エピソード4:晴れの日に向かう覚悟③
2人が明日の午前中まで過ごすのは、スタンダードな8畳の和室。液晶テレビと冷蔵庫、ポット、机と座布団など、快適に過ごすための道具は一通り備え付けられている。
荷物をおいて時間を確認すると、針が15時30分に近づいていた。政宗が受付でもらった周辺のパンフレットを広げていると、ユカは机の上に用意されていた、団子の和菓子を早速飲み込み、彼の隣に腰を下ろす。
「外、出ると?」
「そうだな、折角だし。ケッカはどうしたい?」
ユカに意志を問うと、彼女は「はい!!」と右手を元気よくあげて。
「おやつ食べたい」
「たった今食べてたじゃねぇか」
「それはそれなんよねー」
しれっと言い放つユカに、政宗は肩をすくめて同意した。
ここでのんびり過ごすことも決して悪くはないけれど、二人のことを誰も詳しく知らないこの場所で、少し、外を歩きたくなったから。
「カニの前に食べすぎるなよ。じゃあ、雪が降り出す前にブラブラするか。えぇっと、財布……」
政宗がサブバックの中身を確認している隣で、ユカはテキパキと身支度を整え、一足先に立ち上がる。
「政宗、あたし先に廊下におるけんね」
「ああ」
財布やスマートフォンなど、必要なものはコートのポケットにねじ込んで、ユカは先に廊下へ出た。ちょうど他の宿泊客も到着・チェックインをする時間らしく、エレベーターの方からカップルか夫婦らしき男女が、案内係の男性と一緒に歩いてくるのが見えた。
きっと、この2人の間には……嘘など何もないのだろう。
その様子が、とても幸せそうに見えて。
その様子が、とても――
「……ケッカ?」
頭上から声をかけられ、ユカは慌てて我に返る。用意を済ませた政宗が、訝しげに彼女を覗き込んだ後……盛大に顔をしかめた。
「ケッカ、まさか……仕事の気配を感じたんじゃないだろうな!? 俺は忌引だから対応は全部ケッカに任せるぞ!!」
「えぇっ!? こすか!! あたしだってここまで来て仕事とかせんけんね!! た……多分!!」
「よし、その意気だ。じゃあ行くぞ」
政宗が口元に笑みを浮かべ、エレベーターの方へ向かう。ユカは他の人の邪魔にならないよう、彼の半歩後ろを歩いていたが……誰もいないので、隣に並んだ。
ホテルの外へ出た2人は、フロントにあった観光マップを頼りに、JRの駅がある方へ向かった。駅の近くには足湯や食事処、こけし工房など、観光客が歩いて楽しめるスポットが集まっているからだ。
冬の寒空の下、温泉街特有の硫黄の匂いに囲まれて10分ほど歩く。ふと、駐車場の片隅にある足湯を見つけたユカは、政宗のコートを引っ張った。
「政宗、足湯!! 入らんと?」
政宗も足を止めて、手元の地図を確認した。無料で誰でも利用できる足湯が整備されている。
「いいけど……何か食べなくていいのか?」
風呂より食い気だと確信している政宗が念の為に確認すると。ユカは小動物のように首を何度も縦に動かして。
「先に温まりたい、かも……温泉が恋しい!! 仙台よりずっと寒かよー!!」
「分かった。俺も久しぶりだなー」
ちょうど誰もいないタイミングということもあり、2人は我先にと湯気が立ち上る方へと近づいていった。
足湯は四方に建てられた柱の上に屋根があり、東屋の様相で観光客を迎え入れている。木造りの看板には『足湯下地獄源泉』と記載されており、山の方から引かれている温泉を足湯として楽しめるようになっている様子だ。
