エピソード8:当事者たちの長い夜④
災害直後のエピソードが続きます。
ずっと、隣にいてくれたのに。
守られるばかりだった。
甘えてばかりだった。
『いま』が続くと、思い込んでいたから。
何も出来ずに……手を離してしまい。
彼を、一人にしてしまった。
「――っ……!?」
ユカが次に意識を取り戻した時、周囲はにわかに騒がしかった。
最初に認識したのは、幼い少女がすすり泣くような声。そして、それをなだめる女性の声。
ゆっくり目を開けて、息を吐く。床よりも一段高い位置に寝ていることに気付いた彼女は、黒目を動かして周囲を簡単に見渡してみた。
天井の電気はついていないが、学校の教室ほどある部屋の中には、部屋の至る所にキャンプで使うような大きなLEDライトが設置されていた。目が慣れれば問題なく動き回れそうな気がする。
そして、石油ストーブも設置されているため、それなりの暖かさも保持できていた。
ひとまず体を起こそうとして右腕を動かすと、鈍い痛みを感じる。それ以外にも、足や背中など、全身のいたるところがきしんでいるような、そんな違和感があった。
両手に力を入れてみると、全力ではないにせよ、握ることはできる。足へ命令を出すと、膝を曲げたりすることも出来る。要するに、骨折や断裂といった重症ではないらしい。
とにかく現状を把握したくて体を起こすと……ユカの様子に気付いた人物が一人、慌てて駆け寄ってきた。
「良かった……!! 起き上がって平気?」
「え、と……その……」
部屋の明かりが、彼女の顔を映し出す。
ユカに話しかけてくれたのは、地震の直前に勾当台公園の入口で出会った、蓮の友人の女性だった。
確か政宗が『刑部さん』と呼んでいたが、それ以上の情報はない。ユカは困惑しつつ、彼女へ問いかける。
「あの、あたし……どうやって、ここまで……というか、ここは、どこですか?」
ユカの質問に、彼女は軽く目を見開いた後……これまでの経緯を話してくれた。
「爆発に巻き込まれたあと、他の人と一緒に歩いてここまで来たんだよ。覚えてない?」
「すいません……全然」
「そっか……本当は病院に行くべきだと思うんだけど、今は、緊急の人を優先しているみたいで……でも、辛かったら言ってね。すぐに連れて行ってもらうよう話をするから。あ、ここは仙台市役所、とりあえずの避難所だよ」
「そう、なんですね……あの……」
「あ、私は刑部友実です。確か、柳井先輩の彼女さんの親戚、だったよね。私は柳井先輩と高校が同じなんだ」
彼女――友実はこう言って、肩につくくらいの髪の毛を揺らして笑う。その笑顔に、思わず……肩の力が少し抜けた。
「山本結果です、ありがとうございます」
ユカがこう言って頭を下げると、友実は「困った時はお互い様だよ」と、安心できる笑顔を見せてくれる。
ただ……ユカは口元を引き締めた。少し怖いけれど、確認しなければならないことがある。
「あ、あの、刑部さん……あたしと一緒にいた男の人って……どこにいるか知ってますか?」
ユカの問いかけに、友実の表情が曇った。
そして。
「佐藤さんのこと、だよね……ごめんね。救急車も沢山きてたから、どこかの病院に運ばれているとは思うんだけど……」
「そうですか……」
彼の生死までは分からないながら、友実が言葉選びに気を遣ってくれていることがわかる。
ユカは瞬きをして、視える世界を切り替えた。そして、左手の小指から繋がっている、紫色の『関係縁』が変色せずに残っていることを確認し、少しだけ安堵する。
もしも……彼が死んでしまって、『痕』や『遺痕』になっているのであれば、色が薄くなったり、黒ずんだりすることが多いだろう。最も……事故からまだ数時間なので、気休めにもならない。
ただ。
――色んなことが変わってしまっても、これからもずっと……俺と一緒に生きて欲しいんだ。だからまずはケッカの問題を解決する。それで、いつか……未来で俺を選ばせてみせるよ。
互いに望んだ未来は今じゃない。
こんな結果は望んでいない。
それはきっと、政宗も同じはずだ。
「政宗のことなので……大丈夫だとは思います」
口に出して、自分自身に言い聞かせた。
