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エピソード8:当事者たちの長い夜②

 引き続き、災害時の物語です。

 統治が地震に遭遇したのは、『仙台支局』内で一人、パソコン作業をしていた時だった。

 突如としてスマートフォンが見知らぬアラートを流し、次の瞬間――床が大きく、横へ『動く』。


「地震……!?」


 統治はひとまずノートパソコンを閉じた後、机の下にもぐり、身の安全を確保した。キャスター付きの椅子が重さを失い、見当違いの方へ動いていく。

 刹那、室内の電気が消え、辺りが真っ暗になった。すぐに非常用の電源に切り替わり、保安灯がぼんやりと室内を映し出す。

 緊急地震速報のアラートは、統治の手の中で鳴り続けていた。

「長いな……」

 実際は1分ほどだが、体感ではずっと長く、小刻みに横揺れが続いている。

 この建物は制震構造だ。制震とは、建物の内部に専用の装置を設置して、地震の揺れを吸収する構造を指す。免震のように地盤と建物が分離しているわけではないので、建物は地震の影響を受けてしまうが、前述の装置が揺れを吸収してくれるので、結果として揺れが小さくなり、建物の崩壊を防ぐことが出来るのだ。

 しかし、発生している地震の規模が大きいのだろう。机の上にあるものがバラバラと落ちていく音が聞こえる。統治もこれまで、中規模の地震であれば体感したことがあるけれど……これだけはっきりと、長く続く揺れは初めてだった。


 刹那、政宗の席の方で、ひときわ大きな音が響く。統治は思わずビクリと体を震わせ、様子を見るために顔を出そうかと思ったが……自身が怪我をする可能性を考え、揺れが収まるまで待つことを決める。


 そして、更に1分後……携帯電話の音が止まり、揺れも収まった。


 統治はスマートフォンの懐中電灯アプリを起動して、ゆっくりと机の下から這い出す。そして、足元に気をつけながら立ち上がり、周囲の被害状況を確認した。

「倒れたのはテレビと食器関係、か……」

 壁際に並んでいるキャビネットは、事前に倒壊防止の固定具を取り付けていたため無事だった。ただ、部屋の奥にある液晶テレビと、冷蔵庫、その隣にある電子レンジと食器棚が倒れ、割れたカップの破片が政宗や華蓮の机の上に飛び散っている。

 スマートフォンの通知画面に表示された震度は、6強。速報値なので事実かどうかは分からないが、確かに強い揺れだった。

「片付けが大変だな……」

 統治は冷静に呟いた後、常備している携帯ラジオを取りに、扉近くのキャビネット下の引き戸を引いた。そして、防災用の備蓄品が入っている袋からラジオを取り出し、電源を入れる。

 災害時、最新の情報を仕入れやすいのはラジオだ。テレビは停電してしまうと見ることが出来ないし、携帯電話で見ると電池消耗が激しくなる。

 ラジオならば乾電池で動かすことが出来るし、地域の放送局なので必要な情報が迅速に手に入る。チューニングを合わせた地元FM局では、普段、トーク番組でしか声を聞いたことのなかったアナウンサーの女性が、冷静にニュースを読み上げていた。

 遠くの方で、サイレンの音が複数聞こえる。ユカと政宗は無事だろうか。統治が2人の所在を確認するため、空を呼び出そうとした、次の瞬間。


 ――たった今入った情報です。勾当台公園で爆発事故が発生し、多数の死傷者が出ているとのことです。飲食ブースに出店していた店舗のガスボンベが原因と見られていますが……周囲は非常に危険です。ガスが充満している可能性があります。決して、近づかないでください。身の安全を確保して、安全な建物へ避難してください。


「勾当台公園で、爆発……」


 少しだけ、嫌な予感がした。

 刹那、足元が少しだけ揺れる。余震だ。あれだけ大きな揺れだったのだからしょうがないと言い聞かせながら、統治は焦る気持ちを抑え、瞬きをして視界を切り替える。

 そして、まずは……固定電話の受話器を上げて、音が聞こえることを確認した。電話は生きている。取り急ぎ実家の番号へ電話をかけてみるが、繋がらないままで切れてしまった。

「回線が込み合っているんだろうか……」

 実家の被害状況も気になるが、ラジオで「津波の心配はない」と言っていた。実家のある塩竈市は震度は5弱だったらしいので、仙台よりも若干弱い。だからといって、安心出来るわけではないけれど。

