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エピソード6:水面下の表裏一体③

「まっ……ま、政宗!? なしてここに……!?」

 眼前の彼が本物だと認識したユカが更に目を見開いた次の瞬間、周囲が急に暗くなった。

 今まで木々を彩っていたイルミネーションが一斉に消えたため、人々もこぞって足を止め始めている。

 2人が再会したのは、勾当台公園と地下鉄の入口が交差する歩道。帰宅時間でもあり、再点灯の瞬間を見るために人が集まっていることもあり、人口密度が一時的にとても高くなってしまっていた。

 身長が低いユカが人の波に溺れそうになっていると、政宗が「移動するぞ」と彼女の手を取り、足を踏み出す。

「地下鉄に移動する人の邪魔になるからな。横断歩道を半分渡るぞ」

「へっ!? あ、ちょっ……!?」

 手を引かれるままに移動した先、道路の中央に整備された歩道の一角で足を止めた。左右にケヤキの木が植えられているここはイルミネーションを見たい人が集まっているので、動かなくても特に問題はない。

 とはいえ、ユカの混乱は収まっていない。そもそも、彼はどうしてここにいるのだろうか。

「政宗、だからなして――!!」

「――ほら、カウントダウン。5、4、3……」

 ユカの言葉を遮った彼が、嬉しそうな表情で上を見上げる。ユカもつられて視線を上に向けた、次の瞬間。




「――っ……!!」




 一瞬で、木々に光が灯る。

 世界が光を取り戻した瞬間、白い息とともに歓声が上がった。

 眩しくて、暖かくて、澄んだ空気の中で輝きを増すオレンジ色の光たち。


「う、わぁっ……!!」


 改めてきちんと見る絶景に、思わず感嘆の声が漏れる。

 ユカは無意識のうちに、繋がったままの彼の手を握りしめていた。


 

 温かい。



 この間、海岸で見た星空を思い出す。

 あのときも彼は、隣にいてくれた。



「やっぱ、何度見ても再点灯の瞬間は綺麗だな」

 隣に立ってしみじみと呟く政宗の声で我に返ったユカは、繋がったままの手を強く引き、彼の注意を下へ向けた。尋ねたいことは色々あるのだが、取り急ぎ確認しておきたいことは。

「っていうか政宗、いつ戻ってきたと!?」

「ついさっき。駅から直接来たんだ。ケッカを驚かせようと思って、仁義君とは連絡を取り合ってたんだけど……」

 政宗は言葉を切ると、ユカを真正面から覗き込んで……彼女の状態を確認する。

「突発で連続対応したって聞いて……屋外だからかもしれないけど、少し顔色も悪い感じがするな。大丈夫か?」

 念のために視界を切り替えて、『縁』の状態まで確認はしてある。特に目立つ異変はないが、体調までは把握出来ないから。

 自分を心配してくれている政宗に、ユカは「とりあえず大丈夫」と返答して。

「これくらいで倒れてられんけんね。流石にこれ以上の対応はしんどいけど……」

「分かった。でも、無理はしないでくれよ」

 そう言って念を押すと、ユカは「分かっとるって」と軽くあしらった後、素朴な疑問を口にした。

「っていうか……あたしを驚かせたいなら、『仙台支局』で待っとけばよかったっちゃなかと? その方が仙台駅からも近かろうもん」

「それは……」

 ユカのもっともな指摘に、今度は政宗は目を泳がせた。そして、ぎこちなく頭上を見上げた後……吐息と共に白状する。

「……い、だったんだよ」

「え?」

 雑踏にかき消された声、怪訝そうな表情のユカに若干苛立ってしまった政宗は、半ばヤケクソの気分で声のボリュームを上げた。

「だから!! 心配で、早く顔を見たかったんだよ!!」

「っ!?」

 ストレートに言われると気恥ずかしくなり、両肩がビクリと反応した。空気の冷たさと相反するように、耳の近くまで熱が登っていく感覚がある。

 言葉を続けられなくなったユカに、政宗もまた白い息を吐きながら……繋がった手を改めて握りしめた。


 ――山本さんが、突発的に連続で対処することになってしまって。いつも以上にお疲れのように感じます。僕と里穂は送ることができないので、政宗さんに引き継いでもいいですか?