大丈夫、彼はきっと……大丈夫。今はその願いを信じたい。
ユカは改めて大きく息を吐いた後、体に入ってきた少し冷たい空気に身震いをした。
そしてここで、着ていたはずの上着を羽織っていないことに気付く。
「そういえば……あたし、上着を着ていませんでしたか?」
ユカはカバンを持ち歩かず、上着のポケットにスマートフォンなどを入れて持ち運んでいた。今はコートの下に着ていたパーカーも脱いだ状態で寝ていたようで、流石に少し寒い。
「あ、うん、着てたんだけどね……」
これまた絶妙な表情で頷いた友実は、ダンボール製の簡易ベッドの下にある引き出しを引っ張った。
ここでユカはようやく、自分が寝ていたのがダンボールベットだったことに気づく。
「これ……ダンボールなんですね」
「そうだよ。避難所でもすぐに作れるってことで、4年前の災害をキッカケに、市役所にも用意されてたんだって」
「そうなんですね……」
ダンボール製、と、聞くと、強度に不安がある間に合わせのもののように思えなくもないが、ユカが全身を預けていたそれは、ガタツキが一切ない。マットレスがないので少し固いのはしょうがないが、床からくる冷気も感じずにすむため、今はこれの存在が非常にありがたい。
「あ、これ……だよね。汚れちゃってるから、1度、ベットから降りて広げた方がいいんじゃないかな」
友実はそう言って、コートとパーカーを取り出してくれた。ユカも彼女の言葉に従い、重たい体を引きずってベットから降りる。
「ありがとうございま……」
そう言いながら広げたコートは裾の部分が破れており、泥汚れと……赤黒いシミが、転々とこびりついていた。
薄暗いけれど、見れば分かる。
血だ。
誰のものなのかは分からないけれど……近くにいた人のものである可能性が高い。
「……」
ユカは自分を落ち着かせるために深呼吸をした後、コートのポケットに入れたままのスマートフォンを取り出した。
衝撃で画面が粉々に砕けており、本体も絶妙にひしゃげている。電源は入れない方がいいだろう。
落胆しながら、次にパーカーを確認する。まずは商売道具でもあるハサミを取り出した。若干、柄の部分が変形しているようにみえるが、思っていたほどのダメージではない。次に、反対側のポケットからパスケースを取り出す。
結局、買い換えることのなかったSuicaは……目立つ破損もなく、ユカの手に戻ってきた。
「あ……」
反射的に、それを強く握る。今のユカにとっては、何よりのお守りだ。
ユカは静かにパーカーを羽織ると、汚れているコートを再び折りたたんだ。
「ありがとうございます。これ、下に入れててもいいですか?」
「あ、うん、大丈夫だよ」
友実はユカへ頷いた後、コートを片付けて再びベットへ戻る彼女をまじまじと見やる。
「ユカちゃん……冷静なんだね。凄いなぁ……」
「いえ……多分、こうしないと、自分を保てないんだと思います」
「その発言が大人だよ……」
友実が感心したようにユカを見つめていると、ユカは「そういえば」と、改めて友実の身を案じた。
「刑部さんは怪我をしていないんですか? 同じ学校の他の方は……」
「爆発から離れた場所にいたから大丈夫だよ。ただ、周囲はガスも充満していたし、道路状況も分からないから、朝まで市役所にいることにしたの。ちなみにここは、怪我をした女性だけの部屋だから、矢野先輩とかは別の部屋にいるんだ。私はお手伝い要員だから、心配しないで」
「なるほど……」
暗さに目が慣れてきたことで、改めて周囲を見渡すと……並べられたベットの上にいるのも、側にいるのも、全員が女性であることに気付く。そして、幼稚園児や小学生、中学生といった未成年が多いことにも気付いた。
「親御さんとかとはぐれちゃって、怪我をしている子がここにいるの。看護師さんもいるから、何かあったら教えてね」
「ありがとうございます……なんか、ちゃんとしてますね……」
災害から数時間後とは思えない手際の良さに、ユカが素直な感想を呟くと……友実もまた「凄いよね」と頷いて。
「4年前の時は、みんながずっと一緒で……それはそれで悪くなかったけど、嫌なこともあったんだ。それをキッカケに色々話し合って、いざという時はこうしよう、っていう決まりがあったみたい」
