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エピソード3:投げる①

 週明けの月曜日、時刻は間もなく朝の8時30分。

 ユカは1人、仙台駅西口を出て、ペデストリアンデッキを歩いていた。

 乾いた空気に広がる冬の青空は美しいが、届く光の威力は明らかに弱い。吹き付ける風の冷たさを愚痴りたくても、いつも隣にいる彼の姿はない。

 今日は、政宗が週末分の振替休日のため、1人で仕事に向かっている。家を出る時にパジャマ姿でくつろいでいた彼に苛立たなかったといえば嘘になるが……土日と出ずっぱりだったし、結局、自宅で少し仕事をすると言っていたので、完全な休息とは程遠いことは分かっていた。

 それでも……いつもの平日よりもゆっくり過ごしてほしいと思ってしまう。

「……自宅なら横槍も入らんやろうけん、ね」

 ポツリと呟いた言葉は、朝の雑踏に紛れて消える。

 目的地へ向けて静かに移動しながら……ユカは昨日、政宗が『仙台支局』で仕事をしている時間に、統治と電話で話をしたことを思い返していた。


「あのさ、統治……『縁故』の能力って、例えば、精神的なショックだけでも生まれたりするんやろうか」

 ユカが気になっていたことを尋ねると、電話の向こうで統治が「可能性がゼロとは言い切れないが」と前置きをした上で、自身の見解を語る。

「少なくとも、俺の周囲にいる中途覚醒の『縁故』は……皆、何かしらの外的なショックが引き金の1つになっている。それは山本も同じだろう?」

 統治の言葉に、ユカは「そうなんよ」と息を吐いた。


 『縁故』には、統治や心愛、里穂のように、生まれた時から能力が開花している者と、ユカや政宗、仁義、環のように、なにかのキッカケがあって偶発的に能力が開花した者がいる。

 例えばユカは、当時住んでいたアパートの階段から転落して頭を強打したことで能力に目覚めたし、仁義は幼少期の自動車事故、環はサッカーボールが勢いよく頭部にぶつかったことが原因の1つだと考えられる。福岡にいるユカの親友・橋下セレナも中途覚醒だが、学校の階段から足を踏み外して落ちたことがキッカケだと聞いたことがあった。


 要するに、ユカの周囲にいる中途覚醒の『縁故』は、統治の言う通りに外的なショックが引き金の1つになっている人ばかりなのだ。勿論、育ての親を事故で突然失ったショックは計り知れないだろう。それで彼の心身がバランスを崩してしまい、能力開花に至った可能性はある。

 ただ……。

「政宗、例えば、お母さんやお祖母さんから虐待を受けとったとか、彰彦さんの事故に巻き込まれとったとか、そういう可能性があるんじゃないかって、思って」

 ユカの見解を聞いた統治は、しばし無言で考えた後……。

「それは確かにあるかもしれないが、佐藤が話したくないことを、これ以上詮索するつもりはないぞ」

「勿論、あたしもそれは同じ。政宗が話したくないことを無理やり聞き出すようなことはせんよ。ただ……」


 ユカが懸念していることは一つ。

 そしてそれは、統治も同じだろう。


「例えば、そういう理由があった場合、今回の2人の訪問って、政宗にとっては想像以上に心が追い詰められるっていうか……自分を保つために、必要以上に頑張りすぎるような気がする。政宗って……そういうの、本当にうまく隠すから」

「……そうだな」

 ユカの言葉に、統治もまた同意して……静かに息を吐いた。


 彼が過去を打ち明けてくれたことは、本当に嬉しかった。

 けれど、それと同時に……『この話はここまでだ』という、ラインを引かれてしまったような感覚も残ったのだ。


 彼が線引をすることに異論はない。ただ、その線の内側に残された彼が……1人で全てを背負い、無理と無茶を抱え込んで笑顔を貼り付けたまま、彼自身を痛めつけ続ける可能性があることを、少しだけ懸念している。

「だから、その……あたしも気をつけるけど、統治も何か気付いたことがあったら教えて欲しいなって思って。今月は3人が毎日揃って仕事をするわけじゃないけんが、あたしが休みの時とか、何かあったら」

「分かった。山本も、自宅で気になることがあったら教えてくれ」


 そんなやり取りをしてから最初の出勤日は、皮肉にも、政宗が1人だけ休みになってしまっている。ただ、今日も今日とて、夕方以降は『光のページェント』のための特別対応だ。彼のことにばかり気を取られて、仕事をおざなりにするわけにはいかない。

