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エピソード6:水面下の表裏一体④

 祝日明けの12月24日、クリスマスイブ。時刻は間もなく11時30分。

 約束通りの時間に『仙台支局』へやってきた千葉駆は、応接用の二人がけのソファに腰を下ろしながら、ため息を吐いた。心なしか、いつも以上に疲れているように見えた。

 そんな駆に緑茶を出した政宗は、机を挟んで彼の前に腰を下ろし、その顔を見つめる。

「千葉君、なんか……疲れ溜まってない? 大丈夫?」

 政宗の声に我に返った駆が、慌てて居住まいを正して首を横に振った。

「あ、すいません、大丈夫です。年末進行なんで、色んなことが前倒しになってて……」

「そうだったんだ。そんな忙しい時に仙台に来て大丈夫なの?」

「今日はこれから、ページェントの取材なんです。だから、タイミングが良かったというか……」

 駆はこう言いながら、足元に置いたカバンのチャックを開けて、半透明のクリアファイルを取り出した。ここで遅れてやってきたユカが政宗の隣に腰を下ろして軽く会釈をした。

「政宗さんが仰っていたのは、この事件ですよね」

 彼が取り出した、A4サイズのクリアファイル。その中には同じ事件を報道した実際の新聞記事が、数日分スクラップされていた。


 ――県職員の女性、自宅マンションから飛び降り。過労が原因か。

 ――悲劇をなぜ食い止められなかったのか。過酷化する現場の声を聴く。


 先々月――10月の上旬、石巻市のマンションの非常階段から、1人の女性が飛び降りた。

 名前は相楽芽衣子。県の職員として、災害後の復興事業に携わっていた彼女は、日々の長時間労働と人間関係に疲弊していた、という、周囲の証言が紹介されている。


 その半月後、先に亡くなった彼女と近い部署で勤務していた派遣社員の女性が、自宅で首をつって亡くなっていた。名前は郡司瀬里香、派遣先として県庁内部で事務の仕事を任されており、働き始めて1年未満だったらしい。職場が同じ女性が立て続けに亡くなったことで、駆が勤めている地元の新聞社も含む県内のメディアが、女性や公務員の働き方について取材し、報じていた。


「なるほど、職場が同じだった、と……」

 政宗はユカから聞いていた報告を断片的に思い出しつつ、自分の中でも状況を整理する。そして、その新聞記事を、隣にいるユカへ横流しした。

「ケッカが見たのは、この2人で間違いないか?」

 記事の中に掲載されていた、モノクロの顔写真。ユカは政宗から記事を受け取って視線を落とした後、首を縦に動かす。

「うん、間違いない。郡司さんの方はハーフアップやけんね」

「髪型がそんなに大事なのか?」

「相楽さんの方が、えらい固執しとったと。それこそ、同じ髪型で背格好が似た別人を郡司さんだと思いこんで、突進しそうなくらいにね」

 ユカは昨日のことを思い出し、改めて現状を整理した。

 最初は単なる、痴情のもつれだと思っていた。それも嘘ではないのだろう。ただ、それ以外の何かもありそうな気配が濃くなってきたけれど。

「千葉君、いつもありがとう。これ、俺がもらっても大丈夫?」

「それは大丈夫です。あと……その……」

 駆は珍しく、歯切れの悪い口調で言葉を濁しつつ視線をそらす。泳ぎ続けるその眼差しから、あまり良い報告ではないことが感じ取れた。

「千葉君、何があったの?」

 わざと断定的に問いかける政宗へ、駆は申し訳無さそうに視線を向けると……膝の上で両手を握りしめ、静かに、頭を下げた。

「すいません。俺がこうして情報を持ってこれるのも……今年いっぱいに、なりそうで……」

「……どういうことか、教えてもらえる?」

 政宗も何となく察しながら詳細を促すと、駆は緑茶を一杯飲んだ後、苦笑いを浮かべた。

「今の文化部から、月刊誌の営業への配置換えが決まったって内示が出たんです。早ければ再来月から……だから、新聞で扱う情報を、今までみたいに持ち出せなくなってしまって……」

