エピソード8:当事者たちの長い夜①
引き続き、災害に関する内容が続きます。
無理をせず、ご自身の最良を選んで御覧ください。
「――え……!?」
それまで放送されていたバラエティ番組が、ニュース速報のテロップの後、報道番組に切り替わる。
日曜日の夜、自宅のリビングで何気なくテレビを見ていた橋下セレナは、仙台を襲った大地震の情報を目の当たりにして……自身の鼓動が早くなったことに気付いた。
体が、強張る。
唇が、震える。
ニュースに速報として映し出された街は、セレナもよく知っている――大切な人が暮らしている場所なのだから。
「え、仙台……え……嘘でしょ、ユカ……!?」
セレナはいてもたってもいられず、ユカへ電話をかけた。
繋がらない。
焦る指先が、かろうじて政宗の連絡先を呼び出す。
繋がらない。
頑張って統治の電話番号も表示させた。
繋がらない。
「え? 仙台だけ、かな? え……?」
テレビのテロップで表示されている仙台市の震度は『6強』、石巻の震度は『5弱』、他の地域も軒並み似たような数値だが、これがどの程度なのか全く分からない。
アナウンサーの男性は、同じ情報ばかりを繰り返している。
新しい情報が欲しくて、詳細を知りたくて。
それ以上に……とにかく安心したくて、すがる思いで駆の番号に発信した。
繋がらない。
コール音が接続を試みた後……切れてしまうのだ。
一体、何が起こっている?
次の瞬間、セレナのスマートフォンが着信を知らせた。
相手は瑠璃子。迷いなく電話を取り、食い気味に通話を開始する。
「瑠璃子さん!! 仙台で大きな地震が起こったって、テレビで今……!!」
「そうみたいやね……今、一誠と『福岡支局』に向かう準備ばしとる。用意出来たら行くけんが、セレナちゃんも明日の朝、来れそうなら早めにきて欲しいんよ」
福岡や九州で発生した災害ではないので、本来であれば『福岡支局』を開ける必要はない。
ただ……『仙台支局』には、彼らがよく知っている仲間が多く在籍している。情報を集めて彼らを助けるために、瑠璃子と一誠は既に行動を開始していた。
セレナはスマートフォンを握りしめ、迷いなく志願する。
「わ、私も今から行きます!! 何かお手伝いさせてください!!」
「セレナちゃん……」
「里穂ちゃんや仁義くんとも連絡先は交換してます。それに駆っちは新聞社の人だし……ユカと、連絡、取れなくて……1人だと、嫌なことばっかり考えちゃうんです……お茶くみでも買い出しでも、何でも、何でもお手伝いしますから……!!」
自分でも何を言っているのか、よく分からなかった。
ただ、今は家でこのニュースを見て、不安な夜を過ごしたくはない。
『福岡支局』に行けば、友人の安否が分かるかもしれない。
藁をもすがる思いで絞り出したセレナの懇願に、電話の向こうで瑠璃子が息を吐く。
「……分かった。くれぐれも気をつけてね」
「ありがとうございます……!!」
涙声で電話を切ったセレナは、服の袖でそれを拭うと、唇を強く噛み締めた。
そして、立ち上がり……部屋へ戻ると、クローゼットから上着を取り出す。持って出るのは最低限の荷物だけ。今は一刻も早く『福岡支局』へたどり着きたい。
「ユカ……大丈夫だよね、ユカ……!!」
視線を手元に落とした。切り替えた視界が映し出す現実を確認する。
まだ、誰とも『関係縁』は切れていない。
もっとも、彼女たちの『生命縁』がどうなっているのか……分からないけれど。
「大丈夫……ユカも、ネリンも、トーチくんも、みんな、だいじょう、ぶっ……!!」
唇を再度噛み締め、自分に言い聞かせるように絞り出すセレナ。
その間も、テレビは同じ情報を伝え続けていた。
情報が、錯綜している。
何が真実なのか……遠方の彼女達に、判別する術はない。
行動を開始してから約30分後、セレナが『福岡支局』へ到着した時、事務所には既に、瑠璃子と一誠、孝高の姿があった。
そして、テレビからは事の続報を伝える映像が流れ続けている。
テロップとヘリコプターからの映像で事態を把握したセレナは、持っていたハンドバックを取り落とした。
「ばく、はつ……? え? ここって……七夕祭り、で、行った……」
リアルタイムで中継されているのは、仙台市上空を飛んでいる報道ヘリコプターからの空撮映像。
停電しているらしく、暗闇に支配された世界で、炎がある場所がある。最初は一時的に暖を取るために、人々が灯したものなのかと思った。
けれど。
――勾当台公園でイベント屋台が爆発。死傷者は数十名か。
こんなテロップを見てしまったら、最悪のことばかり考えてしまう。
立ち尽くすセレナを見かねた瑠璃子が近づき、彼女の肩に手を添えた。
「セレナちゃん、大丈夫……?」
「大丈夫、じゃ、ない、です……っ……!!」
セレナは両目に涙を目一杯ためたまま、自身のスマートフォンを取り出した。
そして、ユカから届いた最新のメッセージを表示させ、泣き崩れる。
――そっちは仕事、落ち着いた? あたしは今日も政宗と勾当台公園周辺を巡回しとるよー。寒いけど頑張るー!
