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エピソード4:晴れの日に向かう覚悟④

 部屋の窓際にある広縁、備え付けの椅子に座って政宗と向かい合っているユカは、意を決して口を開く。

「あたし……迷っとる」

「迷ってる?」

 普段の彼女を考えると、珍しい言葉だと思った。訝しげな政宗に「そう」と同意したユカは、視線を少し遠くの方へそらしながら、言葉を続ける。

「先月に、統治と櫻子さんの結婚式までには戻りたいって思って、そしたら今月、戻るために試してみたいことがあるって伊達先生たちに言われて。なんか、こげん話がポンポン進むげな、思っとらんかったけんが……」

「そうだな」

「伊達先生たちに賭けてみたい気持ちもあるし、これを逃さない方がいいことも、分かっとる。けど、どうしても……失敗したときのことを考える回数の方が、多くて」


 問題なく研修が終わると思っていた、10年前のあの日。

 自身の油断があったとはいえ……これまでの『当たり前』が全て崩れ去った経験があるからこそ、どうしても、慎重になってしまう。


「失敗、したら……あたし、『遺痕』になるんやろうな、とか、そうなったら、誰に、切ってもらおうか、とか……」

「ケッカ、それは……」

 それは、あまりにも不吉な未来。最悪の結末だ。

 彼女の口からそんな言葉を聞きたくなくて、政宗は反射的に言葉を遮った。そして、彼の気持ちを察したユカも「ゴメン」と苦笑いで呟いた後、彼を見つめる。


 嘘をつかない。そう決めたから。


「でも……あたしは、成功する未来だけを想像することが出来ない。それに、もしも、あたしが……死んだら、政宗、は、どげんするんやろうか、って……ちょっと、思って」

「俺が、どうするか……?」

 急に自分の話になった政宗が、目を丸くして彼女を見やる。ユカは不安を抑え込むように膝の上で両手を握りしめると、言葉の意図を、彼を気にする理由を告げる。


「あたしが、死ぬと……政宗、自分を責めるような、気がして」

「それは……」



 そんなことない。



 彼女を安心させるために、そう言いたかった。

 けれど、それが嘘であることなど、彼自身が最もよく分かっている。

 この場で嘘はつかない、そう決めて誓った以上……隠すようなことは、したくなかった。


「……責めるだろうな。10年前のバッドエンドになるわけだから」

「だよ、ね。だったら……もっと、確実な方法が見つかるまで、このままがいいのかも、しれないって、思う」

「ケッカ、でも、それは――」


「――あたしは、政宗にこれ以上、悲しい思いをさせたくなかよ」


 ユカが真っ直ぐにそう言い放つから、政宗は思わず、言いかけた言葉を飲み込んだ。


「政宗だけじゃなか、統治や、『仙台支局』、『福岡支局』、あたしと『関係縁』が繋がっとる人に、あたしのことで悲しい思いはさせたくない。そう思った時……悲しんで、一番自分を責めるのは、政宗だろうなって思うから。6月も、そうやったんやろ? 守れなかったって……」