「それ……やっぱり、先月のことが原因?」

 先月――『仙台支局』からの依頼で小学生の死亡事故の詳細を調べていた駆が、会社の上層部から灸をすえられたこと――のことを尋ねる政宗へ、駆は慌てて首を横に振った。

「総合的な判断だと思います。配置換えなんてよくある話ですし。それに、『仙台支局』との関係は今後も続くように、名倉理英子さんを通して申し入れもしてもらっていますから」

 既に今後のための根回しをしてくれている駆の配慮は、非常にありがたいと思う。

 ただ、その代償として……。

「でも……千葉君はそれを望んでいないよね?」

「それは……」

 その代償として、彼が望まぬ配置換えを受け入れることになるならば、話は大きく変わってくるのだ。

 政宗は足を組み直して思案した後……「よし」と、自分に言い聞かせるように口に出した後、隣に座っているユカを見下ろす。

「なぁケッカ、『福岡支局』の研修制度ってどんな感じなんだ?」

「随分ざっくりした質問やね……」

 至極アバウトな問いかけに、ユカは顔をしかめつつ……政宗がどんな答えを求めているのかも分かっているため、的確に言葉を紡ぐ。

「例えば、『縁故』能力はないけど、千葉さんみたいに間接的に関わって『良縁協会』を知ってくれた優秀な人を引き抜いて、外部の交渉人として育てることはあるよ。それは孝高(よしたか)さんの管轄やけど……『福岡支局』だと山口さんと高田さん、後は……北九州の小笠原さんも確かそうやったと思う」

「マジで? 山口さん、外部の人だったのか……と、それはさておき。要するに、俺たちとは違う視点から組織をサポートしてくれる人がいると、ここもより安泰になるってことか」

 わざとらしく声を大きくした政宗は、困惑している駆を見つめ……口元に笑みを浮かべる。

「夏にあんなことを言った手前、あまり強くは言えないけど……千葉君が本気で転職を考えているなら、力になりたいと思うよ。畑違いにはなるけど、営業って仕事には変わりないし」

「政宗さん……」

「ただ、ご覧の通り、『仙台支局』はまだまだ後進育成の研修制度が整っていないから、遠方に出張して、そこでノウハウを学んでもらうことにはなるだろうけどね」

 ここで完全に政宗が言いたいことを悟った駆が、目を大きく見開いた。

「え、遠方に出張って……ま、まさか……!?」

「それはいつか、確定した未来で話を詰めよう。そうだケッカ、渡したいものがあるんだよな?」

「あ、そうやった」

 ユカは何かを思い出したように立ち上がり、一旦、衝立の奥へ移動する。程なくして戻ってきた彼女の手には、緑と赤のクリスマスイラストが可愛い、週間漫画雑誌くらいの大きさの紙袋が一つ。

「これ、レナから千葉さんにって預かりました」

「セレナちゃんから!? 俺に!?」

 本日最も大きな声をあげた駆が、困惑した眼差しで政宗を見つめる。恐らく政宗が根回しをしたのだと思っているのだろう。嬉しい濡れ衣に、政宗は苦笑いで両手を上げた。

「どうして俺を見るのかな……俺もケッカもマジで何もしてないからね」

「え!? そんっ……そんなことが……!? あ、ありがとう、ござい、ます……」

 ユカからオズオズと紙袋を受け取った駆は、外側をぐるりと一瞥した後、中を覗き込んで……口元を綻ばせる。

「マジか……うわ、俺、絶対転職します」

「動機が不純だったら面接で落ちるよ」

「面接あるんですか!?」

「俺も一応、雇われ責任者だからさ。推薦はするけれど、最終的に俺の上司(名杙当主)のお眼鏡に叶わないと難しいってことは胸にとどめておいて」

「わ、分かりました……頑張ります……!!」

 駆はコクコクと頷いた後、改めて、紙袋の中身へ視線を落とし……未来への決意を固めるのだった。


 取材へ向かう駆を送り出した直後、ユカは政宗を見上げ、「政宗」と問いかける。

「千葉さん、『仙台支局』に引き入れるつもりなん?」

「そうだな。そうなれば俺の仕事も少しは楽になるだろうし」

「減った分だけ別の仕事ば入れるだけやろうもん」

「……」

 的確に未来を言い当てられ、政宗は露骨に視線をそらした。ユカはそんな彼の行動にため息をつきつつ、口元に笑みを浮かべる。

「名杙にだって、外部交渉人の研修プランくらいあるやろうに……わざわざ福岡に行かせると、まーた嫌われるよ?」

 現当主の側近として名高い男性も、『外部交渉人』――通称『外渉』と呼ばれる役割の人物だ。そのため、わざわざ駆を福岡まで派遣せずとも、必要なノウハウを宮城で教えることも出来るだろう。