「とりあえず……川瀬さんを呼ぶか」

 実家への安否確認はひとまず後回しにして、統治は空と繋がっている『関係縁』を引っ張り、彼女を自分の方へ呼び寄せた。


「川瀬さん、すいませ――」

「――っ……!!」


 呼び戻された空の顔は、涙でグシャグシャになっている。

 そして、大きな瞳が統治の姿を確認した次の瞬間――引きつった口元から、震える声が漏れた。


「トージ、さん……ど、しよ……アタシ、何も、できなくて……あんな、あんなことになるなんて、本当に、思ってなくって……」

「川瀬さん、落ち着いてください。山本と佐藤はどこにいるか分かりますか?」

 その言葉に、空は首を横に振る。

 そして。


「ユカちゃ……ムネさんと、一緒に、勾当台公園で……でも、急にスマホからすっごい音がして、それよりもすっごい音がして、煙も……アタシも何も見えなくなって、一度離れたんだ。そしたら……お店が、燃えてて、人が、沢山、倒れててっ……!!」

「……!!」


 統治は、呼吸を忘れて彼女の言葉を聞いていた。

 分かったことは、2人があの瞬間、勾当台公園にいた、ということ。


 そして、爆発事故に巻き込まれたということ。


「そん、な……川瀬さん、それは……本当ですか?」

 否定してほしくて問いかけると、空は珍しく眦を釣り上げ、彼を非難する。

「こんなときに嘘なんかつくわけないじゃん!! アタシも似たような死に方したこと知ってるよね!?」

「それは……申し訳ない。た、だ……その……」

 言葉を取り繕えず、統治は自身と2人を繋いでいる『関係縁』を見つめた。

 切れてはいない。

 ただ……『関係縁』が残っているだけでは、生存を確定することも出来ない。

 狼狽えて言葉を失う統治に、空もまた我に返って「ごめんなさい……」と俯いてしまう。

「アタシも、ウソだって思いたいよ。でも……本当に、そうなんだもん……」

「……」

 空は4年前の災害で命を落とした女性だ。そもそも、嘘を付くような性格ではない。

 ただ、彼女が語ることが真実だと認めてしまうと……彼らの生存が危ういことを認めることにもなってしまう。

 沈黙が室内を支配した次の瞬間、事務所内の固定電話が鳴り響いた。

 ディスプレイに表示された番号は、統治がよく知る実家のもの。唇を噛み締め、受話器を取る。


「……もしもし」

『統治か。無事か?』


 電話の向こうから聞こえたのは、父親の領司の声だった。当主として、普段と同じトーンのはずなのに、身内と電話が繋がった安心感で、思わず、気が緩みそうになる。

 ただ、統治もまた、名杙という大きな家をいずれ統べる存在だ。危機管理能力が問われていると言い聞かせ、努めていつも通り、冷静な返事を心がける。

「俺はどこも怪我をしていない。事務所も……テレビや冷蔵庫は倒れたが、ガラスが割れたり、床が落ちたりというような被害はない状況だ」

『そうか……それで、外に出ている職員とは連絡が取れているのか? 予定だと、佐藤くんと山本さんが外へ出ているかと思うが。変更があれば教えてくれ』

「それ、は……」

 言葉が、喉の奥で詰まった。


 言いたくない。

 口に出してしまったら、事実として認めることになってしまう気がして。


『統治?』

「親父の言う通り、外に出ているのは……その2人だけだ。変更は、ない」

『そうか。流石にまだ、連絡は取れていないと思うが……『親痕』の川瀬さんと連携して、至急――』


「――もうしている!!」


 刹那、統治は受話器へ向けて声を荒らげた。

 そして……目尻に浮かんだ涙を拭うと、唇を噛み締めて……現状を、報告する。


「川瀬さんからの報告だ。佐藤と山本は……勾当台公園の爆発事故に巻き込まれた可能性が高い、と。今……それをどうやって確認するか、考えている、最中で……」

『……』


 声が震えているのが、嫌になるほど分かった。

 こんな時、政宗だったら……どう、立ち回るだろうか。

 ユカだったら、どんな行動を起こすだろうか。

 意見を聞きたい。一緒に考えてほしい。


 薄暗い部屋の中で一人、受話器を握りしめる統治。

 すると……。


『……諦めたわけではないだろう? 統治』

「親父……?」

『分町ママにもこちらの安否確認が終わり次第、2人の捜索に加わってもらうよう話をする。それまでは川瀬さんと協力して、2人を探しなさい』

 電話で指示を出す彼の声は、現当主としての声音だけではなく、それ以上に。

『私はまだ、佐藤くんを、彼のお父さんと同じ場所に行かせるわけにはいかないんだ。それに……山本さんに何かあれば、福岡の彼女に合わせる顔がない。夜が明けて道路状況を確認次第、私もそちらへ向かいたいと思っている。だから……それまでは』