「そうなんですね……」
ユカが相槌をうった次の瞬間、余震で部屋が少し揺れる。窓ガラスがミシミシと音を立ててきしんだ。
それが収まったところで……部屋の隅にいた女の子が、たまらずに泣き出してしまう。
「パパ……ママ、どこなの……痛いよ……怖いよぉ……っ……!!」
その様子と言葉から、両親とはぐれてしまったことが想像できる。
悲痛な声に、部屋の中が静かになった。すると、友実が静かに立ち上がる。
「私、ちょっと見てくるね。あ、そうだ」
友実はそう言って、ある方向を指差した。目を凝らしてよく見てみると……ドアらしきものが見える。
「トイレは部屋を出て、廊下の突き当たりにあるんだけど、水が出ないから簡易トイレになるんだって。廊下も暗いから、行く時は必ず、大人に付き添ってもらってね」
「分かりました。ありがとうございます」
ユカが首を縦に動かしたことを確認した友実は、部屋の中を慎重に移動していった。
その背中を見送りながら……改めて、息を吐く。
スマートフォンは壊れてしまい、少なくとも朝になるまでは、自由に行動をすることが難しい。
連絡を取れる手段も、政宗の生死を確認する術も……。
「……川瀬さん、いないかな」
「いるよおおおおおお!!」
「ヒッ!?」
刹那、喉の奥から変な声が出た。隣でスマートフォンをいじっていた少女が振り向き、怪訝そうな目を向ける。
ユカは苦笑いで頭を下げた後……できる限りの小声で、いつの間にか隣にいる空へ話しかけた。
「川瀬さん……やっぱりいてくれたんですね。ありがとうございます」
友実と話をしている時から、何となく感じていた気配。それが空だと確認できた今、全身の力が抜けるほど、安心してしまう。
少なくとも空がいてくれれば、仲間と連携を取ることも出来るのだから。
破顔したユカに、空は首を横に振った。
「全然いられなかったんだよ!! ついさっき来たところだよー!! さっき、やっとユカちゃんのケハイ的なものを感じて、やっと見つけたのー!! 良かったぁ……本当に良かったぁぁぁ……」
こう言いながらダバダバと涙を流す空。それを見ていると、自分も泣きそうになってしまうけれど……ユカは唇を噛み締めて、空へ尋ねる。
「あの、川瀬さん、政宗は……」
空なら何か知っているのではないか。すがるようなユカの視線に、空が目を伏せる。
「ムネさんは……ごめん、まだ見つからないんだ。オバサ……ママと手分けして探してるんだけど……なんか、全然たどれなくって……」
「そうですか……統治は大丈夫ですか?」
『仙台支局』に残っていた統治について尋ねると、彼女の表情がパァッと明るくなる。
「トージさんは大丈夫だよ!! あ、トージさんにユカちゃんのこと知らせてもいい? っていうかここどこ!?」
「市役所だそうです。統治に伝えてください。お願いします」
「シャクヨウショだね!! りょ!!」
彼女にしかできない聞き間違いをしたまま、空は1度、ユカの前から消えた。とりあえず生存を伝えられたことに……多分伝えられたことに安堵していると、隣の少女がずっと訝しげな表情でこちらを見ている。
確かに……今の自分は、暗闇で一人、ブツブツと呟くヤバい小学生だ。ユカは慌てて彼女に背を向け、ベットに横たわる。
神経が高ぶっていて、今夜は眠れそうにない。
これから、どうなるんだろう。
久しぶりに先の見えない不安が襲ってくる。
「政宗……統治……」
今は誰も、助けてくれない。
ユカはパスケースを握りしめ、毛布にくるまった。
まだ、夜は長い。
私の偏見と知識不足を承知で書きますと、災害直後の避難所に、性別で部屋を分けるという考え方があるのかどうかは分かりません。多分、そこまでの余裕はないかと思います。
ただ、これはフィクションなので、私に都合よくしました。また、ダンボールベッドを使ったり、停電時の明かりや冬のストーブを用意していたり、ということは、過去の災害(作中の場合は4年前の災害)から学んで備えてほしいと思ったので書きました。衝立は展開の都合上書きませんでしたが……家族が避難している大部屋では、きっと、プライバシーが守られていると思います。




