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『勇者のいる世界⑭』




 それから少しの間を置いて、心も身体も落ち着きを取り戻したジョッシュ君はゆるやかに上体を起こした。


「大丈夫かい?」


 具合を尋ねると、ジョッシュ君は胸に取り付けられた魔力遮断装置に手を当て、こくりと頷いてみせる。


 なら良かった。


「でも一応、確認はさせてもらうよ」


 言い終えるよりも早く、私は魔力遮断装置へと顔を寄せる。


 重要な点は一つだけ。

 装置に組み込まれている蒼い宝石だ。


 この宝石は魔力を全く通さない性質を持っている。それを最大限に利用しているのが、魔力遮断装置という発明品だった。


 その仕組みは非常に単純なものである。


 装置を介して魔力の源であるコアと結合し、強制的な絶縁状態にさせて供給を断つ、それだけだ。


 だから結合さえ成功していれば、問題なく装置は作動するはずなのだ。


 私は片目を閉じ、じっくりと宝石の内部を覗き込んだ。

 

「んー」 

「どう、ですか?」

「ちょーっと待ってね」


 お。

 宝石の内部に炎のような淡い光が揺らめいている様子が窺える。


 この反応が起きているということは――――成功だ。


 前屈みにしていた身体を起こし、ほっと安堵の息を漏らす。

 

「大丈夫、問題ないみたい」


 結果を報告すると、ジョッシュ君は小さく口を綻ばせた。


 本当に安心した。

 ここに来て失敗など、笑い話にもならない。

 自分の作品に自信がないわけではなかったが、物事の結果は確定するまで確定しないのである。

 

 世の中、最後まで何が起きるか分からないものなのだ。


 装置の取り付けが無事に終わったことで緊張が解け、肩の力を抜いていると、意味ありげな表情を浮かべるジョッシュ君の視線がこちらへ向いていることに気付いた。


 ん、どうしたのだろう。


 その視線は私の顔、というよりはもう少し下の方に向けられていて――。


 あぁ、なるほど。

 そう言えば、ファスナーを緩めたままだったね。


 彼の視線に込められた意味をなんとなく察した私は、静かに口元を緩めた。


 それから自身の胸元に埋め込まれた異世界転移装置を人差し指でとんとんと叩く。


「お揃いだね」


 言ってあげると、ジョッシュ君は無邪気な笑顔を浮かべて頷いた。


「うん、一緒!」


 二つの装置を交互に見据えながら、嬉しそうに揺れるジョッシュ君。


 その姿に釣られ、こちらも思わず目を細めてしまう。


 穏やかな空気に包まれた研究所の中で、私達はけらけらと笑い合った。


 



 ――さて。


 魔力遮断装置の件も終わって、必要なことは全てやった。


 いよいよもって、あとは旅立つだけである。


 いつものようにリモコンを操作して、拠点を圧縮、収納した私は、心地の良い日の光に照らされながらぐっと伸びをする。


 それから何の気なしに、崖上へとそびえ立つ街の姿を一瞥。


 頭が勝手に行く末を想像しようとしたが、理性で思考を打ち消した。


 思うところがないわけでもない。

 でもこの世界に限らず、二度と戻れない世界のことは考えても仕方がない。


 ましてや勇者だった子を連れ去ってゆく元凶に、とやかく想われるのは、この世界にとっても気分のいい話ではないだろう。


 もしかしたら、ジョッシュ君に力を与えたという神が今もこの瞬間を見ていて、どうやって私に報復しようかと考えている最中かもしれない。


 何か問題が起きる前に、早々と飛び立ってしまうのが吉である。


「心の準備は良いかい?」


 問い掛けると、雪の上で足踏みしていたジョッシュ君が笑顔を向ける。


「うん!」

 

 肉食獣に睨まれた小動物のように怯えていた少年の姿はもう見る影もない。


 本当に普通の子供らしくなった。

 少なくとも、自身の感情に遠慮をしている様子は見受けられない。


 この調子で、すくすくと育ってもらいたいところだ。


 ただし、そのまま普通に育つだけでは困る。

 私を楽しませるのも君の仕事だからね。


 立派な助手を目指しながら、精一杯に面白いところを見せてくれ。


 目の前に歩み寄ってきたジョッシュ君がワクワクとした瞳でこちらを見つめる。


 その姿に小さく一笑。


 彼に尻尾があったなら旋風を巻き起こすほどに振り回しているんだろうなと思いつつ、私は異世界転移装置に手をかけた。


 しかし、そこでふと、私の脳内に一つの記憶が想起する。


 それを思い出した私は異世界転移装置から手を離し、ジョッシュ君と正面から向き合った。


 危ない危ない。

 大切なことを見落とすところだった。


 あれを拒否されたままでは、今後の関係に支障を来たすかもしれない。


「ジョッシュ君」


 呼びつけると同時に、私はすっと右手を差し出した。


 そう、握手である。 

 前に求めた時は拒否されてしまい、成立しなかったのだ。


 私の手を見て、すぐにジョッシュ君も手を差し出してくる素振りを見せる。


 だが、その動きは途中で止まってしまった。

 あの時と同じように、躊躇いの表情を浮かべるジョッシュ君。


 まだ勇者の力が消えたことについて、半信半疑といったところなのだろう。


 彼の気持ちを汲んで、私から手を取りに行くこともできるが、それでは前に進めない。


 大丈夫。


 信じて。


 言葉にはせず、真っ直ぐにジョッシュ君を見つめて訴えかける。


 しばらく目を泳がせていたジョッシュ君だったが、やがて私と視線が重なったことをきっかけに、心の中で葛藤する様子を見せる。


 そして遂に意を決したのか、勢いよく、勢いのままに、ぐっと手を伸ばしたジョッシュ君は、その小さな手で力強く私の手を包み込んだ。


「…………」

「…………」


 三拍の沈黙。

 恐る恐るこちらの様子を窺うジョッシュ君に、私はニヤリとした笑顔を差し向ける。

 

 それから手を掴んだまま、その手をぶんぶんと上下に激しく揺らすと、ジョッシュ君が困惑した表情で困惑した声を上げた。


「は、は、博士!?」


 その様子を見て、私はクククと小さく笑う。

 正直、自分でもどうしてこんなに楽しいのか分からない。


 でも楽しいのだから仕方がない。


「よろしくね。助手のジョッシュ君」


 熱烈な握手を交わした私達は、程なくして、次の世界へと旅立ってゆくのだった。

 

 

 

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