『勇者のいる世界⑪』
取り敢えずは一区切りがついたので、私はジョッシュ君から空のビーカーを受け取り、紅茶のおかわりを入れようとキッチンへ向かった。
そこに置いてある超速高温湯沸かし器にだばばと水を注ぎ、フタを閉じてスイッチを入れる。
すると、ものの数秒。
超速の名に恥じぬスピードで、水が沸騰する音が聞こえてきた。
相変わらず、沸騰させるまでは便利な道具である。
しかし、この湯沸かし器は高温の名にも恥じていないため、出来上がったお湯が凄まじく熱く、程よく冷めるまで待たなくてはならない。
まぁ要するに、そこそこ時間がかかるので実質ただの湯沸かし器となる。
私は冷めるのを待っている間、ジョッシュ君の力について考えを巡らせた。
魔力を全く別の性質に変化させる使い方。
あれは革命的な発見だった。
勇者だからできるのか、それとも魔力があればできるのか。
後者であるならば、私にも出来るという理屈になる。
だけど、あの力を見たあとに力んだり、叫んだり、飛び跳ねたりもしてみたが、いくらやっても形容しがたい虚しさしか得られるものはなかった。
ジョッシュ君も力の構造を理解しているわけではないので、コツを尋ねることも出来ず、結局は何も分からないまま何一つ進展がないのが現状。
あの力が解明できたなら、発明の幅が大きく広がるかもしれないのだが。
私は湯沸かし器にそっと手を近付けた。
そろそろ程よい温度になってきたかな。
ジョッシュ君が茶葉をこすのに使っていた瓶が置いてあったので、それを再利用する。
お湯を注いで二人分の紅茶を抽出し、それぞれのビーカーへ。
美しい。
透明なガラス越しに鮮やかな琥珀色が柔らかい光を返している。
この紅茶の入れ方にも衝撃を受けたものだ。
ジョッシュ君に教わるまではビーカーに茶葉を直入れし、そのままお湯を注いで飲んでいた。
今にして思うと、あれは紅茶ではない。ただの泥水である。
初めてジョッシュ君の入れた紅茶を飲んだ時、膝の震えが止まらなかったのを覚えている。
私はビーカーに入れた紅茶を一口味見した。
うん。やはり美味しい。
やや薄味だが、それでも十分だ。
出来栄えに満足した私はビーカーをトレイに乗せ、両手で持って振り返る。
それから軽く鼻歌を奏でつつ、ジョッシュ君のもとへ帰還……したのだが。
「おや」
疲れてしまったのだろうか。
戻ってみると、ジョッシュ君は机に上体を預け、腕を枕にしながら眠りについていた。
気付けば、窓から見える景色がすっかりと夜になっている。
いつの間にか、結構な時間が過ぎていたらしい。
発明に夢中になると、つい周りの情報を遮断してしまうな。
私はトレイを置き、ジョッシュ君にタオルケットを掛けてから、その気持ち良さそうな寝顔をじっと見据えた。
出会ったばかりの頃は夢にうなされていることもよくあったが、最近は落ち着いて眠れているようだ。
父親の件、勇者の件、その重圧から解放されて、ただの少年へと戻りつつあるのだろう。
だが、街は依然としてジョッシュ君の行方を捜している。
掲示板だけに留まらず、街中に捜索依頼のチラシが張り出され、さながらお尋ね者扱いだ。
幸いなのは、奴隷の首輪が見つかったのが死体処理場であったため、捜索範囲が私の彷徨っていた森の中に絞られていること。
加えて、人づてに聞いた体を装い、遠くの森に少年の目撃情報があったという噂を流布しているので、今しばらくは見つかることもないだろう。
それにしても、ジョッシュ君の捜索依頼。
依頼主は街の創設者で、報酬には多額の金銭が設定されていた。
かなり躍起になって勇者の行方を探している様子である。
門番の爺さんが言っていたことは本当なのかもしれない。
少なくとも、人類の希望を丁重に取り扱うという気配は感じられなかった。
まぁ、あくまで印象の話なので、真意がどうであるかは知る由もないが。
私は紅茶をすすりながら再び作業台に向かい、ゆっくりと椅子に腰掛ける。
それからジョッシュ君の寝顔に釣られて大きな欠伸を一つ。
あー。どうやら私にも、若干の睡魔が訪れてきたようだ。
発明の続きに戻ろうと思っていたのだが、悩ましいところ。
このまま寝てしまってもいいのかもしれない。
ここ最近、発明はもちろん、街の往復や仕事をこなして疲れも溜まっている。
それにジョッシュ君も発明を楽しみにしているし、彼が寝ている間に進めてしまうのも忍びない。
続きは明日にでも――。
――と思考を巡らせていたその時、私の胸に、熱が宿るのを感じた。
「……ん、まさか」
すぐに作業服のファスナーを下げて確認すると、異世界転移装置が淡い光を帯び、臨界の反応を示している。
……想定外だな、もう溜まったのか。
世界によって魔力増幅の速度は異なるのだが、ここまで早いのも珍しい。
ぽりぽりと人差し指で頬を掻きながらジョッシュ君を一瞥する。
これから本格的に勇者の力を研究しようと思っていたところなのに、なんてタイミングが悪いんだ。
まったく。
ジョッシュ君から視線を外し、私は窓の外を見つめて溜息を漏らした。
どうしたものか。