 統治の友人の身を案じている、そんな気持ちがにじみ出ているように思えたから。

「……分かった。状況が分かり次第、手段を講じて連絡する」

『頼んだぞ。あと……申し訳ないが、福岡支局にも連絡を入れてもらえないだろうか。次に大きな揺れがきたら、固定電話もどうなるか分からない』

「分かった。そっちも……くれぐれも、気を付けて」

 そう伝えて電話を切った統治は、一度深呼吸をして、窓の方を見た。

 遠方から、複数のサイレンの音が聞こえる。ラジオから繰り返し流れてくる情報に、少しだけ心がざわつくけれど。

 統治は改めて空を見やり、脳内で精査した現状を共有する。

「川瀬さん、今、勾当台公園は生きた人間が迂闊に近づけない場所になっています。ただ……あそこは役所も近い。既に救出活動は始まっているでしょう。佐藤と山本が負傷している場合、それぞれが病院に搬送されている可能性があります」

「は、ハンソウ……?」

「病院に運ばれている、その可能性があります」

 訝しげな表情になった空へ補足説明をした統治は、改めて彼女を見据え、今後の指示を出した。

「まずは、勾当台公園に戻ってください。そこに2人がいなければ……すいません、『関係縁』をたどって捜索をお願いします。普段と同じようにいかないかもしれませんが……川瀬さんならできます」

「で、出来るかな……アタシなんかに、そんな、こと……」

 不安そうな表情で統治に問いかける空へ、彼は静かに頭を下げた。

「お願いします。俺の大切な友人を……助けてください」

「トージさん……」

 彼の両手が震えていることに気付いた空は、自身の頬に両手を添えた。そして、軽く叩くように動かした後、その両手を握りしめる。


 4年前は、何も分からずに……気付いたら、この状況だった。

 自分が死んでいることを認識したのは、大分あとのこと。

 その時は、誰も助けてくれなかったことに絶望したし、周囲は自分のことなんて忘れていくと思っていた。


 だけど……4年間、空を探し続けてくれた人がいて。

 今の空を必要としてくれた組織があって。


 ――だから私も、出来ることから頑張ろうって思っています。ここは、そう思える場所なんです。


 櫻子の言葉の意味が、少し、実感として分かったような気がした。

 それに……出来ないことはない、その意識が、今の自分の道標。

 壁にかけられた、落ちなかった絵手紙たちを見つめ、空は静かに覚悟を決める。


「トージさん、顔を上げて」

 空は統治へ声をかけると、こちらを見つめる彼に、一度、はっきりと頷いた。

「アタシ、行ってくる。何か分かったらここに戻ってくればいい?」

 その眼差しに迷いはない。統治もまたはっきりと首肯した後、先ほど電話で聞いた内容を共有した。

「後から分町ママも合流してくれることになっている。ただ……それがいつになるか分からないから、夜が明けるまでは俺達で動くしかないかもしれないんだ。気付いたことがあれば、そのたびに報告をしてほしい」

「りょーかいっ!! トージさん、アタシ、絶対に2人を見つけてみせるからっ!!」

 空はそう言って、勇猛果敢に窓から外へ飛び出していった。

 その姿を見送りながら……統治はまず、里穂の実家へ電話をかけてみる。何か作業をしていないと、良からぬことばかりを考えてしまいそうになるからだ。

 しかし、回線が混み合っているのか、不安定なのか……繋がる前に切れてしまった。

 瑞希の家に固定電話はないので、携帯電話の番号へ発信してみるが……不通の状態。自宅(石巻)で過ごしていることを祈りつつ、次は、登米市にある櫻子の実家へかけてみたが、繋がらず。やはり県内は繋がりにくいらしい。


 刹那、足元が大きく数秒間揺らいだ。

 スマートフォンから警告音は聞こえない。

 揺れは部屋にある家具を小刻みに軋ませた後、また、鳴りを潜める。


 余震だ。これが不意に、一晩中続くのかと思うと、早くも気が滅入ってしまう。

 けれど……幸か不幸か、今晩は眠れそうにないだろう。


 県内に住んでいる職員や関係者への電話がことごとく繋がらなかった統治は……観念して、福岡支局の番号をダイヤルする。

 2人の状況を報告するのは、とてつもなく気が重いけれど……でも、しょうがない。

 自分自身にそう言い聞かせ、いっそ今は繋がらなくてもいい、そう思った瞬間……瑠璃子の声が聞こえ、張り詰めていた糸が、もう一度、緩んだ。

 仙台支局が入っているビルは、制震構造なんだそうです。

 制震構造とは→https://www.kintetsu-re.co.jp/libook/detail/39

 耐震構造、免震構造は聞いたことがあって知っていたのですが、制震構造は今回書いていて初めて知りました。

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