「……」


 その質問に、「違う」とは言えなかった。


 6月、ユカを助けることが出来ず、己の不甲斐なさに打ちひしがれて……眼の前にいる彼女にすがり、泣いてしまったことがある。

 あの時はまだ、彼女を完全に失ったわけではなかった。だから、少し泣いて……再び立ち上がることが出来たけれど。


 もしも、もしも……彼女を失ってしまったら。

 彼女が、本当に死んでしまったら。




 ――想像しただけで、息が出来なくなった。




 ユカは言葉をなくした政宗を見つめ、自分の言葉で気持ちを綴る。

「政宗には……もう、そげな思いはさせたくなかと。だから、迷っとる。どげんすれば……あたしは、政宗を悲しませずに、自分の願いを叶えられるかな、って」

「それは……そうだな、もう、執念と根性で生き残ってもらうしか……」

 何をどう提案すればいいか分からず、根拠のない精神論を呟いた彼に、ユカは思わず吹き出した。

 それが彼の本音なのだと確信できて、嬉しくなる。

 生き残りたい気持ちも、残って欲しいという願いも確認できた。

 あと、必要なものは……。

「そうやね。だから……20歳の誕生日プレゼント、今、ここで言ってもよか?」

「へ?」

 唐突な話題に、政宗は思わず間の抜けた声を出した。するとユカが、ジト目で政宗を見やり。

「政宗、七夕まつりの時に言ったやんね。決まるまで待ってくれるって。まさか、忘れとったと?」

「忘れるわけないだろ!? た、確かにそうは言ったけど、話の展開がだな……」

 まさか今、この話になるとは思っていなかった。目に見えて困惑する彼をユカは軽く笑った後、居住まいを正した。そして。


「……あたしは、未来が欲しい」

「未来……?」

「えぇっと……執念と根性で生き残る未来のために、ポジティブな約束が欲しい。過去のあたしはそれで、ここまで、頑張ることが出来たから」


 ユカの言葉に、政宗は、10年前の冬に電話をした時のことを、思い返していた。

 彼女も間違いなく、同じ出来事を回顧しているから。


 ――だから……政宗は、あたしの前からいなくならんでね。ずっと、ずっと……『関係縁』、繋いどってね。


 10年前の冬、電話の向こうにいる彼に、恐る恐るこう言った時。


 ――当たり前だろう? 俺達は、ずっと一緒だ。


 彼が迷いなく、こう言ってくれたから、この言葉を信じて、進み続けることが出来た。


「10年前は、あたしから言ったけん……今度は政宗から言ってもらって、頑張ろうと思って」


 そして彼は、ユカが困っている時、迷っている時に、いつも、最適な言葉をくれる。


 ――俺は……ケッカに、ここに居て欲しいと思ってる。現状を打開できる可能性が出てきたなら、それに賭けて欲しいし、俺は……本当のユカに会いたい。


 4月、仙台に留まるかどうか悩んでいた時、彼の言葉で腹をくくることが出来た。


 ――ケッカのことは、必ず何とかする。だから、一緒に頑張っていこうな。


 5月、1人で立てなくなった時、彼の言葉で心が軽くなった。


 ――ケッカはここにいる。ちゃんとここにいるから。


 6月、自分の存在に自信がもてなくなった時、彼の言葉に救われた。


 ――定期的に見に来ないとな。そして……俺達もこの木に負けないくらい、ちゃんと成長していかないと。


 7月、新たな決意を胸にいだいた時、彼の言葉に背筋が伸びた。


 ――急がなくていいよ。ケッカのペースでいい。だから……何か欲しいものを見つけたら、俺に教えてくれ。


 8月、自身の不甲斐なさに情けなくなった時、彼の言葉に安心できた。


 ――約束だぞ。勝手にいなくなったら地の果てまで『関係縁』辿って連れ戻してやるからな。


 9月、後味の悪い結果を受け入れなければならなくなった時、彼の言葉に肩の力が抜けて。



 そして、10月。



 ――だから……彼女はこれから俺が守ります。絶対に連れて行かせない、二度とこんな辛い思いはさせない!! 俺が……俺が()()()と一緒にいる限り、絶対に!!


 追いすがってきて振りほどけなかった過去と、決別する勇気をくれた。

 1人じゃないと、実感することが出来た。


 だから、彼の言葉が新しい約束(ゴール)になれば、消えない不安を乗り越えて次に進めるような、そんな気がしていた。

 根拠はない、確証もない。

 ただ……目に見えないけれど確かに繋がっている『縁』、それを道標にして生きてきた結果、ここまで辿り着いたのだ。

 