「頑張らんといかんね……!!」

 ユカが1人、白い息を吐きながら気合を入れ直した次の瞬間――


「――あ、あの、山本さん!!」

「うぇっ!?」


 死角から唐突に声をかけられ、変な声が出た。立ち止まったユカが声のする方を見てみると、いつの間にか翔子と正治が近くにいたことに気付き……思わず身構えてしまう。

「あ……おはよう、ございます。まさ……佐藤だったら今日は休みですよ?」

 とりあえず形式的に挨拶を返すと、翔子が一歩、ユカに近づいた。そして、何事かと顔をしかめるユカへ、大きく頭を下げる。

「その……何も知らずにひどいことを言ってしまって、本当にごめんなさい!!」

「え? あー……」

 ユカは内心で「急いでいる時間帯に公衆の面前で勘弁してくれよ」と思ったが、それを何とか、何とか、政宗への義理だけで押し殺して、苦笑いを浮かべる。

「いえ、こんな外見ですから、よくあることなんです。すいません、本当に急いでいるので……」

 早く開放してくれと言わんばかりに体を横へ向けるユカに、翔子は「あのっ!!」と声をかけて、胸の前で両手を握りしめた。

「厚かましいとは思うんですけど、いっ、お……お兄ちゃんに取り次いでもらうことはできませんか? 電話にもちっとも出てくれなくて……」

 刹那、ユカは苛立ちのままに大声で怒鳴りつけようかと思ったが、それを何とか、何とか、何とか、『仙台支局』のメンツを守るために押し殺して、感情を落ち着けるために深呼吸をした。

 そして、冷たい口調を意識して、冷静に翔子を諫める。

「すいません、それはできかねます。それに……土曜日のあの言葉が、佐藤の本心だと思いますよ?」

 ユカはこう言って、翔子の隣にいる正治を睨んだ。止めてくれよ、という苦情を視線で訴えたつもりだが、彼もまた翔子側の立場であること、また、政宗がいないことで少し気が大きくなっているのかもしれない。ユカの睨みなど意に介さず、したり顔で言葉を紡ぐ。

「確かに、佐藤さんの生い立ちを考えると、同情する部分はあります。ただ……彼も祖母とは血がつながった親族です。例えば、祖母が今後、行政の介護認定等を受けようとした際に、年収の高い親族がいると、それを理由に断られるかもしれないんです」

「だからって……」

 正治は遠回しに、「政宗の存在が自分たちの不利益になるかもしれないから、今のうちにそれ相応の対応をしてほしい」と言っているようにしか思えなかった。これは流石に、ユカも聞き流すことが出来ない。

 政宗が今の地位につくまで、どれだけ心を砕いてきたのか、彼らよりもずっと詳しく知っているから。

 だから思わず、本音が口をついて出た。

「正直……そちらの事情は存じ上げませんし知りたくもありませんが、それだけの備えをしてこなかったのも問題があるんじゃないですか!?」

「はぁっ!? 病気だからって何を言っても許されるわけじゃないんですけど!!」

 激高した翔子がユカに掴みかかろうとした、次の瞬間。


「――ほー。見てご覧よ、朝から喧嘩だ。どっちが勝つと思う?」

「自分は正直、どっちでもいいけど……あ、おはようケッカちゃん。今日も寒いね」


 突然に聞き慣れた声であだ名を呼ばれ、ユカが慌てて声の主を探すと……商店街の方からデッキの上を歩いてきた二人組に行き着いた。

 1人はユカもよく知っている。伊達聖人だ。

「伊達先生……!?」

 ただ、彼の隣にいる人物に……心当たりが、全く、ない。


挿絵(By みてみん)


「伊達……?」

 ユカの呟きを聞いた正治が、なにかに思い当たったように彼の名字を呟いた。そんな聖人はツカツカと3人の方へ近づいてくると、翔子と正治を交互に見やり、ユカに確認する。

「もしかして……こちらのお二人が、政宗くんの妹さんと弟さんかな?」

「え? あ、はい、そうです……あのー、伊達先生、朝からどうしたんですか? あと、あちらの美人さんは……」

 ユカの視線の先、聖人の数歩後ろには、赤いロングコートと編上げの黒いロングブーツが似合う、長身の人物が立っていた。長い茶髪をポニーテールにして、切れ長の瞳が自分たちを楽しそうに観察している。先程聞いた声も低めだったため、女性にも思えるし、男性にも思える。要するに全く分からない。