 ただ、政宗はそんなユカの言葉に、軽く首を横に振った。

「俺達の現場のやり方を熟知してるのは間違いなく『福岡』だと思ってる。だから、福岡で短期集中的に研修を受けてもらって、即戦力として……」

「そげなことして……千葉さんが最終的に『福岡支局』に引き抜かれたら、どげんするとね」

「ハッ!?」

 予想外の可能性――昨日の夜、政宗自身も口に出していたのだが――を突きつけられた政宗が顔色を変える様を、ユカは笑いながら見上げて。

「やっぱり、レナを引き抜いた方がよかっちゃなかと?」

「それは絶対に無理だって!! 俺が抜かれるから!!」

 顔面蒼白で首を横に振る政宗が何を想像しているのか……ユカはこれ以上、深く考えないことにした。


 時間は進み、15時を過ぎた頃。

 クリスマスイブの夜へ向かうこの時間帯から、多くの人が商店街の中を歩いていた。大きめの荷物を抱えている人も多い。全体的にどこか浮かれているような、お祭り前夜に似た空気感が漂っている。

 クリスマス特別警戒中の『仙台支局』は、本日、早い時間帯から総力戦だ。ユカは心愛と共に人の流れに沿って仙台駅の方へ足を進めながら、周囲を警戒しつつ……肩をすくめる。

「世間は浮かれとるねぇ……あ、ケーキ美味しそう。買って帰ろうかな」

「ケッカだって浮かれてるじゃない」

 ジト目でユカを見下ろす心愛だったが、「そうだ」と何か思い出したように言葉を続けた。

「あの袋、全員分回収したから心愛の家にあるんだけど……明日、どうすればいいの?」

 心愛の言葉が何を指しているのか、すぐに察したユカは「そうやった。ありがとう」と謝辞を述べた後、時の流れの速さを実感していた。

「明日の午前中に統治が取りに行くけんが、リビングとか、わかりやすいところに置いててもらえると助かるかな」

「分かったわ。っていうか、ケッカは何も入れてないじゃない。どうするのよ」

「あたしは今日、これから買って統治に預けるけん大丈夫!!」

「これから買うの!? ったく……」

 心愛は分かりやすくため息をついた後……ユカをジト目で見やり、一応、釘を刺す。

「ケッカ、ちゃんと選びなさいよね。言い出しっぺなんだから」

「分かっとるって。ケッカちゃんに任せなさいっ」

「大丈夫かしら……」

 ツインテールを動かして、心愛が白いため息を吐く。ユカは隣を歩きながら、緩んだマフラーを巻き直した。

「やけんがこれからちょっと、ロフトまで戻ってもよか?」

「仕事中に何言ってるのよ!! 終わってからにしなさいよね!!」


 その後、ユカは何とか仕事と買い物を両立させて戻ってきて。

 時刻は16時半を過ぎた頃、中心部の巡回は里穂と仁義、統治と心愛が継続中。『仙台支局』で待機しているユカは……政宗と2人並んで、応接用のソファに腰を下ろしていた。

 アルバイトの華蓮は本日休み。瑞希はなくなった事務用品を調達するため、同じ建物内にある大型文具店へ買い出し中。要するに事務所内な2人きり……に、なるはずだったのに。

 政宗は背筋を伸ばし、頬を引きつらせながら……向かい側に座っている唐突な来訪者を、営業スマイルで受け入れる。

「今日はわざわざ……あ、ありがとうございます。えっと、安常先生、ですよね?」

「いかにもその通り。こちらこそ、挨拶が遅くなってしまって申し訳なかったね。ところで、寒いから温かい粗茶でももらえる?」

 真っ赤なロングコートを脱いで自身の脇に置き、足を組み替えた安常夏明が、遠慮のかけらもない態度で堂々と言い放った。

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