 ユカの言葉に、政宗もまた、自身の膝の上で両手を握りしめた。

 そして、呼吸を整えると……真っ直ぐに、前を見据える。

「俺は……」


 目の前の彼女に、どんな未来を提示するのか。

 答えは1つしかないけれど、いざ、本人の前で告げるとなると、緊張してしまう。

 ただ……ここまできたら、流石に腹をくくるべきだと思った。


 ずっと一緒にいる。

 10年前からずっと、繰り返して使ってきた言葉だ。

 けれど、この言葉は今の彼らにとって、とても曖昧に思えることもある。


 この先……例えば、統治が名杙本家に戻ることになり、『仙台支局』を離れたとしても。

 政宗やユカから、ある日突然、『縁故』としての能力が消えてしまったとしても。

 例えば、今の環境がガラリと変わってしまったとしても……ずっと一緒にいるためには、どうすればいいのか。


 ――血の繋がりとか、『因縁』とか、そういうことじゃなくて……政宗の家族は、政宗が決めればよかよ。


 つい先日、彼女が言ってくれたことが脳裏をかすめた。


 勝算なんてない、けれど……もしも、彼女が言ったように、自分の意思で、家族を選ぶとすれば。

 目の前の女性以外、選べるはずもない。

 これを隠さずに伝えることは、少し……大分、怖いけれど。



 ――大丈夫、大丈夫。政宗の思いは……ちゃんと目を見て、言葉にすれば、きっと『ケッカ』にも届くよ。



 あのときの笑顔を、この言葉を、今はただ、一途に信じて。

 政宗は、思いを告げた。



「俺は、未来で……君と、家族になりたい」

「っ……!?」



 言葉を真正面から受け止めたユカが、予想外と言わんばかりに目を大きく見開いた。

 一方の政宗は、ここで立ち止まるわけにはいかない。勢いに任せて、思いの丈を絞り出す。

「昨日の夜、海岸で……そう、伝えるつもりだったんだ。俺が家族を選ぶとすれば……俺が、決めていいなら、ユカ以外は考えたくない、から……」

「家族……」


 ぽつりと呟いた単語は、自分から最も遠いものだと思っていた。

 このホテルに泊まっている、この温泉地で笑っている、街の中ですれ違う、そんな『家族』の姿は、ユカにとっては机上の空論に近く、高すぎて届かない理想。

 いつか自分が、彼らのようになれるなんて……具体的に想像したこともなかったけれど。


「家族……」


 ユカは改めて、同じ言葉を繰り返す。

 そして。


「……家族ぅ!?」

 三度目にようやく事態を飲み込んだ彼女が素っ頓狂な声で同じ単語を叫んだ後、思わず両手で頬を覆った。指先のひんやりした感覚がすぐに生ぬるくなってしまうほど、頬が熱くなっていることが嫌でもわかる。

 そして、唇を震わせたまま政宗を見つめ……恐る恐る、口を開いた。

「意味、分かって言っとるよね? か、家族って……その……」

 そこから先はモゴモゴと言葉にならない。そんな彼女を見た政宗は強烈な既視感に襲われつつ、呆れを勢いに変えてまくし立てた。

「それくらい流石に分かって言ってるに決まってるだろ!? そもそも、これからもずっと仙台にいられるかどうかも分からないんだぞ。そんな状況で、ずっと一緒にいようと思ったら……け、結婚するしかないだろうが!!」

「けっ……!?」

 政宗の口から飛び出た発言に、ユカは極限まで目を見開いた後……困惑を隠しきれず、視線を泳がせ始めた。

 分かっている。彼は、ユカの希望を叶えてくれたのだ。

 未来への希望となる約束が欲しい、そう言った自分に、これ以上に具体的で、かつ、ポジティブな約束など存在しないのではないかと思うくらいに完璧な答えをくれた。そしてこれが彼の本心であることも分かっている、そんなこと分かっている。