ユカは2枚履きしていた靴下を脱ぐと、ズボンを膝の上までたくし上げた。そして、恐る恐る右足の先を、足湯の中へ入れて――
「――うぁっ!!」
源泉の熱さと外気温との気温差が相まって、普段以上に、とても、熱く感じる。お湯をはねながら足を上げて目を見開くユカに、隣に座る政宗が至極迷惑そうな視線を向けた。
「……そりゃあ、多少は熱いに決まってるだろ? 大げさだな」
「い、いや、これはちょっと……政宗も入ってみんね!!」
ヒリヒリする足をさすりながら豪語する彼女を、政宗は「またまた」とあしらいつつ。
「言われなくてもこれくらいぃっ……!!」
したり顔で両足を入れた政宗の顔が、盛大に引きつった。不自然に跳ね上がった両肩が、やせ我慢をしていることをユカへ知らしめる。
「ほら、熱いやろ?」
「……」
「ほれほれ」
ユカがジト目で見守る中、耐えること数十秒。彼は静かに両足を引き上げて、足湯の真ん中にある柱へのせる。そして……ゆっくり、呼吸を整えた。
その様子を見て、ユカは勝ち誇ったように彼を見やり。
「言った通りやったやろ? 足、すぐに真っ赤になっとるし」
政宗は白い息を吐きながら首を縦に動かすと、赤くなった足を冷たい手先でそっと冷やした。
「……ああ、マジで熱い」
「ゆっくり慣らしていかんとね。よっ、と……」
ユカは改めて、まずは右足からゆっくりとお湯の中へ沈めた後、左足を追随させる。先程よりも熱さによる痛みは薄れ、足の裏からじんわりとほぐされていくような感覚になっていた。
「はー……そういえば昨日、お風呂に入っとらんかったね」
「そうだな。食事前に風呂は入っとくか」
「そうやね。そういえば……宮城って、あんまり家族風呂ってなかと?」
「家族風呂?」
あまり聞き慣れない名称に、政宗は首を傾げた後……自分の中にある知識と経験から、答えを絞り込む。
以前、熊本で仕事をした際に、そんな表記を見た覚えがあった。
「要するに貸切の風呂ってことか? 確かに、九州ほどは数がないかもな」
足を引き上げて冷ましながら、政宗が言葉を紡ぐと……ユカもまた足を引き上げ、彼の隣で冷ましながら。
「家族、かぁ……」
「ケッカ?」
「……後で話す。足湯、やっと慣れてきた。気持ちよかけん、眠くなりそう」
頭を振ったユカが、再び足を湯の中へ沈める。政宗もとりあえず今はそれ以上深く尋ねず、視線の先にある冬山の景色を、ぼんやりと見つめていた。
足湯があれば、手湯もあります。
と、いうわけで……足湯を堪能した2人は駅の方へ歩みを進め、大小のこけしが並んでいる広場の前で足を止めた。
看板には『ゆめぐり広場』という名称のほかに、矢印と、『手湯』という単語も記載されている。
「手湯? 足湯の両手版ってこと?」
「だろうな。行ってみるか」
と、いうわけで、広場の一角にある建物に入った2人は、大人の腰の高さくらいに設置されている手湯の中へ、腕まくりをした両手を入れてみた。
先程の足湯よりも温度が低くなっているのか、最初は少しピリッとしたけれど、すぐに慣れる。指先から伝わる熱が、体の奥へとじんわり伝わり、広がっていく感覚に……ユカは思わず肩の力を抜いた。
「おぉ、これはこれで……いい感じ」
