83 ハナの頼み
ハナの放った工具が顔面を直撃し、世界が暗くなる。
おおゆうしゃよ、しんでしまうとはなさけない―――っと、頭を激しく左右に振って遠のく意識を引き戻した。こんなしょうもない最後でたまるか。
「大丈夫ですかーー?」
「あぁ…なんとか―――おわっ!キモ!?」
声をかけられ見上げると、ハナが四足歩行で壁を垂直降下してこっちに迫ってきており、思わず声を上げてしりもちを着いた。
その姿は蜘蛛か、はたまたエクソシストか、とにかく不気味だ。
ハナはそのまま地面に降りたち、俺の上に覆いかぶさった。
突然の大胆な行動に俺は体が固まる。ハナは俺の顔を至近距離でマジマジと見つめてきた。あと数センチもすれば唇が触れてしまうほどの距離だ。
「ふむ……ふむふむ………体温が上昇しているようですね。顔の赤みも酷い。内出血を起こしていては大変です」
火照っているのは工具直撃とは別件なのだが、そう診断した彼女はどこからともなく透明な筒のようなものを取り出すと、おおきく振りかぶって俺に向けて突きつけてきた。
間一髪、彼女の腕を白刃取りして容器についた針が俺の鼻先手前で止まる。それでも彼女はそれを俺に押し付けようとしてくる。馬乗りになられているため体勢は極めて不利だ。
「ぐぐぐ…どうして止めるんですか?」
「ふぬぬぬぬ…止めるだろそりゃあ。得体の知れないもん注射されそうになって、止めない理由がないだろ」
「安心……してください………これは傷口が5分前の状態に戻ると……いいなと思って作った薬ですから……ぐぐっ」
「いいなと思ったってそれ……希望的観測じゃねぇか!」
「魔物には効きませんでしたが……人ならあるいは…」
「ぐななな……うらぁあああ!!!」
全身全霊を込めて、ようやく俺は彼女を引き離すことに成功した。
互いに満身創痍で、並んで大の字に転がっている。
危うく治療と称して殺されるところだった。
なんなんだこいつは、人の姿をしているが蜘蛛の魔物かなにかか?
「はぁ…はぁ……疲れた………ったくなんなんだ、いきなり襲ってきやがって。勇者に恨みでもあんのかよ…」
「いえ……はぁ………襲ったのではなくて、私は治療をですね………はぁはぁ…」
絶え絶えの息の合間を縫って言葉を交わす。
まったく、かかなくていい汗をかいてしまった。
ようやく落ち着いてきたところで体を起こした。
「それに私は勇者擁護派ですから」
「擁護派?」
「擁護派といっても、意欲的に擁護してる訳ではありませんが。いわゆる無関心派です」
「兄貴の方は……えっと、なんて言うんだ?擁護じゃない派なんだろ」
「えぇ、勇者非難派です。何か言われましたか?」
「いや、でもそんな目してたから」
「そうですか。さて…」
ハナは気持ちを切り替える掛け声で起き上がって再び壁に向かう。
「何やってんだ?」
「修理です、送風機の」
彼女がさっきまで張り付いていた場所を見ると
、確かに壁の一部がパネルのように開いている。
彼女は壁に手をつけたり離したりしてなにやら感触を確かめている。
よしっ、と納得の得られた声を出すと、再び壁に張り付いて登りだした。
壁を駆け下りてきた時のような、蜘蛛やトカゲを思わせる勢いはない。どちらかというと、水中のサンショウウオのようだ。
「それは?」
どうやら手に装着したグローブの力によって壁に張り付いているようだったので、気になって聞いてみた。
「話しかけないでください集中してますから」
と言いながら先程のように手を離して足裏だけてぶらさがるような体勢でこちらに向く。
案の定、腰から工具一式が地面に落ちる。あと白衣とスカートが垂れてパンツ丸見えなのだがハナは全く気に来ている様子がない。
