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エピソード6:聖人君主に光あれ!!②

 多くの人が前を向いて歩いている中、政宗たち3人にだけ視える、異質な光景。

 仰向けで空を見ている、そんな人物を横目で視た環は、仁義のジャンパーの袖を引っ張り、ボソリと呟く。

「……ド変態っすよ、あの人」

「森くん、もう少し言葉を選んでも……」

「いやだって、さっきから女性しか視てないっすよね?」

「えぇ……!?」

 環の指摘に仁義と政宗が改めて彼を視ると、微かに動いている首の動きは、道行く若い女性の動きを追っているように視えた。

 2人が無言になったことに気付いた――自身の見解が正しいことを悟った環が、改めて口を開く。

「ほら、ド変態っすわ」

「……」

 わざわざ口に出さなくてもいいよ、と、仁義が苦笑いを浮かべている中、政宗は冷静に周囲を見やり、コートのポケットからスマートフォンを取り出した。そして、チラリと視線を上方へ向ける。

「空ちゃん、あの男の人……知ってる?」

 政宗が声をかけた先には、既にスタンバっていた空の姿。今日はエメラルドグリーンのツインテールに膝丈の赤いワンピース、足元は白いタイツとブラウンのショートブーツという出で立ちで、さながらサンタクロースのようにもみえる。

 空は「えー?」と顔をしかめた後、「あー」と、どこかゲンナリした表情で息を吐く。

「あの人、なんか一回、ずーっと後ろからついてきたことがあったんだよねー。去年の夏だったかな……コッチが話しかけても何も言わなくてさー、ずーっと同じって感じでキモいから大声で追い返したら近づいてこなくなったけど、うわー……こんなことしてたんだー……」

「なるほど……去年の夏頃から変わってない、と」

 空の話を聞いた政宗は、横たわっている彼の状態をアプリ越しに写真に収めた。そして、しれっとした横顔で立っている環を見下ろし、支局長としての結論を下す。

「対処してもいいな……森くん、彼の『関係縁』は左手に一本。いける?」

「うす」

「人も多いし、時間は30秒が望ましいかな。話しかけなくていいよ、ひと思いに切っちゃって」

「うす」

「仁義くんはもしものフォローを」

「分かりました」

 仁義が頷いたのと、環がダッフルコートのポケットから商売道具を取り出したのは、ほぼ同時だった。

 環の右手には一本のボールペン。ただし、当然ながら普通のボールペンではない。海外製のそれには、ボタンを押すことで飛び出す小さなハサミがあった。ちなみにハサミの反対側はこれまた小型のアーミーナイフ。その日の気分や状況に応じてどちらでも切れるように訓練中である。

 これは数ヶ月前、伊達聖人からもらったものだった。『縁故』として活動するにあたり、なんか面白い道具を探している、と、中学校で話をした際、聖人がしれっと白衣のポケットから取り出した代物である。


「森くんがし(・)っ(・)か(・)り(・)使ってくれるなら、就職祝いにプレゼントしちゃうよ」


 かくして、環の仕事道具が決定。ハサミの刃が小さいので使う際は接近しなければならないが、最近は心愛のやり方を倣って、アーミーナイフの方を使うことが多いような気がする。今回は人の目もあるので、ハサミの方を使うけれど。

