84 ロケット
ハナの示したボードに描かれていたのは流線型の三角錐の両端に羽根がついている図だ。一言で言い表すならばミサイルなのだが、胴の真ん中に大きな窓が付いており、下には星を思わせるような絵も描いてある。
つまりコイツはロケット、スペースシャトルだ。
「私はこれを完成させたいんです!この、超高々度緊急打上信号弾を!」
ちょうこう…うちあげ―――なんて?
「これは非常時の際にそれを知らせるための信号弾です。高高度に打ち上げることによって周囲の街にまで危険を知らせることができます」
いや、どう見てもこれはスペースシャトルだろ。
「それは違いますよ!」
「うおっ!?」
目の前の床がガバッと開き、男の顔が生えてきた。
「ハナ、またボードを弄ったのですか。これの正しい向きは…こうです!」
床の穴から飛び出してきたジロはロケットの絵の描かれたボードを90度回転させる。
当然、空に向かって垂直に飛び立っていたロケットは、地面に沿って水平に飛ぶ絵に変わる。
「これは対空砲!どんな遠距離へも届き得る高威力のミサイルです!」
ハナがすぐにボードの向きを戻す。
「いいえ、これは信号弾です!」
次はジロのターン。ボードが回転する
「いいや、これはミサイルです!」
そうすればもちろん、次はハナが……そしてジロが……そんなやり取りが続き、やがて両者がボードを掴んでそれぞれの望む向きに変えようと力む。
「お爺様は勇猛だった。その勇気を持って魔物を蹴散らしたはずです!」
「いいえ、お爺様は老獪だった。その叡智で堅実な手段を選んだはずです!」
互いに1歩も譲らないジロハナ兄妹。
「あなたはどちらだと思いますか!?」
急にハナが俺に話を振ってきた。
「む、貴方は勇者。なぜここに!それで、貴方はどちらだと思いますか!?」
ジロも俺がここにいる事よりも俺の答えの方が重要らしい。
「いや…その……それさ、ロケットじゃね?」
正直に答えた。
「「ロケッ………ト?」」
2人が息ぴったりに声を合わせ、そして首を傾げる動作も合わせて聞き返してきた。
「だから、それに乗って宇宙に行くんだよ。空のさらに向こう側へ」
この世界に『ロケット』が、そして『宇宙』という概念があるのかわからないから説明をつけ加えて答える。
空のさらに向こう側へ―――とか口にしてちょっと恥ずかしくなった。
しかし2人はそんな俺を冷静な目で見ている。
「それは有り得ません」
と、2人が声を揃えて言う。
今の今まで熱く言い争ってたのに、その熱量と不仲はどこに行った?
「お爺様はこの対空砲を5年前、白昼の悪夢で使用しようとした。それが乗り物とあっては用途の説明がつきません」
「そうです。お爺様は魔物の群れに対抗するためにこの信号弾に、自らの命をかけて乗り込んだのです。その正体がロケットということでは行動の説明がつきません」
「いや、それならさ………逃げようと思ったんじゃない?」
白昼の悪夢ってのはモンスターの氾濫らしい。町に大量のモンスターがやってきたから逃げようと思ってロケットに乗り込んだ。それだけの話なんじゃないか。
実に簡単な答えだ。込み入った事情や俺の勘違いがなければそれ以外は考えられない。
しかし、俺の言葉を聞いた2人はその答えは受け入れられないとばかりに驚いた顔でかたまった。
「なんか、ものっそい顔してるけど…普通に考えたらそうじゃない?」
2人は表情を固めたまま顔を見合わせて、そして俺の方に向き直る。
「ありえませんね、お爺様が皆を見捨てて1人で逃げるなんてことは」
「ありえませんね、お爺様が町を見捨てて1人で逃げるなんてことは」
なんだろう、この俺が悪いみたいな空気は……。聞かれたから率直な意見を述べただけなのに、この意見だけは絶対にのめないという態度が圧をかけてくる。
「はいはい、悪かったよ。俺はそのご立派なお爺様を知らないからな。2人がそういうんならそうなんだろう」
さして興味もない話だ。適当に切り上げて終わらせよう。知らん人の知らん研究で口論するつもりはない。
「お爺様を知らないと?いえ、そういえば貴方は勇者の格好をしているだけの方でしたね」
2人の祖父と勇者は知り合いなのか。
ていうか、白昼の悪夢の時ってことは5年前、割と最近の話だ。
「私は探索に向かいます。ハナはちゃんと送風機を直しておくように」
「分かってますよ!」
兄の一言が気に触ったように、ハナは少しトゲのある声で返事をした。
ジロは元来た床下の出入口から帰っていった。
「はぁ…、私だって魔石が必要なのに」
ひとつ溜息をこぼしたハナはロケットの描かれたボードを自分の理想とする角度に戻す。
「そうだ!魔石です!」
急に思い出したように声を上げて俺に向かってきたハナ。
勢いよく顔を数センチの距離まで詰めて真っ直ぐに俺の目を見る。
だからいちいち近いんだって。ドキドキしちまうだろ。こいつにはパーソナルスペースという概念がないのか?
「ダンジョンに行きましょう!信号弾を完成させるために魔石が必要なんです!」
ハナはそう言い切るとすぐにリュックを引っ張り出して色々と詰め込んでいく。
「え、いや、今から?なんか修理しなきゃいけないものがあるんじゃ」
「それは明日でも構いません。魔石を手に入れる方が重要なんです!」
そういやさっきもそんなこと言ってたな。
それは彼女の我儘で、本当は今日中にやらなければならない事なんじゃないかとも思えるけど、まぁ俺の知ったこっちゃない。
だからといってダンジョンに行くかというと、それも了承してない訳だけど、彼女の中では既に確定事項であるかのように俺の返事など一切待たずに準備を進めている。
何か予定がある訳でもないし、暇だから別にいいんだけど。
「それでは参りましょう」
ヘルメットを被りリュックを背負ったハナ。
こうして2人でダンジョンに出向くこととなった―――はずだった。
ダンジョン入口。俺の右隣にはハナ、そして左隣には気弱そうな男の子が並んでいる。