「冬は指先がすぐに冷たくなるからな。手先が荒れる人も多いだろうし。万吏さんの奥さんが花屋だから、冬はハンドクリームが欠かせないって言ってた」
「なるほど。水仕事やもんね」
ユカは話を聞きながら頷きつつ……ふと、手湯の中で揺らめく政宗の手を見下ろす。
そして。
「福岡でも、瑠璃子さんが冬場はハンドクリームをよく使っとったかな。そっか、もう……冬なんやね」
改めてシミジミと呟く彼女に、政宗がからかうような口調で声をかけた。
「どうしたんだよ急に。これだけ寒いんだから冬に決まってるだろ?」
するとユカは政宗を見上げ、嬉しそうに頬を緩める。
「そうなんやけど、よく考えたら……政宗や統治と、福岡で夏以外の季節を一緒に過ごしたこと、なかったんやなぁって思って」
ユカは自分の言葉に頷きながら、改めて、仙台で過ごした日々を振り返る。
春、唐突な辞令と共に助っ人としてやってきた。
最初はトラブルが解決したら戻るつもりだったけれど、残りたい理由が生まれたから、ここで過ごすことを決めた。
夏、人間関係が変わる様子を目の当たりにしたり、自分自身の理解が追いつかない現実に突き当たったこともある。
ただ、それを事実として受け入れるだけの強さを手に入れた。
秋、ユカ自身の大きな転換点があり、それが終わったとおもったら統治に大きなトラブルが降り掛かって。
それを、3人で……そして、周囲と協力しながら、乗り越えてきた。
そして、冬。
これから……次の春に至るまで、何が起こるのだろう。
何を、成すことができるだろうか。
時期的に今年1年を総括する機会も多く、改めて、怒涛の1年だったことを思いながら……ユカは湯の中で指先を踊らせた。
今は視えないけれど、この両手の指から繋がる『関係縁』も、この1年で思ったより増えた。切れたものもあるし、切ったものもあるけれど……総じてプラスになった、そう思えるだけの実績もある。
そしてそれは、ユカ一人では……決して掴めなかったものだ。
「あたし達3人って実は、10年前にほんのちょっと一緒に過ごしただけなんやけど……その出来事が、今のあたしの道標になっとる。それって、本当に……奇跡みたいなことなんやろうなぁ、って」
「そうだな」
ユカの言葉に同意した政宗もまた、これまで過ごした時間に、少しだけ思いを馳せていた。
この1年は、予想以上の出来事ばかりが押し寄せて……それぞれに対応するだけで精一杯だったけれど、それでも、やっと、彼女を仙台に呼ぶことが出来た。
呼び方は正直、不本意ではあったけれど、結果としてユカは今も仙台にいてくれる。
だからこそ……来年は必ず、もう一段先へ進みたい、そう強く願ってしまうのだ。
一人で少し遠くを見つめる、そんな彼の横顔を見上げつつ……ユカは改めて前を見据えると、自分に言い聞かせるようにポツリと呟く。
「でもね、政宗……あたし、奇跡をミラクルのままでは終わらせたくなかと」
「ケッカ、それは……」
ユカが言わんとしていることを察した政宗が彼女の名前を呼んだ次の瞬間、彼女は手湯の中から両手を引き上げた。そして、手をハンドタオルで拭きつつ、改めて、彼を見上げて。
「……っていう少し真面目な話、今日の夜、部屋でしてもよか?」
「わ、分かった」
「やけんが、夕食で飲みすぎんでよね。へべれけに酔っ払ったら許さんよ?」
「わ、分かりました……」
政宗もまた、両手を湯の中から引き上げる。そして、ユカが手渡したタオルで手を拭きつつ……静かに、口元を引き締めた。
