80 滅びた科学の町
町を覆うピンク色の煙がゆっくりと晴れていく。
視界が徐々に戻る中で、いくつもの揺らめく影が見えた。
「おーい、送風機はまだなのか?」
「送風機なら昨日、出力を500倍に改造した時に壊してしまっただろう」
「なんだ、まだ直してなかったのか。まったく、ハナのやつ。すぐに直すようお前から言っておいてくれ」
「な、なぜ私が」
「兄妹であろう」
「…………わかりました」
薄れてきた煙の奥から、少し歯がゆそうな表情をした男の顔が見えた。
こちらから見えるということは当然あちらからも見える。男もこちらに気づいたようだ。
「む?見ない顔だな……………その格好はっ」
俺の姿を確認した男は驚きの声をあげる。
はいはいわかってますよ。次にお前はこう言う。
「ゆ…勇者?勇者…様、なのですか?」
はいきましたー、いつものやつ!
いつまでも勇者の格好を着ている俺も悪いのだが、何故みんなこうもあっさりと俺を本物だと決めつけるのだろうか。
若作りな男の声を聞いて周りの年配達もこちらに気づく。
「なんですと?おー!本当に勇者様ではないですか。久しいですな」
煙の奥から、疎らにだが次々と町の人が現れて囲まれてしまった。
住民の多くは汚れた白衣に身を包み、メガネ率が高かった。爆発の影響なのか、パーマを当てたようにボリュームのある髪型の者が多い。
これまでの人達は勇者に対して特別な英雄であるかのように畏怖や敬意を持ってせっしてきたが、この町の住人は皆、俺を旧友であるかのように気軽に話しかけてくる。
だが俺からしてみれば全員初対面、見ず知らずの人達に囲まれてただただ困惑しているのだが、そんな俺にはお構い無しに懐かしむように声をかけてくる。
「領主様にはもうお会いしましたか?」
「え…いえ、さっき着いたばかりで」
「そうですか。是非とも新しい領主様に挨拶してやってください。ジロ」
年配の男がジロと声をかける。一番最初に俺に気づいた男の名前のようだ。
男の方を見ると、そっちはそっちで数人で集まっていた。何となくだけど、俺に集まっている人は年配が多くて、ジロと呼ばれた男含む遠巻きで俺を見ている一団は若い人が多い気がする。その視線はなんというか、疎ましいものを見るような目をしている気がした。
「勇者様を領主様のところへ案内して差しあげなさい」
「なぜ私がそのような事を―――」
「ハナのところへ行くのだろう。同じ方向ではないか」
「っ………わかりました」
嫌々ながら渋々了承する姿を見て、俺を疎ましい目で見ていたことが勘違いじゃないことを確信した。
王都で騎士達がそうであったように、ここでも勇者に対する態度は二分されているようだ。皆が皆、勇者を歓迎している訳ではない。
まぁ俺には関係ない話だけどね。
「アリア様に続いて勇者様まで町に来て下さるとは、実に縁起が良い。今日は良い魔石が見つかりそうだ」
ジロに俺の事を頼んだ男含む取り巻きは上機嫌で去っていく。
流れでそうなってしまったし、他に頼れるあてもないので仕方がないと思ってジロに近づくと、ジロの周りにいた若者らも俺を避けるように無言で散っていった。
「……ふん」
ジロは不満そうに鼻を鳴らしてから歩き出した。
何も声はかけられてないけど、とりあえずついていくことにする。
ジロについて町の奥へと進んでいく。
折れた電柱のようなもの、それらに巻き付く木々、不規則に建つ真四角の住居。
中でも壊れたビルから見える機械類が気になる。それらは魔法の発達したこの世界にしてみれば明らかな異物、地球寄りの科学力としか言いようがないようなものだった。それも大型のコンピュータや、培養を目的としたような巨大カプセル、さらには人型メカなど、どれもビルと共に壊れきってはいるが実用よりロマンを感じさせる代物たちだ。
何がどうなったらこんな町が出来上がるのか。そんな疑問を深く考える暇もなく1軒の建物の前に着いた。他の建物同様、真っ白で真四角な造りだが、サイズは2周りほど大きい。他のほとんどが1階ないし2階建てなのに対してこの建物は3階建てだ。
おそらくこの町で2番目に大きな建物……あ、ちゃんと建ってるやつでね。崩れているビル達は比べ物にならないくらい高層だったと想像出来る。
