エピソード2.5:サンタクロース失踪中
「……生徒会長としての引き継ぎは、こんな感じかしら。説明が不足していたところはない?」
冬の厳しさが増してくる放課後、場所は秀麗中学校、生徒会が活動拠点にしている3階の空き教室にて。
手元の資料の説明を終えた阿部倫子は、その視線を、向かい側に座っている次の生徒会長へ向ける。
視線を向けられた彼女は、改めて資料を頭から確認して……顔を上げる。
「大丈夫、だと、思います……ただ正直、やってみないと分からないというか……」
「そうよね。でも、名杙さんなら大丈夫よ」
「だと、いいんですけど……」
そう言って苦笑いを浮かべた心愛は、改めて、自分が担うことになった役職を意識した。
先月の文化祭が無事に終了したことで、現メンバーの3年生も生徒会を引退。これからは自身の進路を確立するために勉学に励むことになる。
そして、倫子の次の生徒会長として選ばれたのは、心愛だった。
ある意味では彼女しかいないと言うべきかもしれない。森環は相変わらずパソコン部と陸上部と生徒会を掛け持ちしているし、残り2名はまだ入って間もない1年生。消去法で自分しか残らないことは、ずいぶん前から分かりきっていたのだ。
とはいえ、県内外に名高い私立中学校の生徒会長である。校外の行事参加も地味に多く、倫子は成績を維持しながらこれもこなしていたのかと思うと、改めて尊敬してしまう。
心愛は資料をトントンとまとめた後、用意しておいたクリアファイルに挟んだ。そして、改めて倫子を見やり、助言を仰ぐ。
「副会長は、森くんより千葉さんにお願いした方がいいですよね」
心愛が1年生・千葉湊の名前を出すと、倫子もはっきりと頷いた。
湊は昨年の秋、生徒会に加入してくれた1年生だ。同じタイミングで別の1年生・前田利家も生徒会に加入してくれたけれど、彼の引っ込み思案な性格を考えると、副会長に任命すると逃げられてしまいそうな気さえする。
一方の湊は、元々身長が高いことでバレー部にスカウトされた少女だ。運動が苦手な彼女は周囲との実力差を痛感して退部しているが、部活メンバーとの関係性は特に悪くないし、生徒会でも年上の先輩を相手に、問題なく立ち回っている。要するにこれまでの活動もそつなくこなしているため、心愛や周囲がフォローをすれば、きっとすぐに慣れてくれるだろう。そんな思いと期待があった。
そしてそれは、倫子も同じ認識なのである。
「森くんは今まで通り、千葉さんに副会長、会計に前田くんがいいと思うわ。並行して他に参加してくれそうな人を集めることは必要だけど、私達が卒業するまでは、今の4人で運営することに慣れたほうがいいと思うの」
「分かりました。千葉さんに断られないといいなぁ……」
脳裏をかすめた懸念事項を苦笑いで呟くと、倫子が「大丈夫よ」と笑顔で頷いて。
「私や先生からも話をしておくわね」
「ありがとうございます。阿部会長も勉強が大変なのに……」
これまでの癖で呼びかけると、倫子がいたずらっぽく笑って首を振った。
「あら、私はもう『会長』じゃないわよ、名杙会長」
「えぇー!? 心愛の中ではずっと会長なんですよぉ……うぅ、どうしよう……普通に『倫子先輩』でいいですか?」
「好きに呼んでくれて大丈夫よ」
「ありがとうございます。島田先輩も追い込みが大変みたいなので……倫子先輩も、無理しないでくださいね」
心愛がこの場にいない島田勝利の話題を出すと、倫子も「そうね」と同意する。
これまで副会長として共に奔走してきた勝利は、付属の高等部でも最もレベルの高いコースを志望して猛勉強中。放課後は塾の課外学習にも通っていると聞いている。
勝利と同じコースを志望している倫子は金銭的負担を考慮して、塾に頼らず、学校に残って勉強している。そのため、勝利の姿を前ほど見かけることはなくなったけれど。
近しい知人が目標を目指して突き進んでいる姿は、彼女にとっても良い刺激になっている様子だ。
「島田くんが合格して、私が不合格……なんてことにならないよう、頑張るわね」
「流石にそんなことはないと思いますけど、でも、2人とも合格して欲しいなぁ……元副会長が受験失敗、なんてことになったら、後輩は絶対に寄り付いてくれませんよ」
「確かにそうね。不甲斐ない姿を見せないよう、最後まで頑張るわ」