その後、ユカは広場の入口に設置されているこけしのところまで戻った。頭が大きく、スッと立っている王道のこけしと、背丈が低く、ずんぐりむっくりしている、愛嬌のあるこけし。
ユカはそれをしげしげと見つめた後、行き先を考えている政宗の服を引っ張って注意を引く。
「ねー政宗、レナに送るけん、写真撮ろう」
「へ? 俺も入るのか?」
まさかの申し出に政宗が目を丸くすると、ユカは「うん」と頷いて理由を説明する。
「レナからの司令なんよ。それに……折角来たけんね。思い出せるように。と、いうわけで手が長いお兄ちゃん、よろしくお願いします」
ユカにこう言われて断る理由はない。政宗は自身のスマートフォンでインカメラ撮影の設定をすると、角度を調整しつつ、中腰になって画角に全てが収まる位置を探す。
「政宗、もうちょい下がらんと、小さい方のこけしが入らんよ?」
「むっ……ちょっ、押すな押すな、兄は足が震えてんだよ……!!」
「なるほど……要するに、生まれたてのカニ?」
「そんな例え聞いたことねぇよ!! クッ、自撮り棒って優秀なんだな……!!」
こんなやり取りで試行錯誤を繰り返しつつ、何とか、2人の上半身とこけし2体を1枚の写真に納めることに成功した。
よく考えなくても、ユカに誘われてツーショットを撮影したのは……初めてのこと。
まさか、こんな、観光客みたいなことが……と、政宗が画像を見つめながら呆けていると、ユカが「政宗?」と彼の様子を尋ねて。
「その画像、後で送ってくれる?」
「あ、ああ。分かった」
「ありがとね。よし、今度こそおやつ食べに行こう!! 何があるんやろう……!!」
こう言って目を輝かせる彼女が、とても魅力的だったから。
政宗はスマートフォンを手早く操作して、カメラの設定をもとに戻すと……彼女の横顔を1枚、写真に納める。そして、スマートフォンをコートのポケットに片付けた後、どこに行こうかと周囲を見渡していると……そんな彼の右手を、ユカの左手がグンと引っ張るように握って。
「政宗、あっちに玉こんにゃくって書いてあって、美味しそうな匂いがした店があったっちゃけど、玉こんにゃくって何? おでんのこんにゃくのことでよかと?」
「えぇっ!? そうだな、うーん……」
玉こんにゃくの説明を求められた政宗は、一瞬、その場で思案した後……。
「……百聞は一見にしかず、だ。食べて判断してくれ。どこにあった?」
「えーっと、足湯からこっちに来るまでの間やけんが……」
ユカが自分の記憶を頼りに、足を踏み出す。
政宗は彼女に引っ張られるように足を動かしつつ……繋がった手を離さないよう、少しだけ強く握り直した。
「玉こんにゃく……すっごく美味しいけど、おやつじゃなくておかずやね。美味しいけど」
「文句言うな。ほれ、捨ててくるから」
醤油とダシの味がしっかり染み込んで茶色に染まった、串刺しになった丸いこんにゃくをキレイに食べ終え、ユカが感想を呟く。
政宗は彼女からゴミを受け取った後、通り道に見つけたゴミ箱の方へ向かった。
その背中を見送りつつ、ユカはスマートフォンを起動して……セレナからの返信に、顔をしかめる。
――ユカ!! 写真ありがとう!! 2人ともめっちゃカワイイ!! ムネリンと2人っきりで旅行げな、やることが大胆やね!! なして付き合っとらんと!?
