『勇者のいる世界➉』
「んー。一旦、休憩にしようか」
進捗五割といったところで手を止めて、私は椅子から立ち上がった。
作業中、ジョッシュ君は飽きる様子も一切見せず、ずっと横で楽しんでいた。
本当に興味津々なのだろう。私としても悪い気はしない。
「紅茶、入れてきます」
私の休憩の一言に、ピカピカのキッチンへと向かうジョッシュ君。
二十日前までは焦げ付いたキッチンだったはずなのに、何をどうしたらこうも綺麗になるのか。
ジョッシュ君の助手適性の高さに驚くばかりである。
程なくして、温かい紅茶が二つ用意され、その一つを受け取って一口。
はぁ……作業終わりの一杯は格別だ。
ジョッシュ君も美味しそうに干し果物を食べながら休憩している。
こうして見ていると、もうほとんど普通の子供にしか見えない。
笑みを見せるようになって表情も柔らかくなった。
段々と子供らしい口調で話しかけてくれるようにもなった。
過度な遠慮も減り、したいことを聞いてくるようにもなった。
それらの変化は、ここでの生活が彼にとってプラスに作用している証と言えるだろう。
私の視線に気づいたジョッシュ君が、干し果物入りの紙袋をこちらに向ける。
そんなつもりはなかったけど、せっかくなので適当な果物を一つ選び、それを口に。
うん、甘い。
「ありがとね」
お礼を言うと、ジョッシュ君は小さく微笑んだ。
その笑顔に笑顔を返して、紅茶を一すすり。
「…………」
……経過は良好。
……精神も安定。
……勇者の力が暴走する気配もなし。
……良いよね? もーーーーーーーー良いよね?
私もよく我慢したものだ。
これ以上は無理。
心の中で荒れ狂う好奇心の魔物を抑えられない。
行けるか、いや、行く。
「ジョッシュ君!!」
「ふぁひ!」
急に前のめりになった私に驚き、干し果物を口に入れたまま背筋を伸ばすジョッシュ君。
おっと、これは失礼。
改めて心を落ち着かせてから、私は問い掛ける。
「君の両親について、聞いてもいいかい?」
ジョッシュ君は口の中の果物をごくりと呑み込んでから、目を丸くしてコクコクと頷いた。
ここでジョッシュ君が取り乱すようなら、すかさず土下座をもって発言を撤回するつもりだったが、予想に反してジョッシュ君の態度は変わらずに安定を示している。
繊細な話かと思っていたけど、彼の中ではそこまで大した話でもないのだろうか。
何にしても、安定しているのであれば、それに越したことはない。
話を続けると、ジョッシュ君は答えられる範囲で私の質問を処理してくれた。
「お母さんは、いないです。僕を産んですぐ、亡くなったと聞きました」
子供の口からさらっと出てきた言葉にしては、随分と重い話に聞こえるが、依然としてジョッシュ君の表情にかげりはない。
というのも、ジョッシュ君は母親の顔を知らないようだった。だからなのか、母親がいないことへの実感が薄いのかもしれない。
「父親についても話せる?」
「おと……あの人は、僕が嫌いだったんだと思います」
その言葉から始まったジョッシュ君の話は、なんとも言えない複雑な内容だった。
ジョッシュ君の父親は、妻を深く溺愛していたようだった。
しかし、ジョッシュ君を産んだことによって彼女は命を落としてしまう。
その事実に嘆いた父親の悲しみは、矛となってジョッシュ君に向けられた。
ジョッシュ君は名前すら付けて貰えず、事あるごとに母親の件を持ち出されては、お前がいなければ……と暴力を振るわれたらしい。
ジョッシュ君は一息ついて、紅茶を飲み干してから話を続けてくれた。
「僕が勇者に選ばれてからは、ずっと魔物を倒す仕事をさせられました」
干し果物屋の親父が言っていたね。
あの街には大きな掲示板が設置してある。
掲示板には仕事の依頼を書き記したチラシがたくさん貼ってあって、その中に受けたい仕事があれば、チラシを手にして依頼主に会いに行く、というシステムが出来上がっている。
仕事の内容も様々で、掃除、採取、店の手伝い、魔物の討伐など、いろいろとある。
かく言う私も、小さな依頼をこなして、この世界の金銭を手に入れることに成功していた。
ジョッシュ君の父親は、そこで高い報酬が期待できる魔物の討伐依頼を片っ端から受けて、ジョッシュ君にやらせていたわけである。
それは、あの日もそうだった。
死体に群がる魔物の数が増えすぎて困っているという依頼を受けた父親に連れられて、ジョッシュ君は死体処理場の崖上と赴いたらしい。
そして。
『掃除してこい』
その無慈悲な一言と共に、ジョッシュ君は崖から蹴落とされたのだとか。
勇者の力があると言っても、痛みまでなくなるわけじゃないだろうに。
更には落とされた先で待っているのは魔物の群れ。
奴隷の首輪によって逃げることも許されない。
ジョッシュ君は我武者羅に戦うしかなかった。
だけど、その時にジョッシュ君を取り巻く状況が一変することになる。
奴隷の首輪が外れたのである。
その話に差し掛かった時に、父親の件を話そうと思ったが、ジョッシュ君は父親が亡くなっていることを既に知っているようだった。
何故なら、首輪が外れた時に、崖上から魔物に襲われた父親の首が降ってきたらしいのだ。
普通の、子供にとってはかなりのショッキング映像となるだろう。
でも、その時の状況を語るジョッシュ君の顔は至って冷静だった。
父親に対して何かを想う、という感情はもう残ってはいないのかもしれない。
ジョッシュ君はとにかく逃げなきゃ、脳裏に過ったその言葉に従って、森を駆け抜けたようだ。
そこで、追いかけてきた魔物に襲われて倒れたところ、不思議な異臭に包まれて気絶し、私に拾われた……というのが事の顛末となる。
ジョッシュ君の経緯を聞いて、私の中の疑問がようやく一つの線で繋がった。
残す大きな疑問は勇者の力のみ。