 仁義から第一報を聞いたときから不安が大きくなり、心配で、居ても立っても居られないまま、『関係縁』も辿ってここまで急いでやってきた。そして先程、きちんと……本人の無事を確認することが出来た瞬間、ざわついていた心が盛大に安堵したのだ。

「……急いで来てよかった。無事で、良かった」

 肩をなでおろし、心からの本音を吐露すると、今度はユカは「大げさやねぇ」と肩をすくめる。

 そして。

「でも……ありがとう」

 心に浮かんだ言葉を素直に出力すると、政宗は視線を泳がせつつ……嬉しそうに口元を緩めた。

 次の瞬間、歩行者用の信号が青に変わり、人の流れが動き始める。ここにとどまってイルミネーションをずっと見ていたいけれど、体調も万全ではない今、冷蔵庫のような冬空の下で無理をするつもりはなかった。

「さて、じゃあ今から……」

 どうやって『仙台支局』に戻ろうか。

 そう尋ねようとしたユカは、一度言葉を切って、白い息を吐く。

 確かに無理をするつもりはない、けれど……今すぐ帰ることも、何となく、気乗りしない。

 だったら……一つの提案に至ったユカは、言葉を待っている政宗を見上げ、口元に笑みを浮かべた。

「……折角やけん、ちょっと歩かん? あたし、いっちょんゆっくり見れとらんけんが」

 ユカが繋がった手を引っ張って、彼に「どうですか?」と意思を問う。政宗は一度時計を確認した後、穏やかな表情で頷いて、道案内役を買って出た。


 とりあえず19時40分までには『仙台支局』へ戻る必要があるため、イルミネーションの途中まで歩き、そこからバスを使って仙台駅方面へ戻ることにした。

 折角なので、車道の中央に整備された歩道を歩く。流石に繋いだ手は離して、いざという時に咄嗟に対応出来るように備えてはいるけれど……近くには里穂と仁義もいるという心強さもある。要するに特別な警戒をする必要がないイルミネーションは、いつもより余計に優しく、明るく見えた。

「そうだケッカ、知ってるか? このイルミネーションの中にピンクの電球があって、それを見つけるといいことがあるらしいぞ」

「ぴ、ピンク!? えぇー……!?」

 政宗の言葉に立ち止まったユカは、とりあえず頭上を見上げた。

 見上げる先は当然のように、全てがオレンジに統一された光に見える。この中に一色、違う色があったとしても……目の錯覚で同じ色に見えてしまうような気がした。

「……ダメだ、いっちょん分からん。政宗は見つけたことあると?」

「いいや。分かるわけないだろうって毎年思ってるぞ」

「何それ……でも、どっかにはあるっちゃんね……」

 じーっと頭上を見上げるユカに苦笑いを浮かべた政宗は、「行くぞ」と言って彼女のコートを軽く引っ張った。ユカもひとまず視線を目線の高さに戻し、彼の隣を歩く。

 探し続けるには、時間が足りないけれど。

 今年、発見出来なくても……きっと、次があるはずだから。

「そういえば政宗の方の問題は……何とかなりそう?」

「ああ。今後は専門家同士の話し合いにしてもらった。祖父母の仏壇にも手を合わせてきたし……俺の中でも区切りをつけられたと思う」

「そっか。お疲れ様。行ってよかったね」

「ああ。ケッカのおかげだ」

「あたし、特に何もしとらんって」

 笑いながら首を振るユカを、政宗が「いいや」と否定する。

 そして、信号待ちで立ち止まったところで……彼は前を見つめ、何かを思い出したように目を細めた。

「ケッカと……未来を約束できたからな」

「政宗……」

「俺も……正直、怖いこともあるけど、1つずつ向かい合って、1つ1つ、解決していきたいって思ったんだ。そう思わせてくれたのは、背中を押してくれた1人は間違いなくケッカだから。本当に感謝してる」

 歩行者用の信号が青になり、立ち止まっていた人々が一斉に歩き出した。2人も横断歩道を渡りきり、もう少しだけ、光の中を進む。

「そういえば政宗、明後日の夜のこと聞いとる?」

「明後日? クリスマス当日だよな?」

「そう。25日は櫻子さんがオードブルとかを用意して、持ってきてくれるんだって。やけんが、あたし達も、何事もなければ20時半くらいに切り上げて合流して、食べて、1時間位で解散しようかって話になっとる。心愛ちゃんや森君も冬休みやけん、統治が送っていくってことで話をつけとるげなよ」