 環は彼の方へ近づきながら、意識して自分の気配を周囲に紛れさせる。


 ここにいる自分は、通りすがりの中学生。

 それ以上でもそれ以下でもいけない、真ん中の存在感を出す。


 速度を変えずに距離を詰める。

 あと数歩。

 寝転がっている彼の『関係縁』は、地面の近くでうっすら動いていて。

 立ったまま掴むには、少し遠すぎる。


「……っ、と」


 環の右手から、ボールペンがこぼれ落ちた。それはアスファルトの上を一度跳ねた後、横たわっている彼の近くで止まる。拾うためにしゃがみ込み、手を伸ばした。


 ボールペンを握った瞬間、脇にあるボタンを押してナイフを取り出す。

 そして、まるで野菜を切るようにストンと真上から振り下ろした。

 刹那、彼の黒目が環の方を向いたような気がするけれど、それを確認する必要はない。



 環が立ち上がった時、彼の姿はどこにもなかったのだから。



 『痕』が消えたことを確認した政宗が、環へ近づいて隣に立った。そして、しれっとボールペンを片付ける彼を見下ろし、肩をすくめる。

「森くん、手際よすぎない? 本当に凄いね」

 環は政宗をチラリと見上げた後、小さく頷いた。

「あざっす」

「ありきたりな質問で申し訳ないけど……怖くないの?」

「生きた人間じゃないんで」

 声のトーンを変えずに言い切った環に、政宗はこれ以上何も言えず。

 ただ、後進が確実に育っていることを実感して、口元に笑みを浮かべた。


 その後も3人で見回りを続けたが、特に目立つ異変も、対応すべき『痕』も『遺痕』も見当たらず。

 19時15分頃に3人が『仙台支局』へ戻ってくると、貼り終えたホッカイロのゴミを意気揚々と捨てる里穂が、真っ先に近づいてきた。

「おかえりなさいっすー!! 外は寒いっすか?」

 この問いかけに、仁義は「そうだね」と思い返して。

「昨日ほどではない、かな。けど、人はすっごく多いから、気をつけないとね」

「了解っす!! うち兄とココちゃんは先に出てるっすよ」

「分かった。僕も少し食べたら出られるよ」

「少しじゃなくて、ちゃんと食べないと駄目っすよ」

 里穂はそう言って、テーブルに用意されていたコンビニのおにぎりを掴んだ。仁義は少し休憩した後、里穂と共に再度街中へ。先見隊として統治と心愛が既に動き出しており、その後を追うようにユカと政宗、少し時間をおいて里穂と仁義も再び警戒にあたる。