いちばん大きな建物はさらに少し先に立っている館だ。その館だけがこの世界の世界観に習った中世風の御屋敷だ。町は決して広くなく、15分も歩けば端から端までたどり着ける程度だ。
「領主様はあの御屋敷にいる」
ジロが目線で中世風の屋敷を指すと、自分は目の前の建物に足を向ける。
「ついてきてくれないのか?」
「なぜです?私がついていく理由がないでしょう」
ジロの言葉は刺々しさを隠す気がない。嫌悪を超えて憎悪が混ざっているようにも思える。
1人で領主に会いに行けと言われても、自分の今の状況すら理解出来てないし、知らない人……それも偉い人に会うとか嫌だし、まったくもって気が乗らない。
俺自身は別に挨拶とか必要ないから、アリアかミスティが戻ってくるまで大人しくしておきたい。
それでも領主に会えと言うならせめてそこまで付き添うのが筋ってもんだろ。
そんな俺の葛藤など知らぬとジロは目の前の建物に向かう。
ジロが扉の前に着くかといったタイミングで、丁度よく扉の方から開いた。
中から出てきたのはジロとどことなく似た雰囲気を持つ女性、髪の色も同じだ。歳はジロより若く見える。俺と同じくらいだろうか。
察するにこの女性が兄妹のハナなんだろう。たしか伝言を頼まれて、そのついでに俺の案内を任されていたはずだ。
ハナは扉の前に人が立っていたことに驚き、驚いたのを見られた事が嫌だったかのように睨みつけて、それから俺に気づいた。
ハナはジロには何も声をかけず、じっと俺を見る。
「勇者……様?」
ハナがゆっくりと近づいてきて俺の顔を観察する。何か疑うように目を細めてじっくりと凝視する。
「勇者様……なんですか?」
先程よりも声が低い。確認というよりも、疑問の方が強く交じっているように感じた。
もちろん、俺の答えは決まっている。
「違う、俺は勇者じゃない。勇者の格好をしているだけの何でもない男だ」
そう、俺は勇者の格好をした何でもないただの魔王だ。
なっ!?―――
俺の返答に2人が同時に驚きの声を上げた。さすが兄妹、息ぴったりだ。
「勇者の格好をしているだけ?……貴方は勇者様ではないのですか!?」
「いや、俺は勇者だなんて名乗ってないし。そっちが勝手に勘違いしただけだし」
「ではなぜ否定しなかったのですか!いやでも老害たちは久しぶりと言っていた………。貴方は何なのですか」
「何って言われれば………まぁ、冒険者?」
間違いではない。流石に魔王ですとは名乗れないし、だったら冒険者でいいだろう。むしろ魔王とかいうよくわからん肩書きよりも、ちゃんと国からライセンスを発行された立派な職業だ。仲間はみんな山賊だけど。
「なぜ勇者の格好を……」
「趣味だ。人にとやかく言われる筋合いはない」
嘘です。こんな服早く脱ぎたいです。
「そんな…いや、だったらどうやって町の中に…」
男が1人で考え始めたところに、屋敷の方から鎧を着た者達がこちらに走ってきた。
鎧姿の2人は俺の前に来ると膝を着く。
「ゆ、勇者様。お迎えに上がりました」
「我々も到着の連絡をたった今受けて既にお姿が見えたので、馬車をご用意できず申し訳ございません」
「領主様の屋敷の者ですか。しかしこの者は勇者様ではないとおっしゃっております」
と、兵たちに言うのはジロ。
「勇者様ではない?しかしながら、近いうちに勇者様が町にいらっしゃるということはアリア様より聞いておりました。そして町のセキュリティをパスされているとなれば、確認のためにも1度、領主様にお会いになって頂ければと。我々では判断がつきませんので、何卒」
兵たちは俺が本物か偽物かは分からないがとりあえず連れていこうというスタンスだ。
俺としてはどうにか断りたい。ここはこちらは偽物であるというスタンスを貫かせて頂こう。いや、実際偽物なんだけど。
「領主様は部屋と食事の用意をして待っておられます」
「部屋と………食事?」
「えぇ、この町には大した食堂もなく、宿もありません。勇者様が使われていたという建物も…その……5年前の事で倒壊してしまっており、領主様が客間をご用意しております」
「ふむ…まぁ…そういう事なら行くだけ行こうか、せっかく用意してもらった食事が無駄になるのは勿体ない」
こうして俺はこの町の領主と会うこととなった。
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