 統治と打ち合わせをしておいた内容を共有すると、政宗は「了解」と頷いた後、歩きながら思案を巡らせ……。

「じゃあケッカ、その日は俺と買い出しだな」

「買い出し? 何の?」

「何、って……プレゼントだよ。流石にあまり高価なものは用意出来ないけど、全員に何か渡したいから。明日にでも参加人数を確認して……」

 歩きながら参加しそうな人物を思い浮かべていた政宗は……ふと、ユカを見下ろし、怪訝な顔で問いかける。

「……伊達先生、どう思う?」

 その問いかけに、ユカも「どげんやろうね」と相槌を打って。

「伊達先生のことやけん、飛び入り参加しそう」

「確かに……多めに買うか」

「あ、そうだ。千葉さんが来ることがあったら教えてほしいんよ。レナから預かっとるものがあるけんね」

 先日の電話でセレナが言っていた荷物は、ちょうど今日の午前中に受け取ったところだった。これはなんとしてでも駆に直接渡して、その反応を報告しなければならない。

 ユカの言葉に政宗は頷いた後、口元にニヤリを笑みを浮かべる。

「分かった。なんだかんだ仲良いんだな、あの2人」

「……気になると?」

 ユカがチラリと斜め上を見上げて尋ねると、政宗は人の波をかき分けて進みながら、支局長としての見解を示した。

「そりゃあ……要するに千葉君、『仙台支局』じゃなくて『福岡支局』に転職する可能性があるってことだろ? 彼、探究心が強いし、真面目で人当たりもいいから、仙台に残って欲しいんだよなぁ……」

「なるほど。じゃあ、レナを引き抜けばいいっちゃなかと?」

 ユカの提案に、政宗は真顔で首を横に振る。

「ケッカの次にセレナちゃんまで引き抜いたら……俺が、抜かれる」

「……何の話?」

 ユカも真顔で問いかけて……顔を見合わせて、笑い合った。

 そんな、他愛もない時間が、今はとても楽しい。

 数えきれないほどの灯りの下を歩き、たくさんの人とすれ違って……2人は定禅寺通を右折し、仙台駅へ向かうバス停でバスを待つことにした。

 大通りを少しそれただけで、人通りはほとんどなくなる。誰もいないバス停の前に立ったユカは、少し離れた場所で瞬いているイルミネーションを横目で見つめた。

「……綺麗だったなぁ……」

 名残惜しい気持ちはあるけれど、でも、これで最後ではない。

 クリスマスが終われば、人の多さも少し落ち着く……と、聞いている。今年の内にあと数回、ゆっくり歩く機会があることを願って。

 政宗はスマートフォンで時間を確認した後、それをコートのポケットへ入れた。そして、念の為にもう一度、ユカの『縁』の状態を確認して、特に悪化していない事実に安堵する。

「福岡にもイルミネーションはあるだろ?」

「あるけど、スポットごとにバッチリ飾り付けられとる印象が強くて。それはそれで綺麗なんやけど、なんか、仙台の光は……優しかった」

「そっか。気に入ってもらえてよかった」

「えぇっと、バスやけんが、Suica……認識されますように……!!」

 ユカは慌ててコートのポケットからパスケースを取り出した。中に入っているSuicaは、最近、磁気不良を起こしやすくなっている10年選手。彼女が1人で念を送っていると、政宗が上からそれを取り上げる。

「ちょっ……政宗、何すると?」

 不満を視線に込めて彼を見上げると、政宗は彼女のSuicaを掲げたまま少しぎこちなく言葉を紡いだ。

「バス代は俺が2人分払う。あと……仙台駅で新しいSuica、買うぞ」

「へ? あ、ごめん政宗、あたし、財布は事務所に置いとって……」

 だから先程、仁義へお茶代を払うことも出来なかったのだ。ユカがこう言ってパスケースを回収しようと手を伸ばすが、彼はわざと、彼女が届かない位置にそれを掲げたまま。

「ちょっと政宗、返してってば」

「俺が買うから」

「へ?」

 理由が分からず、ユカは思わず目を丸くした。一方の政宗は、彼女のパスケースに収まっているそれを見つめ……嬉しそうに目を細める。

「正直言うと、さ。ケッカはもうコレ、使ってないって思ってて。あの頃はSuicaしかなかったけど、今は福岡にも似たような電子マネー、あるだろ?」

「え? まぁ……あるね」

「だから、4月にこれを見て、すげー嬉しかった。ケッカも……10年前のことを大切にしてくれてるって思って」


 ――あの研修関係で残ったモノといえばこれくらいやけんね。写真でもあればよかったけど……なんか、これを見ると初心に戻れる気がするし。それに、何だかんだ言っても結局……ずっと好きなんよ。