 ただ……今の自分に受け入れる覚悟がない、それだけだ。


 急に口数が少なくなったユカをジト目で見やる政宗は、少し余裕を取り戻したのか……足を組み替えて問いかける。

「ケッカはそもそも、どんな答えが返ってくると思ってたんだ?」

「えぇ……? 全部うまくいったら、またカニを食べに来よう、とか……」

「どんだけカニに執着してんだよ……確かに美味かったけど」

 苦笑いを浮かべる政宗が、ユカの返事を待っていることが……痛いほど分かるから。


 何か、何か言わないと。

 きちんと、返事をしないと。

 そんなこと分かっている、分かっている、けれども。


 何を、どう、伝えればいいのか……はっきりしていない。


「え、えぇっと、その……」

 その結果、いつまでたっても言葉に詰まってしまい、政宗の不安がジワジワ増えるだけになってしまった。

「あー……ケッカ、その……迷惑だったらそう言ってくれていいから」

「いや違っ……!! そげなことない、けど、でも……」

「でもって何だよ!! その続きが気になりすぎるんだって!!」

 半泣きで訴える政宗は、らちがあかないと意気込んで立ち上がった。そして、ユカの方へ回り込むと、彼女の逃げ道を塞ぐようにユカが座っている椅子の肘置きに自身の手を置く。その上でわざと威圧的な角度から彼女を見下ろし、ヤケクソで問いかけた。

「俺のこと、好きですか!?」

「そ、れは……た、多分……きっと……『関係縁』も紫だし、ねぇ……?」

「何だよその答えしかも疑問形だし!! 今、誰よりも俺に悲しい思いさせてるの、ケッカのそういう態度だからな!!」

「うっ……」

 非常に痛いところをつかれて、ユカが思わず口ごもった。政宗もまた、言い過ぎたという自覚があったため、「悪い」と呟いて視線をそらす。


 どうして、こんな言い方になってしまったのだろう。

 政宗のことを嫌っているわけではない。信頼している、大切な人なのに。

 ただ……彼に踏み込もうとすると、急に出てくるもうひとりの自分が、強くストップをかけ始める。




 ――まさか、忘れたの? あれだけ泣いて、あれだけ苦しんだくせに。

 ――『愛してる』なんて感情は一時的なエゴだよ。人は変わる、それを一番近くで見てきたでしょう?




 ――『すっと』なんて、ないんだから。

 ――彼もどうぜ、離れていくんじゃない? お父さんとお母さんみたいにさ。





 ――だから、()()()()()()()()()()よ。





 ――そうでしょう?





 頭の中で響くその言葉(意見)を、否定する根拠(覚悟)がなくて。

 けれど、ここで曖昧にして誤魔化してしまうことが、彼に対して不誠実であることも分かり切っていた。

 嘘はつかない、今は、その約束の上で成立している。

 だったら……ユカは口の中にたまったつばを飲み込むと、一度、口元を引き締めた。

 そして、きまりが悪そうな彼を見やり……口を、開く。

「……政宗、その……言い訳だって、分かっとるけど……聞いてくれる?」

「ケッカ?」

 彼女の声のトーンが変わったことに気付き、政宗は思わず目を丸くした。一方のユカは、少し怯えの混ざった視線を泳がせながら……オズオズと、彼の様子を伺うように、言葉を続ける。

「あたし、お父さんがお母さんに厳しかったり、お母さんに追い出されたりした、こと、とか、やっぱり、どうしても……忘れられん、で……」

 政宗は漠然と、ユカが自分に何を訴えたいのかを理解した。

 だからこそ、一度頷いた後、最後まで耳を傾ける。

 彼女がしっかりと、自分の言葉で……今の気持ちを、伝えてくれているから。

「……お父さんがあたしに優しくすると、お母さんが不機嫌になったりも、して。あたしは、2人とも嫌いじゃないのに、どんどん、関係が、悪くなっていって……それが嫌だったし、何も出来ない、期待に応えられない自分のせいだって、思ってた」

「うん、それで?」

「多分……政宗と、深く係わるのが、まだ、少し……怖い。関係が変わってしまうことで、政宗を嫌いに、なってしまうかもしれない、のが……嫌われる、かもしれないことが……怖いし、イヤ、だなって思って、それで……」


 人は変わる。望まなくても、変わってしまう。

 年齢も、外見も、中身も……立場も、関係性も、少しずつ。

 動けば変わると思っていた。変わればいいと思っていた。


 だから――気付いてしまう。

 今の関係性が変わってしまった時、彼と築き上げたこれまでが、壊れてしまうかもしれないことに。

 『関係縁』は相手との関係により、色が変化する縁だ。

 もしも、今とは違う色になってしまったら……色が薄くなり、疎遠になってしまったら。


 これまで切ってきた『遺痕』のように、汚れた色になってしまったら。


 成長したら、未来で家族になったら……未来にある形のない変化、『もしも』の先にある幸せな結果を信じることが、今のユカには、とても、難しい。


「やけんが、今のあたしは、嫌いじゃないっていう言葉に逃げとるって、自分でも分かっとるっちゃけど……そこから先、どげんすれば乗り越えられるのか、まだ、分からんで……」