「……知らん」
呟いた言葉をそのまま返信して、メッセージアプリは終了。今後の気温を確認すべく、天気予報も掲載されているポータルサイトを開いた。
表示される見出しは、国内のトップニュースや、この時期に関係した特集記事。画面の端にある天気予報のアイコンをタップしようとしたユカは……ふと、視界の隅に捉えたとある特集記事の見出しを、興味本位でタップする。
『クリスマス・デート特集!!』
「……ふーん……」
深い意味はない。ただ、先日、里穂とそんな会話をした後に、政宗と2人きりで行動をしているから。下がるだけの気温を認知して寒くなるよりも、別の話題で気を紛らせようと思っただけだ。
内容は、クリスマスのデートスポットや、おすすめのプレゼント、恋人同士で過ごす時にネタになりそうなこと、などなど。
「……」
内容を適当に目で追っていると、政宗が戻ってきたので……ユカは一度スマートフォンを片付け、彼を出迎えた。
道すがらに食べ歩きをしてきた2人がホテルへ戻ってきた時、時刻は17時を回っていた。
本日は週末ということもあり、この時間から夕食を取ることが出来る。カラフルな浴衣を着た宿泊客が、楽しそうに食堂へ吸い込まれていく様子を……ユカはジト目で見つめていた。
「急がんと、あたしのカニがなくなるんじゃ……!!」
「風呂入ってからにしようって言っただろうが。絶対になくならないから大丈夫だって」
「分かっとるけど……ん?」
ユカの視線の先には、浴衣貸出中、という看板と、担当の職員が1人。そこに立っていたのは、先程、部屋へ案内してくれた女性だった。政宗もまた、ユカの視線の先にあるサービスに気付き、繋いだままの手を軽く引っ張る。
「折角だから借りとくか? 宿泊客へのサービスだし」
部屋に備え付けの浴衣はあったはずだが、折角の機会だから。
何となく提案した政宗の言葉に、ユカは数秒間思案した後……空いている手で彼を指さした。
「政宗が選んでくれるなら、よかよ」
「俺が?」
彼が目を丸くして彼女を見ると、彼女もまた政宗を見上げ、首を縦に動かす。
「あたし、自分に何が似合うか、とか、よく分からんけんが……だったら、同じ部屋にいる政宗が一番見たい色や柄がいいんじゃないかな、って」
「……」
間違いなく彼女は何の下心もなく、本心からこう言っているのだと思う。分かっている。
けれど、それを都合よく――堂々と自分好みにしてもいいということだと解釈した政宗は、「任せろ」と意気込んだ後、我に返って苦言を呈した。
「ただ、そういうこと……俺以外の人に対して言ってはいけませんよ?」
「へ? そうなん? なして?」
「ダメなものはダメなんです。とにかく分かった。じゃあ同じ理屈で、ケッカが俺の着るやつも選んでくれるか?」
「え? あ、うん、分かった。じゃあ……」
ユカが頷いたことを確認した後、政宗から先に、女性職員の方へ近づいていく。2人に気付いた彼女もまた、「いらっしゃいませ」と会釈しつつ、浴衣が並ぶ小部屋へと誘ってくれた。
部屋の中はウォークインクローゼットのように、性別とサイズごとに分けられた、色とりどりの浴衣が並んでいる。普段、こんなところに入ることなどないので……ユカは思わず息を呑んだ。
「お好きな柄の浴衣を一着、レンタルでサービスしております。サイズはいかがなさいますか?」
「サイズ!? えっと……政宗、いつも着とるサイズって何?」
「俺はLサイズだけど、ケッ……結局ユカは、えーっと、Sでいいよな~。どれがいいんだろうな~」
普段の調子で呼びかけた政宗が、慌てて言い直して彼女から手を離した。ユカも同時に、いつもの調子で接してしまったこと――第三者の前で嘘を付き忘れたこと――に気付き、ニコニコしているスタッフへ慌てて取り繕う。
「すっ、スイマセン、兄の浴衣を選びたいんですけど、男性のLサイズってどこですか?」
「こちらです。気になる柄があったらお取りしますね」
彼女の案内で、少し奥まった位置にあるラックの前に到着する。カラフルな浴衣が並ぶ中、気を取り直して選んでいると……視線を感じた。何事かと思って周囲を見渡してみると、入り口付近のラックの前に立つ政宗が、ユカと、彼の手元にある浴衣を交互に見比べて首をひねっている様子に気付く。