 そう言って目を細めたユカを見てとても嬉しくなったのは、そう遠くない過去のこと。

 とっくに使われていないと思っていたのに。

 あの時、彼女に託したものが……10年間ずっと側にいて、政宗のことをユカの中に繋ぎ止めてくれていた。

 

 掲げたパスケースを見て、優しい表情になる政宗。ユカはそんな彼を見上げたまま、同じ表情で口を開いた。

「……当たり前やんね。政宗だってあたしがずっと好きなことは知っとるやろうもん」

「ああ、よく知ってる。だから……そんな感謝と、今後への期待も込めて、今度は新品をプレゼントしたいんだ。ダメか?」

「要するに、クリスマスプレゼントってこと?」

「いや、それは別に考えてる。ただ……当日に渡すのが難しそうだから、年末にちょっと買い物に付き合ってもらうけどな」

「そうなん? まぁいいけど……」

 ユカは楽しそうに未来を語る彼に肩をすくめて、高い位置にあるパスケースを見上げた。

 そして……不意に彼に抱きつく。

「うわっ!? ケッカ!?」

 そして、動揺した彼が手を下げたところを見計らい、パスケースを奪い返した。

「政宗、まだまだやね」

「え!? あ……」

 ここで初めて手がスカスカになっていることに気付いた彼へ、ユカはパスケースを掲げると……己の意志を告げる。

「これ、最後まで自分で使いたい。ただ、エラーが出たら……申し訳ないけど建て替えてくれる?」

「……分かった。ありがとな」

「こちらこそ。これからも……宜しくお願いしますっ」

 こう言って、2人で軽く会釈をしあっていると、仙台駅へ向かうバスが近づいてきた。


 その後、仙台駅へ到着した時、時刻は19時30分を過ぎており。

 とりあえず今日は磁気不良もなかったため、Suica購入を後日に改めることにした2人は、『仙台支局』へ戻っていた。

「さ、佐藤支局長!? もしかして……きゅ、休日出勤ですか!?」

 ……と、悲鳴をあげる瑞希へ、政宗が苦笑いで「違うよ」と手を横に振って。

「ケッカと一緒に帰るから、ケッカが終わるまでここでメールチェックでもと思って……」

「だからそれが休日出勤なんですっ!!」

 ワナワナと両手を震わせる瑞希。そんな彼女への言い訳を考えている政宗を、ユカがジト目で見やり。

「PC立ち上げたらアウトやろうもん。どうせ明日は朝からなんやし……っていうか、先に帰ってよかよ?」

 ユカが右手で扉の方を指差すと、政宗が不満そうな表情で彼女を見つめる。

「そんな寂しいこと言わないでくれよ。よしケッカ、雑談だ。今日、どんな『遺痕』に対応したんだ?」

「それ、雑談じゃないような気がするっちゃけど……」

 結局仕事の話じゃないか、と、視線で訴えるユカに、政宗は「まぁまぁ」と笑いながら、2人分のコーヒーを入れた。そしてカップを1つユカの机上に置き、自分は斜め後ろに立つ。

「ある程度、今日のことは把握しておきたいからな。と、いうわけで雑談だ」

「ハイハイ。えーっと、どうせ報告書は出すっちゃけどね……」

 コーヒーの湯気と香りを楽しみつつ、ユカは先程の対応を、ざっくりと語った。

 話を聞いていた政宗は、ユカが「マンションから落とされたって」と言った瞬間、カップをユカの机の上に置くと、ポケットからスマートフォンを取り出す。

 そして、簡単に操作をした後、とあるニュースを表示させた。

「ケッカが言ってるの……多分、これだな」

「ふぅん……」

 ユカは政宗が表示したニュースをざっと確認すると、彼を見上げ、コーヒーをすする。

「……ようすぐに分かったね」

「女性がマンションから落ちる()()なんて、早々あるわけじゃないからな。公務員だったこともあって、過労自殺じゃないかって言われたくらいだし」

「県の職員……ってことは、最初に切った人も恐らく同じ職場で、しかも、事故扱いか……」

「事件性はないってことになってる感じだな。念のため、千葉君にも聞いてみるよ」

 政宗はスマートフォンをポケットに片付けると、カップを持って自席に戻る。

 そして、いつものクセでノートパソコンを起動しようとして……瑞希から「佐藤支局長!!」と非難されるのだった。

 デートだけで終わればいいのに……。

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