 聖人は狼狽するユカを見つめ、わざとらしく首を傾げた。

「おやおや、統治君から聞いていないかな? 今日の朝イチバンに聞いてほしい話があるから、事務所を適温にしておいてねって伝えておいたのに」

「そ、そうだったんですね。スイマセン、ちょっと忙しくて連携がうまくいっていないっすねぇ……」

 ユカが苦笑いで場を濁していると、聖人と連れ立っていた人物が、ブーツの音を響かせながら近づいてきた。そして、困惑している翔子と正治を見やり、首を傾げる。

「そこの彼、君が先程語ったのは……生活保護のことかな? それとも、介護認定のことかな? 先程から考えているけれど、どちらなのか判断出来ないんだ。どっちなんだい?」

「は? え、えっと……」

 急に尋ねられた正治が言葉を探していると、その人物は正治の釈明を待たずに、言葉を続けた。

「仮に生活保護を希望した場合、援助できそうな経済状況の親族がいれば、連絡がいくこともあるだろう。ただ、その親族が正当な理由で断った場合、今の行政はこれ以上深追いしないことが多い。そもそも同居家族がいるならば、生活保護なんて話にならない可能性も大いにあるだろうね。ちなみに一般的な介護認定は経済状況ではなく、認定を受ける本人の状況で判断される。認知機能とか運動機能とか、そのへんのことでね。介護保険の本人負担は、利用するサービスによって変わるけど……」

 まるで独壇場のように淀みなく語るその人物は、改めて、正治へ視線を向ける。

「先程の話を聞いた限りでは、その2つを混同しているようだ。それとも……君たちの住んでいる町は、金持ちの親族が1人でもいると、責任を放棄するようなところなのかい?」

「それは……」

 この問いかけに即答できず、正治は困惑した表情で口をつぐんだ。すると相手は白い息を吐き、コートの前で両腕を組む。

 そして、にべもなく言い放った。

「この違いすらも答えられないならば、知ったかぶりだと言われても仕方ないな。勉強不足なのか勘違いだったのかは知ったことではないけれども……結局、恥をかくのは君自身だ」

 正治を真正面から言い負かしたその人物は、事情を飲み込めないユカへと視線を移す。

「なるほど、君が山本さん……ところで、寒いから早く暖かいところで美味しいコーヒーでも飲ませてくれないかな? 私はまだ、仙台の寒さに体が慣れていないんだ」

「えっ!? あ、はい、はいっ!! 分かりました!! こちらですっ!!」

 ユカはこれ幸いとばかりに翔子と正治へ軽く会釈をすると、先人を切って、『仙台支局』が入っているビルの方へを向かう。

 今はもう、振り向きたくなかった。


 時刻はすっかり9時5分すぎ。

 ユカが連れてきた2人組を見た統治は、引きつった顔で「おはよう、ございます……」と挨拶をした後、瑞希に「コーヒーを2つ、お願いします」と対応を引き継ぐ。そして、疲れた顔で自席に荷物を置くユカへ近づくと、小声で問いかけた。

「おい山本、伊達先生の隣にいるのは誰なんだ?」

「知らんけど……って、統治、伊達先生が来ること知っとったやろ!?」

 統治からの情報伝達不足に苦言を呈するが、統治は困惑を隠さずに頭を振った。

「確かに、伊達先生が山本を訪ねて来るとは聞いていたが、連れがいるとは聞いてない……!!」

「えぇっ!?」

 刹那、ユカの声に驚いた瑞希が、カップを用意しながら「ヒッ!?」と身をすくめる。ユカは「失礼しました……」と瑞希へ謝罪しつつ、先程のことを簡単に説明した。そして。

「統治……悪いけど、同席してくれん? あたし1人では手に負えん奇人の気配がするとよ……!!」

「……分かった」

 不承不承頷いた統治は、外部の邪魔が入らないように、支局の電話を留守番電話へ切り替えた。そして、コーヒーを配膳して戻ってきた瑞希へ事情を説明した後、銀行と郵便局、市役所で用事を済ませてきて欲しいと頼み、彼女を外出させることにした。

 空気を読んで外出してくれる瑞希を見送った後、ユカは自席にあるノートとボールペンを手に取り……今日は主がいない、奥の席を見やる。

 慌ただしい週明けに不在の支局長が、少しだけ、恨めしくなった。

 遂に登場、夏明さんです。

 変な人ですね。

 でも、お顔立ちは整っていらっしゃいますね!!


 と、いうわけで作中に挿絵として使わせていただいたイラストは、狛原ひのさんに描いていただきました。ありがとうございますー!!

 赤いコートとポニーテール、自信満々の表情……と、どこを切り取ってもクセスゴな夏明を、バシッと表現していただきました。伊達先生がもっと胡散臭く見える!!(褒めています)

 こんなにドヤ顔が似合う夏明さんが何者で、何をしにやってきたのか。それを語るのが次の話でございます。

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