そして、その様子は勿論、スタッフの女性も見ているわけで。
「お2人は、本当に仲が良いんですね」
「……そう、ですね……」
にこやかに第三者から見守られる現状がくすぐったくて、ユカは彼から視線をそらした。
その後、ユカは3分で、政宗は15分かけて互いの浴衣を選び、各々が大浴場で汗と汚れを洗い流す。
ユカが政宗に選んだのは、濃いめの紺色に薄い白で格子柄があしらわれた、シックなデザインの浴衣。
一方の政宗は、薄い緑の生地に桃色の花柄があしらわれた、可愛い印象の強いものだった。素人でも着付けができるような配慮がなされている浴衣なので、素人のユカでも問題なく着付けを行うことができる。
大浴場の脱衣所で自身の姿を見たユカは、心の中で「自分では絶対に選ばない柄だな」と呟いた後、緑を選んだ政宗は目が疲れているんだろうな……なんてことを思いながら、髪の毛を乾かした。
そして、お待ちかねの夕食タイム。
「カニ……!!」
ユカは目の前の光景に目を輝かせ、生唾を飲み込んだ。
文字通りの食べ放題、茹でられたカニの爪や足が大皿の上に並んでおり、どれを選んでも当たりくじという状態だ。
他にも、目の前で料理をしてくれるライブキッチンや、飲み放題のドリンクバーなど、自分の好きなものを好きなだけ食べることが許される、そんな空間が広がっている。
「カニ……!!」
「分かったからどれか取れよ……邪魔にならないようにな」
政宗はユカの横からカニの足を2本ほど取ると、焼き立ての肉料理を奪取すべく足早に移動していく。
我に返ったユカも、カニの爪を3つほど皿にのせて、一品料理が並んでいる別のテーブルへ向かった。
家族連れやカップルなど、方方から楽しそうな声が聞こえてくる。
きっと、自分たちも……家族で旅行に来ているように見えるのだろう。
それでいい。
それでいいんだ。
ユカは誰かに言い聞かせるように強く念を押した後、唐揚げを探す旅に出るのだった。
夕食を終えて部屋に戻ってきた時、時刻は21時に近づいていた。
「あー……美味しかったー……」
至極満足度の高い表情で、部屋の窓際――広縁と呼ばれるスペースにある椅子に座っているユカが、何かを思い出して口元を緩める。
部屋には既に、2人分の敷布団が用意されていた。今、互いに満腹の状態で布団の上に転がってしまったら……間違いなく寝てしまうだろう。
と、いうわけで、広縁の椅子に座ってテーブル越しに向かい合い、とりあえず食事の感想に花を咲かせていた。
「バイキング形式やったけんが、好きなものばっかり食べれて幸せやったなー」
「そうだな。たまには……いいよな、これくらい贅沢したって」
「よかよか。だって、クリスマスから年末にかけては、また冷凍食品にお世話になるやろうけんね。今のうちに良質な栄養素を接種しておかんと」
そう言ったユカは、ふと、目の前にいる彼が……自分に対して向ける視線に気付く。
浴衣を選ぶときにも思っていたこと。最近は横に並ぶことが多くて、気付かなかったけれど。
「政宗さぁ……妹に対して、その視線は、ちょっと……」
「え!? ちょっとって何だよ、何が悪いんだよ!!」
説明を求める政宗に対して、ユカが端的に感想を述べる。
「なんか……優しすぎるというか、嬉しい気持ちが漏れ出ているというか、なんというか」
「悪かったな!! 事実そのとおりなんだからしょうがないし、ケッカだって俺のこと、ちっとも兄として扱ってないだろうが!!」
「そっ、れは……」
それを指摘されると押し黙るしかしかない。ユカは大きくため息をつくと、自身が着ている浴衣の裾を握りしめて……少しうつむく。
自分では選ばない、そんな柄が目に入って……苦笑いを浮かべた。
「やっぱり……あたし、嘘って苦手なんよね」
「ケッカ……」
「やけんが……ここからは先は嘘つくの、やめる。政宗も……同じ気持ちで話、してくれる?」
そう言って顔をあげると、視線の先にいる彼が、真面目な表情で頷いた。
カニ……食べたい。
2人がラブラブツーショット(笑)を撮影した場所はコチラです。(https://maps.app.goo.gl/mV2AGA8gfyJpnb4b7)




