81 領主フリッパ
新年度ですね
「どうすれば……どうすれば………どうすれば…………あああああああ!!!どうすればぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
ピンスモグを治める領主、フリッパは頭を抱えて自室を右に左に忙しなく歩き回っている。
40代という若さで領地を任されたフリッパ。長髪を束ねて結んでおり、ワイルドさを含んだ男前の顔立ちをしている。といってもこの特殊な町にはフリッパを異性として見てくれるような異性はいないのだが。そんな男前が今は恐怖に顔をゆがめ、汗と涙を流しながら喚き散らしている。
「フリッパ様、少しは落ち着いてください」
「これがどうして落ち着いていられる。勇者が!本当に勇者が来てしまったのだぞ!ああああ…もうダメだ、お終いだ、儂は殺されるんだ…」
「まだ殺されると決まった訳ではありません」
フリッパを宥めるのは執事のヘルト。燕尾服を着こなし、髪をビシッと七三に固め、メガネを光らせてこれでもかと姿勢をただし、フリッパとは対照的に無駄に堂々と立ち振舞っている。
「お前は何故そんなに落ち着いていられるのだ。儂らがやっている事が勇者様に知れたら………ああああお終いだぁ!!!」
「心配ございません。フリッパ様の行いはアリア様の意向を汲んでのことでございます。それに」
「それに?」
「いざとなれば『全ては領主の独断だった』『私は無理やり従わされていただけ』と慈悲を請います。なので私は心配ございません」
「おまっ!馬鹿このやろーーっ!」
「あの、領主様……あの、勇者様を応接室にお通ししたのですが………あの、聞いてますか?」
実は先程から扉傍で兵士がずっと声をかけていたのだが混乱の極みで喚き散らすフリッパはようやくその声に気づく。
「うるさい!なんだ!」
「いえですから、勇者様を応接室に――」
「なんだと!?何故それを早く言わない!」
「私は先程から何度も――」
「急ぐぞヘルト!待たせると殺されるかもしれん!」
フリッパとヘルトは急ぎ足でススムの待つ部屋へ向かう。
応接室の通された俺はフリッパというこの町の領主と向かい合っていた。
「……………」
「……………………」
「…………………………………あの」
「ひっ!?」
「………………………」
なんなんだこの沈黙は………。
フリッパはガタイがいいくせに背中丸めて縮こまって一向に俺と目を合わそうとしない。
滝のように汗を流し、俺の一挙手一投足を端目に伺っている。
口を開こうものなら声を上げておびえる始末だ。
その横に立つ執事?のような男は打って変わってどうにも胸を張りすぎなように思える。こちらにアゴを突き出したその姿勢はもはや俺を見下しているようにも思える。
領主フリッパは部屋に入ってきた時こそ声を大にして世辞を並べてきたけど、座って向かい合うとすぐにトーンダウンしてそのまま黙りこくってしまった。
俺から話すことは何も無いんだが、向こうも口を開く様子がない。
たしか、部屋を用意してくれてるって言ってたよな。
「あの」
「ひぅ!?………は、はいっ!」
「部屋、準備してくれてるって聞いたんですけど」
「はははははい!ご用意させて頂いておかれます!ゆ、勇者様には手狭かもござまいせんが当家で1番の客間だとございます。いい、如何様にもおつかいくだひゃい!ヘルト、案内だ!急げ!ころさ……丁重に急げ!」
「かしこまりました。勇者様、こちらへどうぞ」
ヘルトと呼ばれた執事の男が扉を開けて先導してくれる。
フリッパは俺が退室するその瞬間まで顔を青ざめて身体を震わせ、落ち着きなく指遊びを続けていた。
あまりに不憫に見えたので思わず立ち止まって声をかけた。
「大丈夫ですか?」
「は、はひっ!痛ったい!」
フリッパは反射のように勢いよく立ち上がり、腿をテーブルにうちつける。
「失礼しました!申し訳ありません!お部屋の方は大丈夫です!申し訳ございません!申し訳ございません!」
なんか、俺の方が話しかけてしまって申し訳ございませんって感じだ。
まぁいい、領主の事は放っておこう。
「どうぞこちらへ」
それ以上はフリッパの相手をせず、ヘルトに連れられて客間へと移動した。
部屋は8畳の2倍くらいはありそうな広さ、床一面に赤い絨毯が敷かれ、天蓋付きベッドにテーブルと机も備えられている。バルコニーに続く窓からは心地よく陽が射し、暖炉も備わっている。
その中で1番俺の気を引いたのはベッドだ。腕を伸ばし体重をかけると程よく手が沈む。
ふかふかだ、ふかふかのベッドだ。感動だ!
ちょっと控えめに飛び込み、体を預ける。
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛幸せだぁ~~~
靴を脱ぎ散らかして、はみ出していた脚までベッドにのせると大きなため息とともに全身の力が抜けた。
この世界に来てベッドで眠るのは2度目だ。1度目は王都地下のダンジョンの勇者の家、それ以来だ、たぶん。
あの時は目が覚めるとクレイが裸で隣で寝てて驚いたっけ。
裸のクレイを思い出すと少しだけ体温が上がるのを感じた。
クレイ達は無事だろうか。
俺がさらわれる直前、皆で国王と対峙した。その時、クレイは国王に斬りかかったが、刃は通らず、そして国王は、親が子の頭を撫でるのは当然と言わんばかりにクレイの頭に手をのせていた。
危害を加えようという感じではなかった。
心配なのはリリルルだ。
リリはもともとクレイに付いていたから大丈夫かもしれない。
ルルはどうだろうか。ルルは立場的に言うと俺寄りだ。
勝手な印象だが国王は俺に用があったようで、不思議と友好的な態度を見せていた。であれば、俺サイドのルルにも不用意に手はかけない可能性も高いんじゃないだろうか。
……楽観的過ぎるだろうか
ノベタとかいう魔王は知らん。
本当につい先程の出来事なんだろうか。
思い返すとさっきまでの戦いが嘘のように、夢のように感じられる。
相変わらずこの世界は分からない事だらけで、なのに元凶が俺であるかのようにたくさんの事を押し付けてくる。
ほんと、嫌になる―――
さっきまでの出来事が夢のように感じられても、体の疲れまでは泡のように消えてはくれない。
横になったことで一気に疲労感に襲われて、その日はそのまま眠りに落ちた。
皆様どうぞ体調にはお気をつけください