「これは魔力を通すと真空状態を作り出す装置です。真空状態は吸着力を生みます。それによりこうして壁や天井に張り付くことが出来るのです。名付けて『真空魔導拳』です」
話しかけるなといいつつ、懇切丁寧に説明をしてくれた。
どこか聞き覚えのある必殺技のような名前はともかく、原理はスパイ映画でもありそうな想像の範囲内のものだった。
ハナは地面に手を伸ばし、壁倒立の要領で体勢を戻すと地面に散らばった工具を拾い集める。
「なぁ、その魔道具、もしかして結構使いづらいんじゃないか?」
「そうですね。両手足各々のタイミングでの魔力のオンオフに、身体も自力で支えなければならないので非常に消耗が激しいです。この装置は失敗ですね」
俺は魔法が使えないから魔力の操作がどの程度の難易度だかは分からないけど、両手両足バラバラに作業をするのは大変だろうなとは想像がつく。
それになにより、手足が壁にくっつこうとも自重を持ち上げるのは自力だ。肉体的負担はロッククライミングと変わらない。
また登ろうとしているところを見ると、まだ作業が残ってるんだろう。
例えこの場を離れたとしても『きっと今も危険な作業を続けているんだろうな』と頭をよぎるとやっぱり少し心配になってしまうだろう。
だったらそんな心配は俺の心労を減らすためにも無くしておいた方がいいだろう。
なぁそうだろう。
よし!
俺は地面に手を着き、領域を展開する。これで周辺の地面は自由に操れるようになる。
続けて階段を創造っと、土が段々にせり上げて壁中腹のパネルの高さまで伸ばした。ちょっと角度は急だが頂上には平場を作ってあるし、壁に張り付いて作業するよりは安全で楽だろう。
「あなた…もしかして本物の勇者様なのでは?」
「まさか。ちょっと土魔法が得意なただの野菜業者だよ」
「冒険者なのでは?」
「そっちは副業、本業は農家だ」
ピエールの店に野菜を卸して収入を得ていたのだから間違いではない。
よくよく考えれば冒険者ギルドにもキノコしか納品してないのでは?
やはり俺はダンジョンマスターなんかじゃなくてキノコマスターと名乗るべきだな。
「あなたにお願いがあります!」
ハナがずいっと顔を近づけて言う。
だから距離が近いって!
女の子にそんなに迫られたらビックリするだろうが。あと声の音量も間違ってる。
俺がちょっと引いてることに気づいてないのか、気にしてないのか、ハナは言葉を続ける。
「私と一緒にダンジョンに行ってください!」
「はぁ?ダンジョン?」
唐突すぎる頼みだが、彼女の目を見る限り冗談で言ってるのでは無さそうだ。
「ついてきてください」
彼女は機敏に体を離すと、俺がついてくるかも確認せずに早足で歩き出す。
え、なに?なんで唐突にダンジョンに行く流れになってるわけ?
「いや、俺、ダンジョンはちょっと…なんていうか、ダンジョンに入ってはいけない病というか……てか、作業はしなくてもいいわけ?」
なんと言い繕えばいいか分からないが適当に言葉を並べる。なんだよダンジョンに入ってはいけない病って、ダンジョンマスターだろ。酷いにも程がある。
「修理は明日でもいいんです」
そう言って彼女が向かった先は家の中だった。ドアを開けてこちらを振り返り、俺に来るよう目で訴えて待っている。
仕方なく彼女の家に足を踏み入れる。
家の中は様々な器具やよく分からない機械がそこかしこに転がっていた。整理整頓という言葉の居場所が見当たらないそこは、いかにもって感じのラボだ。こういうの、わりと嫌いじゃない。
ハナは部屋の奥にあるボードの前に立つ。
「これを見てください。私はこれを完成させたいんです!」
ボードに貼られた用紙、そこには何を表しているのかが容易に想像出来る絵が描かれていた。