 防寒具を着込んで用意していたユカが、自席でスマートフォンを操作している政宗へ近づき、彼を見上げた。

「政宗も少し休憩したほうがよかっちゃなかと?」

「いや、俺は今回『縁切り』してないから大丈夫だ。ケッカが行けそうなら出るぞ」

「そげん急いだほうがよかと?」

「やっぱ、勾当台公園の人が特に多いんだ。クリスマスイブは伊達じゃねぇな」

 こう言って肩をすくめる政宗に、ユカはコートのポケットからチョコレートを一つ取り出すと、彼の机の上においた。

「とりあえずそれ食べて、次はコンビニで唐揚げ買って、その次は勾当台公園の屋台で温かいもの食べよう」

「着実にレベルアップしてるな……」

 ユカの提案に苦笑いを浮かべた政宗は、ひとまず、ユカから受け取ったチョコレートを口に入れる。

 すっかり慣れ親しんだ甘い味を口いっぱいに噛み締めて、疲れと不安を一緒に飲み込んだ。

 今日はまだ、これからが、長い。

「……じゃあ、行くか。支倉さん、森くんは今日はここまでなので、帰宅時間の記録をお願いします」

「支倉さん、行ってきますね」

「は、はいっ!! お気をつけてっ……!!」

 パソコンから顔を上げた瑞希にも見送られ、2人は前を向いて外へ出ていく。

 扉が閉まり、足音が遠ざかっていくことを確認した瑞希は、いそいそと立ち上がった。

 そして、衝立の向こう、応接用のソファに座ってお茶を飲んでいた環を、オズオズと見つめる。

「あ、あの、森くん……この後、大丈夫ですか?」

 瑞希の質問が何を指しているのか理解している環は、静かに右手親指を突き立てて『肯定』を示した。


 時計は進み、時刻は22時30分。

 『仙台支局』がある階へ登るエレベーターの中で壁にもたれかかり、どことなく青白い顔で、政宗は一人、息を吐いた。

 あの後、巡回中に突発的な『縁切り』にも対応して、それ以外は特に目立つ異変もなくて。

 皆が楽しそうにイルミネーションを、公園中央に設置されているクリスマスツリーを見上げる様子に、肩の力が抜けたことを朧げに覚えている。

 それから一度『仙台支局』に戻ってきて、各チームから簡単に報告を受けた後、政宗はユカを自宅へ送り、改めてここへ戻ってきたのだ。

 今日は仙台駅周辺と国分町界隈が特に騒がしい夜になるだろう。もしも、深夜に何らかの対応が必要になった場合、共に『仙台支局』で一夜を明かす統治と連携するために。

 ユカは「あたしだけ仲間はずれやん……」と不満そうだったが、寝袋が足りないという言い訳を押し通した。『仙台支局』は仕事をする場所なので、寝泊まりをするには不便なことも多い。男2人ならば雑魚寝でもいいか、と、思ってしまうけれど、仙台の冬が初めての彼女にそこまでの負担を強いるつもりはなかった。

「流石に……疲れたな」

 エレベータを降り、静まり返った廊下を歩きながら、政宗は苦笑いを浮かべる。

 程なくして見慣れた扉の前に到着した彼は、ロックを解除して中へ滑り込んだ。


「佐藤、大丈夫か?」

「何とか……統治は流石だな」


 寝泊まりするための準備を整えていた統治が、彼の様子を見て立ち上がった。そして、少し脇に移動させた応接用の机を指差す。

「そこに弁当と栄養ドリンクが入っている。パンもあるから、食べられそうなものを食べてくれ」

「ビールはないのか?」

「元気なら自分で買ってこい」

 にべもなく言い返され、政宗は肩をすくめる。そして、食料の方へ移動した。

 そして、用意されていたのり弁当を食べ進めながら……今日のことを、今週のことを、今月のことを、改めて振り返る。


「なぁ、統治……今年も去年と同じで、何だかんだ忙しかったな」

「そうだな」

「けどさ……去年よりずっと、充実した気分なんだ」

「そうか」

「明日の夜は……みんなを少しでも労えるといいんだけどな」


 自分を信じてついてきてくれた、そんな仲間たちを少しでも労ってあげたい。

 そして、今年の残りの日々と、来年と、できるだけその先を……共に、協力しながら前へ進みたいと思っている。

「まずは無事に……朝を迎えられるといいな」

 そう呟いた政宗に、統治も一度だけ頷いた。


 その後、事前に用意しておいたスウェットに着替え、給湯スペースで歯磨きなどを済ませて。

 寝心地が良いとはいえない寝袋に入った瞬間、強烈な眠気に襲われた政宗は……すぐに、意識を手放した。自分で思っている以上に、心身ともに疲弊していたことを……改めて思い知る。

 すぐ近くで物音がしても気付かない、そんな深い眠りから覚めたのは……12月25日、クリスマスの朝、時刻は朝の6時半。


「うぅ……」

 鈍い背中の痛みを感じ、政宗は重たい瞼を開けた。やはり硬い床で眠ると疲労の取れ方が鈍い。上半身を起こして隣を見ると、そこにいると思っていた統治の姿はなかった。

「統治……あぁ、風呂か……」

 彼がここで寝泊まりをする際、早起きをして近くのサウナ施設へ行くことを思い出した政宗は、大きく背伸びをした。そして、頭上に置いたスマートフォンを取ろうと、腰を捻って後ろを向く。



 次の、瞬間。



「――……え?」



 彼の目に飛び込んできたのは、見慣れない、大きな茶色の紙袋だった。

 昨日の夜はこんなものなかった。それは間違いない。

 統治のものだろうか。けれど、それがどうして、自分の枕元に?

 寝ぼけ眼と意識が覚醒していくと……袋の持ち手のところに、『佐藤支局長へ』と書かれた付箋が貼ってあることに気付いた。これは瑞希の字だ。

「支倉さん……?」

 瑞希が何を置いていったのか確認すべく、政宗は寝袋から這い出すと、紙袋の中を覗き込んだ。中には更に個包装された『何か』が入っている。とりあえず一つ取り出してみると。


 ――政さんへ。メリークリスマスっす!! ちゃんと疲れを取らないとオジサンまっしぐらっすよー!!(里穂より)