そんな会話をしながら心愛が笑っていると、こちらへ近づく足音が一人分。そして。
「……阿部会長、名杙がどこにいるか知りませんか?」
扉を開けて倫子に声をかけた環が、振り向いた倫子の正面にいる心愛に気付いた。
環は数秒間、その場で立ち止まり。
「……すんません、見つけたんで大丈夫っす」
そう言って軽く会釈をする。
その様子を見た心愛は、強く確信した。
「やっぱり、阿部会長は阿部会長なのよね……」
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時と場所は変わり、時刻は18時30分を過ぎたところ。
勤務している『透名内科・小児科クリニック』の職員用通用口から外へ出た富沢彩衣は、身を刺すような冷たい風に出迎えられ、反射的に顔をしかめる。
まだ夜の7時前だというのに、周囲は闇に包まれている。少し小高い位置にあるこの病院へは、街明かりも、国道を走る車の音も届きづらい。
櫻子が残っていれば、彼女へスマートフォンの使い方を少しレクチャーするのだが、今日の櫻子は終日、登米の病院で仕事だった。そのため、今、これ以上ここに残る理由は特にない。
マスクをしているせいでメガネも曇ってしまい、すこぶる視界が悪い。さっさと車へ乗り込んでしまおうと決めて足を進めていると……駐車場で話をしている声が聞こえた。
この時間帯は職員以外、誰もいないはず。しかし、2人とも聞き覚えがある声だ。
刹那、視線が彩衣の方へと向けられて――
「――おーおー、ヤエちゃん、お疲れちゃーん」
「……その声……安常先生、ですか……!?」
近づいてきた彩衣に気付いた一人――安常夏明が、軽い仕草でひょいっと右手を挙げた。
予想外すぎる人物との邂逅に、彩衣は思わず目を見開くと……小走りで近づいて、きちんと頭を下げた。
「……本当に、お久しぶりです。気付かずに失礼しました」
「そういうのいいって。ヤエちゃんは相変わらず真面目さんだね。まーくんとは雲泥の差だ」
「なっちゃん、そういうのは思っても口に出しちゃダメなんだよ? 伊達先生、悲しくなっちゃう」
夏明の隣にいた伊達聖人が、特に悲しくもなさそうな様子で口を挟む。聖人が珍しく彩衣よりも先に出た理由は、駐車場に待ち人がいたからだということが分かった。
それにしても……神出鬼没な人物とはいえ、こんな場所で再会するとは思っていなかった。彩衣はカバンを持ち直すと、オズオズと問いかける。
「安常先生……いつ、宮城に戻ってこられていたんですか?」
「ついこないだ、ですな。もっと暖かくなってからにすればよかったと思ってる系」
「そうでしたか……ではまた、総合病院で勤務を?」
「はてさて、どうなることやら。だって、まーくんもヤエちゃんもこっちなんでしょ? 寂しすぎる系」
そう言ってクリニックの建物を指差す夏明を、彩衣はじっと見つめた後……本題を切り出すよう促した。
「……安常先生が寒空の下で暇を持て余すような方だとは思えません。何か、私に用があったのではないですか?」
刹那、夏明が口元に笑みを浮かべる。
「さっすがヤエちゃん、話が早いね。単刀直入に言うと、君をスカウトしにきたんだ」
「スカウト……?」
「そ。ただし期間限定だけどね。とはいえ、ここだと寒すぎて口が回らないから、移動した先で話をしても?」
夏明はそう言って、聖人の車を指さした。ここから移動するらしい。
相変わらず何を言い出すのか分からない人だけど、これも今に始まったことではない。
そして……夏明がわざわざ待っていたということは、彩衣にしか出来ないことである可能性が高い。誰にでも頼めることならば、それこそ、聖人に言えばいいのだから。
詳細を聞いた上で判断しようと決めた彩衣は、「分かりました、ついていきます」と言って、自分の車へ乗り込んだ。
冷え切った車内を暖めるため、エンジンをかけてヒーターをつける。荷物を助手席に置いた彩衣は、マスクを外してカバンの上に置いた。そして、動き出した聖人の車を見失わないよう、アクセルを踏んでゆるやかに発進する。
彩衣が夏明と初めて会ったのは、いつのことだったか。
誰と一緒にいる時に、誰から、紹介してもらったのか。
自分に笑顔を向けてくれている、あの男性は……誰だったのか。
そんなことを咄嗟に思い出せないくらい……時間が経過してしまったようだ。