このメッセージが届いたのは、1時間ほど前だけど。
イルミネーションイベントが開催されている仙台市内、人が多い公園周辺を重点的に巡回しているのならば……巻き込まれた可能性は、決して、ゼロではない。
「ユカ……今日の夜、ムネリンと一緒に、仕事で……ここにいた、みたい、なんです……っ……!!」
「っ……!?」
セレナの言葉に、さすがの瑠璃子も言葉を失った。
その可能性を考えなかったわけではない。ただ……本当に巻き込まれている可能性が高いなんて、心の何処かで思っていなかったのだ。
テレビの向こう側で災害が発生したのは、自分たちも知っている場所だけど。
知っている人は全員無事でいる……画面に映し出されている現実は『他人事』であってほしい、そんな都合の良いことを思っていたのに。
テレビが映し出すのは、漆黒の闇の中で燃え盛る炎。今まで見ていたその映像が、一気に怖くなる。
もしも、もしもあの火の中に、2人がいるのだとすれば――
次の瞬間、一誠が息を吐き……両手を握りしめ、前を見据えた。
「まだ、2人が巻き込まれたって確定したわけじゃなか……!!」
「一誠……」
「俺たちが信じきらんでどげんすっとか!! 今、麻里子さんが名杙本家に電話してくれとる、俺達も出来ることをすっぞ!!」
自身に言い聞かせるように一誠が大声で誓った次の瞬間、事務所の扉が開き……麻里子が真顔で入ってくる。そして、孝高にA4サイズの紙を手渡した。
全員がそれを覗き込む。そこには、この短時間で麻里子が掴んだ情報が、箇条書きでなぐり書きされていた。
・名杙本家に大きな被害はない。固定電話は無事だが携帯電話は繋がりにくい。
・仙台近郊以外は停電していない。
・仙台市以外ならば、携帯電話も繋がるかも。ただし、非常に繋がりにくいため、固定電話でのやり取りを推奨。
・地震による被害はまだ分からない。
・統治が仕事で『仙台支局』にいるため、今、『親痕』を派遣して調査している。
・ユカと政宗も出勤しており、状況を確認中。他のメンバーは帰宅していた。
セレナは涙を手の甲で拭うと、座ったまま何度も深呼吸をして自身を落ち着かせようと必死に意識する。
そして、もう一度、駆の番号へ電話をかけた。
彼がもしも、石巻に――仙台ではない場所にいるならば、電話が繋がるかもしれない。そんな、すがるような気持ちでコール音を聞く。
それがきっと、今の自分にしか出来ないことだ。
いつもと同じ、たった数秒間。
それが、こんなに長かったなんて……知らなかった。
「駆っち……駆っち、お願いっ……!!」
電話を握る手に力がこもる。
そして――
『……もしもし、セレナちゃん?』
「駆っち!! 駆っち大丈夫!?」
セレナの声が事務所に響き、全員の視線が彼女に注がれた。
『俺は大丈夫。石巻も揺れたけど、正直、よくあることっていうか……棚の中のものは倒れたりしたけど、電気もついてるし、津波の危険性もないって。こんな感じで電話も繋がるから』
電話から聞こえた、いつもどおりの声。セレナは全身の力が抜けるような安堵感の中、ここに来て初めて、口元を緩めた。
「よ、かったぁっ……テレビで、なんか、地震とか、火事とか、そんな、こと、ばっかりでっ……」
『そう、だね……正直、仙台がどうなってるのか、こっちも全然分かんないことばっかりで……今から俺も会社に行くから、何か分かったら教えるよ。時間はかかるかもしれないけど……』
「ありがとう……気をつけて、無理しないでね……」
あまり長時間話すのも悪い気がして、セレナは後ろ髪を引かれながら電話を切った。そして立ち上がり、もう一度深呼吸をしてから……自分の報告を待っている仲間へ向けて口を開く。
「駆っちとは、今、電話がつながって……石巻は無事だそうです。ただ、仙台のことは何も分からないみたいで……何か分かったら、教えてくれるって……」
そう言って唇を噛みしめるセレナに、一誠が「ありがとう」と謝辞を述べた、次の瞬間。
事務所の電話が、けたたましく鳴り響いた。
ディスプレイが表示したのは、『仙台支局』の4文字。
瑠璃子ががむしゃらに左手で受話器を取り、右手でスピーカーフォンのボタンを押した。そして、ペンを握る。
「もしもし!!」
『……徳永さん、お疲れ様です。名杙です』
「名杙くん……!!」
電話越しに響く統治の声に、いつもの覇気はない。
それでも、声を聞けたこと、彼の生存を直接確認できたことで、事務所内が少しだけ明るくなった。
「本当に良かった……大変なときに本当にありがとう。怪我は? 怪我はしとらん!?」
『俺は大丈夫です。事務所のビルが制震構造なので、そこまで大きな被害はありませんでした。まだ停電中ですし、若干気分は悪いですが……非常用の電源と電話は使えています』
「そうなんやね。それ、で……ユカちゃんと政宗くん、は……?」
『……』
電話の向こうで統治が沈黙した。
そして、数秒後……瑠璃子が聞く限りでは初めて、彼が声を震わせて、現状を告げる。
『今……確認中ですが、2人とも、爆発した現場の近くにいたようで……俺との『関係縁』は切れていません。ただ……今はそれしか、分からないんです……』
事務所内は再び、沈黙に包まれる。
その中で一人、腕を組んで思案していた麻里子は……静かに踵を返し、事務所から出ていった。
災害時の固定電話、地味に強いです。勿論、駄目な時は駄目ですが……携帯電話と比較すると、安定しています。だからこそ、娘に公衆電話の使い方を教えておこうと……思っているだけじゃ駄目ですね。
そして、文中に書いた「画面に映し出されている現実は『他人事』であってほしい、そんな都合の良いことを思っていたのに。」という表現は、私自身も他地域の災害のニュースを見た際に「私の知り合いが住んでいる地域じゃなかった……」なんて、自分に都合の良いことを思ってしまうので、戒めのつもりで書きました。
全てのことに当事者意識を持てるほど、出来た人間ではありませんが……対岸で起こっている火事、なんて思わず、改めて自分ごととして考えて、備えていかないとなぁと思う次第です。




