ける風が一つ、ジョッシュ君の後ろ髪を揺らした。


 私は意地悪な問いかけをしているだろうか。

 大人気ないことをしているだろうか。


 心に一抹の不安が流れる。


 やがて、街を見つめていたジョッシュ君は勢いよくこちらへと振り返る。


 色んな顔を想像した。

 悩んでる顔。怒ってる顔。悲しんでる顔。泣いてる顔。


 だけど。


 そこにあったのは、迷いも躊躇いも何もかもを置き去りにしたような、満面の笑顔だった。


 彼は、その屈託のない笑顔で、私を見つめて――。


「うん!!!!」


 大きく首を縦に振ってのけた。


 予想を大きく裏切る反応に、私は目を丸くする。

 しかし、すぐに抑えようのない笑いがふつふつと込み上げる。


「ははっ。あははは」


 これが笑わずにいられるだろうか。


 なんて顔で世界を見捨てるんだ。

 全てを受け止めて尚、そんな顔で即答されるとは思ってもいなかった。


「あははははっ」


 面白い。君は本当に面白いね。


 ひとしきり笑い切ってから、私はジョッシュ君の頭に優しく手を乗せる。


 私も決意を固めるとしよう。

 彼はしっかりと選んだのだから。


「いいよ。連れていってあげる」


 その言葉を聞いたジョッシュ君は、心からの喜びを示すように、大きく飛び跳ねてはしゃいでみせた。


「やったぁ!! やった!!」


 皮肉なことだ。しばらく彼と行動を共にしてきたが、今が一番子供らしい姿をしている。


「ククク」


 いけない。また込み上げてきた。

 さっきの笑顔が頭に焼き付いて離れない


 こんなに笑ったのはいつ以来だろうね。


 ジョッシュ君。

 君は私を頷かせるのに十分な価値を示してくれた。


 そうさ。私は面白いものに目がないのだ。

 この世界の神には申し訳ないけど、この子は私が貰っていくよ。 

 

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