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『勇者のいる世界⑨』




「おい、嬢ちゃん!」


 ジョッシュ君との共同生活が始まって、おおよそ二十日の時が過ぎた頃。一人で街を歩いていると、聞き覚えのある声に背後から呼び止められる。


 振り返ると、そこにはサングラスを掛けたスキンヘッドの巨漢、もとい、干し果物屋のオヤジが満面の笑みを浮かべて立っていた。


 あー。どうやら、あの薬の欠陥は正常に作用してしまったようだ。オヤジの頭部が日の光に照らされ、悲しみの閃光を放っている。


 私は平静を装いながら、オヤジに負けず劣らずの笑みを作って応答した。


「やぁ、店主。今日も輝いてるね」

「おう、良い男ってのはいつだって輝いてるもんよ」

「流石、街一番の色男」

「言ってくれるねぇ。世辞でも嬉しいぜ」

「いやいや、本当のことを言ったまでだよ」

「そうかそうか。ところで嬢ちゃん」

「なんだい? 店主」


 ぺちんっ。


「これはどういうことだ?」


 自分の頭に手を乗せたオヤジが高みから私を威圧する。

 初めて出会った時から威圧感はあったが、今は眉毛もなくなったことで拍車が掛かっている。


 なんて凄まじい圧力。身長が縮みそうだ。やめて。


 私はオヤジから目を逸らし、この場からの逃走劇を企てようと脳をフル回転させた。


 どうする。どうやって切り抜ける。何か使える発明品はあっただろうか。


 しかし、真剣な表情で作戦を練る私とは裏腹に、オヤジは豪快な笑い声を上げる。


「がっはっは。冗談だよ、冗談。怒っちゃいねぇさ」


 意外な展開に私は目をぱちくりさせる。

 オヤジは腰に両手を当てて、ニカっと歯を見せながら。


「全身の毛が抜けた時は驚いたけどよ。実は女房が出ていった理由ってのが、俺の体毛が濃すぎることが原因だったんだ。でも今の身体を見せたら仲直りも仲直りよ。子供ともまた一緒に暮らせるようになったんだぜ」


 ……おぉ。

 その理由で家を出ていかれるのもどうなんだと思いつつ、オヤジの話を聞いて、私はほっと胸を撫で下した。


「てっきり、捕まって干されるかと思ったよ」


「がっはっは。干すのは果物だけで十分だ。それに、もし女房の件がなくても、嬢ちゃんの話を信じて条件を呑んだのは俺だし、嬢ちゃんも嘘は言ってなかった。これで責めるのは筋違いってもんだぜ」


 気持ちの良い商売人である。

 笑顔や頭だけでなく、心の眩しさまで見せられてはこちらも立つ瀬がない。


 私は腰にぶら下げた小袋を手に取って揺らし、中に入っている硬貨をぶつけてじゃらじゃらと音を立てた。

 

「今度はちゃんとお金で買うよ。今から行ってもいいかい?」


 百万点の接客スマイルが向けられる。

 

「おう、大歓迎さ。サービスしとくぜ」


 気分上々といったオヤジの大きな手に背中を押され、私は干し果物屋へと足を運ぶのだった。





 それから干し果物屋での買い物を済ませ、真っ直ぐと研究所に帰宅した私は少しだけ困っていた。

 

 気前の良いオヤジが一袋分の値段で、二袋の詰め合わせを持たせてくれたのは良いのだが、両手が塞がってしまい、玄関の扉が開けられないのだ。


 どうしたものかと考えるも、どうにもならなそうなので、ここは彼を頼ることにする。


「ジョッシュくーーーん!」


 大声で呼びかけると、少ししてから研究所の扉が開かれ、中からジョッシュ君が顔を覗かせた。


「おかえりなさい、博士」

「うん、ただいま」


 すぐに袋を一つ受け取ってくれたジョッシュ君は背中で扉を抑えつつ、先にどうぞと目で促してきた。


 この二十日間ですっかり助手としての立ち回りが板についてきたように思う。素晴らしい限りだ。


 遠慮なく中へと入った私は中央の机に紙袋を置き、椅子に腰を掛けて一息つく。


 同じように紙袋を机に置いたジョッシュ君は、何やらじっと干し果物を意味深に見つめている。


 まぁ、言いたいことは分かるよ。でも諦めてね。

 しばらく、君の食事は干し果物一色となる。


「さてと」


 椅子から立ち上がった私は、腰を伸ばしてから隅っこの作業台へと歩き出す。


 今日も今日とて発明の時間である。


 背後からジョッシュ君の喜びが入り混じった声が上がった。


「博士、発明するの?」

「そうだよ」

「見ててもいい?」

「いいとも」


 ランタンキューブの件から、ジョッシュ君は私の発明に興味を抱くようになった。

 私が作業台に向かうと、こうして横から目を輝かせて覗くようになったのである。

 

 助手として、発明に関心を抱くのは非常に良い傾向だ。それに、段々と私にも打ち解けてきたようだし、子供らしい顔も見せるようになった。


 これは大きな進展と言えるだろう。

 

「今日は何を作るの?」

 

 作業台に両手をついて問い掛けてくるジョッシュ君。


 フフフ。良くぞ聞いてくれたね。

 今日は自称ひそひそ話撲滅委員会の会長である私の悲願となる作品。


 高性能集音器を作る予定さ。

 耳に取り付けることで周囲の声を拾えるようになる素晴らしいアイテムだ。


 子供にも分かるように噛み砕いて説明すると、ジョッシュ君は小さく首を傾げる。


「内緒の話なのに聞いてもいいの?」

「私も内緒にすれば内緒のままだろう?」

「そう……かな?」

「そうさ」


 納得のいかない顔をしているジョッシュ君を他所に、私は作業へと取り掛かる。


 私が参加していない内緒話など許される行為ではないのだ。


 この高性能集音器で必ずや阻止してみせる。


 

 

 

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