「里穂ちゃん……!?」


 20センチ四方の正方形で、エナメル素材の緑色の袋。その外側に貼り付けられた小さなカードには、里穂の字でこう書かれていた。マスキングテープで止められている袋を開けて、中身を取り出してみる。温めて繰り返し使えるタイプのアイマスクが入っていた。


「これ……もしか、して……」


 声が震えているのが自分でも分かる。

 半信半疑のまま、政宗が次に取り出したのも、先ほどと同じ素材・大きさの袋。しかし、貼り付けられていたカードの送り主は異なる。


 ――政宗さん、メリークリスマス。いつもお疲れ様です。(仁義)


 中に入っていたのは、温熱効果のある長袖のインナー。

 こうなると手を止めることは出来ない。次々に出てくる緑色の袋は、全て、送り主が異なっていた。


 ――佐藤支局長へ。メリークリスマス。今年は本当にありがとうございました。来年もよろしくお願いします。(名杙心愛)


 中に入っていたのは、モコモコした素材のルームソックス。


 ――メリークリスマス。よろしければどうぞ。(片倉)


 中に入っていたのは、新書本サイズでカードも収納できる革製ブックカバー。


 ――佐藤支局長へ。メリ・クリ!!(森。)


 中に入っていたのは、白いモバイルバッテリー。


 ――佐藤支局長、メリークリスマス。いつもお疲れ様です。これから忘年会も増えるかと思いますけど、ちゃんと休んでくださいね。(支倉より)


 中に入っていたのは、胃腸薬と、様々な紅茶ティーパックの詰め合わせ。


 ――佐藤へ。メリークリスマス。いつもありがとう。


 中に入っていたのは、シルバーのネクタイピン。


 ――政宗、メリークリスマス!! 『仙台支局』に呼んでくれて、ありがとね。


 中に入っていたのは、濃紺のパスケースと、アクリル素材で出来た写真立て。


 これらは全て、彼のためだけに選ばれたプレゼントだ。



「あ……」



 気付かないうちに、涙がとめどなく溢れていた。

 してやられた、そんな気持ちもある。

 けれど、それ以上に強く、強く溢れてくるのは……言葉にできない高揚感。



 ――ねぇ、先生……サンタさんは何回も来るの? みんな、お菓子以外にももらってるみたい。僕のところにも、来てくれるかな。

 ――そうだね。伊織君がいい子にしていたら、きっと、来てくれると思うよ。


 幼少期、保育園でこう言ってもらえたけれど、結局、自宅にサンタクロースは来てくれなかった。

 だから……自分のところには、死神のところになんて来てくれない、そう思ったこともあるけれど。


 ――子どもらしくないことばっかり言ってんじゃねぇよ。いいか、子どもってのはな、欲しいものを大きな声で言っていいんだ。駄々こねるくらいで丁度いいんだぞ。それを与えるかどうか決めるのが大人の役割だからな。子どもが最初から諦めてどうすんだ。


 彰彦がこう言って、幼い自分の頭をなでてくれて。


 ――要するに、情けは人の為ならず。政宗がみんなのためにやってきたことが、巡り巡って……政宗のところに戻ってきただけ。


 先日、海岸でユカがこう言って、隣に寄り添ってくれた。

 だから、今は。



「これ全部、欲しかったんだ。俺……頑張ったよ、父さん。」



 振り向かずに頑張ってきた自分自身を、素直に認めることが出来た。

 


「佐藤、どうしたんだ?」


 コンビニの袋に入った朝食を持って戻ってきた統治が、彼の背中に声をかける。

 政宗は泣き顔のままプレゼントを両手に抱えて振り向くと、満面の笑みでこう言った。


「聞いてくれよ統治!! 俺のところにも、やっと……初めて、サンタクロースが来てくれたんだ」


 クリスマス当日の朝は、こんなにワクワクするものなのだと……彼は人生で初めて、思い知ることとなったのであった。

 序盤であれだけ「政宗のところにサンタクロースは来なかった」と強調したのは、このシーンを書くためでした。全員分のプレゼントを考えるのがちょっと大変でしたが……良かったねぇ。これで最後まで頑張って働けるねぇ……!!

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