 ユカがそう言った次の瞬間、政宗の手が、彼女の頭に添えられた。

 恐る恐る顔をあげると、彼がとても優しい笑顔で、こちらを見つめてくれていることに気付く。


「……念のために確認するけど、俺、今の時点で嫌われてるわけじゃないよな?」

「うん、本当にそげなことじゃなくて、ただ、あたし自身の覚悟のなさというか――」

「――今はそれだけ分かれば十分。教えてくれてありがとな」

 政宗は心底安心した表情で彼女を見つめると、頭に置いていた手を、もう一度、彼女の手の上に重ねた。

「一度に全部こなそうとしなくていいよ。ケッカは今まで通り、1つずつ、きちんと向き合っていけばいい」

「政宗……」

「確かに、変わってしまうかもしれない。けど……俺、10年経っても、結局、同じ人を何回も好きになってたから。案外、根っこの部分は変わらない気もするんだ。それに、変わってしまうことがあっても……こうやって話し合って、歩調を合わせていけばいいって思ってる。だから……」


 彼女に向けて話をしながら……政宗は、ふと、6月に伝えた言葉を思い返していた。


 前に伝えた相手と、同じ女性。

 そして、心にある気持ちも、変わらない。

 彼女がそれを忘れているなら……もう一度伝えて、最新の記憶にしてしまえばいい。

 忘れられなくなるように、何度でも。


「色んなことが変わってしまっても、これからもずっと……俺と一緒に生きて欲しいんだ。だからまずはケッカの問題を解決する。それで、いつか……未来で俺を選ばせてみせるよ」


 それは以前、彼から聞いたことがあるような言葉だったように感じる。

 ユカはそれを確かめるために記憶を辿ったが……すぐに無意味なことだと悟り、脳内の作業を中断した。

 過去を振り返るのではなく、今の彼を見て判断する。そう決めていたはず。

 だからこそ……動くんだ。

 彼とは対等でありたい。今のままで足りないならば、一緒に動いて、もがいて、考えて……1人では叶えられない、そんな未来を掴める強さを手に入れたい。

 ユカは静かに左手の小指を立てると、覚悟とともに彼に向けて突き出した。


「……分かった。じゃあ、約束」


 その言葉に頷いた政宗もまた、左手の小指を彼女の小指に絡め、固く結ぶ。


「破ったら承知しないからな、ケッカ」

「分かっとるよ。やけんが……政宗が本当に、そげん、思ってくれとる、なら……」

 ここから先を口にだすのは、まだ、少しだけ怖い。想像しただけで、心臓が少し早くなる。

 ただ、伝えなければ。その上でこの賭けに乗って欲しいと思う。

「あたしの『生命縁』に、傷をつけた方がいい、なら……やっぱり、政宗にやってほしい」

 考えただけで、やはりまだ不安だらけになってしまう。文字通りの自殺行為だ。

 そして、かつて、『生命縁』の異常で周囲の人間を体調不良にしてしまったこともあるため、政宗への負担を考えても、出来るだけ選びたくはない選択肢。

 でも、もしも未来で、この事実に直面した時に……迷わず、怯えず、立ち止まらずに向かっていけるように。

 繋がっている小指が少し震えたことに気付いた政宗は、右手で2人分の手を強く握り、完全に覚悟を決めた。

「……ああ、分かった」

 手を通して伝わる熱が、言葉が、未来に向かう新たな原動力に変わっていく。

 ユカは少し安心した様子で頬を緩めると、意識しておどけたような口調を作り、ペナルティを告げた。

「よし、嘘ついたらカニと仙台牛おーごるっと」

 次の瞬間、政宗が眉をひそめる。

「それ……ケッカが嘘をついた場合も有効だぞ?」

「あたしは嘘とか苦手やけんね。だからきっと……大丈夫だと思う」

 ユカはそう言って、絡めていた指をほどいた。そして、瞬きをして視える世界を切り替えた後、政宗と繋がっている『関係縁』の色が、紫から変化していないことに、ひとまず安堵する。

