82 ピンスモグ2日目
ススムを案内したヘルトがフリッパの待つ執務室へ戻ってくる。
「おお!よくぞ無事に帰ってきた!」
「勇者様をお部屋へ案内しただけですから」
「いやいや、なんといっても相手はあの『貴族殺し』だ。いつ剣を抜いてくるか分かったもんじゃない。それで、勇者様の様子は?何か気に触る様子などはなかったか?」
「いえ、特に変わったことは。お部屋も気に入って頂けたようです」
「そうか。くれぐれも失礼のないようにな。最大限のもてなしをするのだ」
「存じております」
「ああ、しかしなぜこんな時期に。儂の計画を察知して視察に来たとしか思えんのだが」
「フリッパ様の計画は今やアリア様主導の元に進んでおります。勇者様もアリア様が引き入れたとすれば心配はないかと」
「そうかもしれんが…1度アリア様と話してからでなくては、早合点して迂闊に口を開くのは得策ではない。よいなヘルト、決して、決っっっして!!!余計な言葉を漏らすでないぞ」
「はい」
「うぐっ……」
「どうされました?」
呻き声をあげて腹をおさえるフリッパは引き出しから薬を取り出し、乱暴に口にほおると水で一気に流し飲んだ。
「はぁ……はぁ………何でもない、ただの胃痛だ」
コップの水を飲み干してなお息の整わないフリッパはぐったりと椅子に沈んだ。
「私は夕飯の支度を見て参ります。今日くらいは私がチェックしておいた方が良いでしょう」
「そうだな、頼んだ。お前は本当によく気が利いて助かる」
「お褒めに与り光栄です。それでは失礼致します」
疲れきった様子のフリッパを置いてヘルトは部屋をあとにした。
「はぁ……、アリア様に続いて勇者様まで。もう止まることは許されんのか………。本当にそんなことが可能なのか?」
フリッパは腕で目を覆い、もう一度深いため息をついた。
―――外が明るい
朝か?
どれだけ寝てたんだ。ここに来たのは昼過ぎだったから、半日以上も眠ってたのか?
まさか数日間目を覚まさなかったなんてことは流石にないだろう。
部屋を見回して記憶を反芻する。
ミスティによってピンスモグの町に拉致された。それで領主に部屋を用意してもらった。そのまま久々のベッドで爆睡してしまった。
こんなにゆっくり寝たのはこっちの世界に来てから初めてかもしれない。………いや、モグネコ族の村でも同じことを思った気がする。
体を起こして伸びをする。身体が目覚めてくると腹が減っていることを認識させられた。
とは言っても屋敷の勝手が分からない。
何か合図があるのかもと部屋を見回してみるが、特にベルが置いてあったりはしなかった。
なんとなくバルコニーに出てみた。
うむ、何度見ても不気味な町だ。
目に映るのは蔦に絡まれたビルの残骸。その構造物は地球を思わせる。
「絶対に転生者が絡んでるよなぁ…」
この景色をみれば自分以外の転生者の存在を確信せざるを得ない。昔の事なのか、今もいるのか分からないが、確実に存在していたと言えるだろう。
珍しく真面目にこの世界のこと、自分のことを考察する。
目の前のトラブルだけでいっぱいいっぱいで根本的な自分の状況を考える時間ってあまり取れていない。
プロンタルトのその後も気になるけど悩んだところで知れることではない。みんな強いからきっと何とかしているだろう。
たまには自分の境遇と真剣に向き合うことも必要だ。
まずはそうだな、自分の周囲にいる人達の事でも改めて考え―――と思った矢先だった。
爆音が響いて目の前の建物が爆発、俺はピンクの爆風に襲われ、部屋の中まで飛ばされた。
それを皮切りに町の至る所で爆発が起きている―――と思われる。視界がピンク1色で何も見えないが爆発音がいくつも聞こえ、俺が初めて町に入った時の光景が連想される。
「ゲッホゲッホ……またかよっ!」
「勇者様、大丈夫ですか?」
煙で誰だかは見えないが部屋に誰かが入ってきて声をかけてくる。
窓を閉める音、続いて耳障りな機械音が聞こえて、徐々に部屋の中の視界が戻っていく。
部屋にやってきたのはヘルトだった。
「勝手に入ってしまい申し訳ありません。扉から煙が漏れているのが見えたものですから」
「いや、助かったよ」
部屋の中に充満していた煙はもうほとんど残っていない。騒音の元を探すと暖炉が、どこか聞き覚えのある唸りを上げていた。
気になって指さして聞いてみる。
「それは?」
「はい?暖炉のこと……ですか?」
「なんか、動いてるみたいだから」
「………こちらは暖炉型冷房機能付き空気清浄機です」
「あ、あぁ…そうなんだ。なんか凄いね」
「消臭機能や滅菌機能、脱出装置も備わっております」
随分と欲張りな機械のようだ。
「この爆発、なんなの?」
「ピンスモグの研究者は研究を行える時間が決められているのです。そのため、終盤になると無茶な実験などを行う者が多くおり、結果として町中で一斉に爆発が起こるということです」
「お、おう。なるほど…」
よくわからんが、この町にはイカれたやつが大勢いるってことだな。
「よろしければすぐに昼食をご用意できますが」
「え、あぁ頼むよ」
「かしこまりました。ではこちらへどうぞ」
ヘルトは優雅な立ち振る舞いで俺をエスコートする。
案内されたのは縦長にでかいテーブルのある広い部屋だ。
リビング?ダイニング?なんと言っていいか分からないが貴族が食事をするためだけに持っている広い部屋だ。
そこで1人で食事をとらされた。部屋には俺以外はヘルトと給仕の女性が静かに立っており、それ以外には配膳する別の給仕が出入りする。
料理は素晴らしいものなのだが……シチュエーションが味気ないな。
これまではだいたいリユースコレクションで食事をとっていた。雑な店で大雑把な料理を山賊まがいの連中に囲まれて食べていた。はっきり言って料理の味以外は最悪かと思っていたが、あの喧騒がなくなってしまうとそれはそれで物足りなさを感じてしまう。
アーヴァインの店は無事だろうか。ていうかアーヴァインとか他のギルドメンバー達は無事なんだろうか。戦闘の途中で別れたきり姿を見ていない。子供たちも保護はしてもらったもののゴードンだしなぁ……心配だ。みんな無事だと良いんだけど。
慎ましく食事を終えて、特にやることも無くなったので散歩に出ることにした。
屋敷を出るとすぐに、昨日ジロハナ兄妹と別れた家がある。
と、見れば妹のハナが壁の中腹に張り付いている。
垂直で突起も見当たらない真っ白な壁、その2階あたりの高さに文字通り、木に留まるセミのように張り付いている。
あれは、大丈夫なんだろうか?
何をしているのかって興味が湧いたのもあるが、もしかしたら何らかの理由で立ち往生しているのではという心配も浮かんで近づいてみる。
真下まで来て声をかけようかと思った時、ハナの手が壁から離れ、身体が中に投げ出された。
「あっ!」
思わず声を上げる。
しかしハナの足裏は壁から離れる事なく壁に張り付いており、鉄棒に膝裏をかけてぶら下がったような姿勢で止まった。
いや、ハナは落ちてこなかったのだが腰に巻いたベルトに差されていた数々の工具類は重力に従って落下する。それは下から見上げていた俺目掛けて降り注いだ。
なんとか避けようと試みるも残念、そのうちのひとつが俺の顔面を直撃した。