 とはいえ……このまま、彼の優しさに甘え続けるわけにもいかない。ユカは人知れず気合を入れ直し、口元を引き締めた。

「じゃあ、まずはあたし、何から始めればいいと思う?」

「へ?」

 話が急に見えなくなり、政宗は思わず間の抜けた声を出した。一方のユカは何かを決意したような強い眼差しで彼を見据えたまま、至極真面目に言葉を続ける。

「このことは、あたし1人だと埒が明かないことが、改めて……嫌になるくらいよく分かったと。やけんが、政宗に出来ることで協力してもらいたいと思って」

「俺に出来ること? た、例えば……」

「例えば……そう!! 政宗の思う『好き』が何なのか、あたしにも分かるように教えてくれんやか!! 10年前の合宿の時みたいに!!」

「恋愛ってそうじゃねぇんですよケッカさん!! あー、もう……!!」

 政宗が悲痛な表情でツッコミを入れた後……ガクリと俯いて、両肩を震わせる。

「ま、政宗……?」

 彼が一瞬、泣いているのかと思ったが……微かに聞こえてきた笑い声に気付き、ユカはその顔に疑問符を浮かべた。

「政宗、何をそげん笑って……」

「……いや、まさか……教えを請われるとは思ってなくて。けど……そうだった、ユカちゃんは10年前から真面目だったんだよなぁ……」

「なぁっ……!?」

 過去を思い返して笑っている政宗に、ユカは思わず赤面して反論する。

「だ、だって、本当にどげんすればいいのか分からんけんが……!!」

「じゃあ、答えを頑張って見つけてくれ。俺も……頑張るから」

 政宗は笑いながら、自分の額を、戸惑う彼女の額におしつけた。

 そして。

「だから、これからも宜しくな(覚悟しろよ)、ケッカ」


 どこか挑発的な……けれど、それ以上に楽しそうな眼差しに、射抜かれそうになって。

 それが、なぜか……理由は分からないけれど、とても悔しくて。


 何か、何かやり返したい。

 そう思った瞬間――昼間に斜め読みをしたネット記事の内容が、脳裏をかすめる。


 『キスをする場所によって、意味が変わることを知っていますか?

  例えば、唇は相手への深い愛情を……額は相手を祝福したい時に……瞼は憧れた相手に対して……頬は親愛の挨拶として……』


 ――ケッカさんから行動したって事実が、政さんは何よりも嬉しいと思うっすよ。


 あの時、里穂はそう言っていた。

 動かなきゃ。

 迷っても立ち止まるのは一瞬、それを繰り返してここにいるのだ。

 負けたくない。同等でいたい。そんな衝動が背中を押してくれる。



 要するに……次の行動を深く考えることはしなかった。



 ユカは唐突に、腰を浮かせるような姿勢で椅子から立ち上がった。

 そして、彼の頬に自身の唇を半ば無理やり押し当てた後、現実を認識して硬直した彼を見据え――宣戦布告する。


「約束、絶対に果たしてみせるけんが……覚悟しとってよね!!」


 茹で上がったカニよりも顔を赤くした政宗は、無言で頷くことしか出来なかった。 

 エンコサイヨウ9幕、これにて完結!!


 ……ではないです。半分です。勢い余ってプロポーズ(答えはそのうち)してんだから終わっていいじゃんと思いますが、「俺、この戦いが終わったら、結婚するんだ……」は、壮大な死亡フラグなんだよ政宗さん……とか思いながら後半に続くのです。

 サブタイトルの『晴れの日』には、めでたい日という意味もあり、天気が晴れている=先が見通せる前向きな未来、という意味も込めています。

 さて、2人の駆け落ちもとりあえずあと1話。そうです、さっさと仙台に戻って後半はお仕事三昧です!!

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