75 ぴょん太カーニバル
ガルムの最後のあがきで大量に沸いた黒獣が濁流のように街を容赦なく押し潰していく。
周囲の建物は流されるように倒れ、沈むように消えていく。
もはや黒獣達も自分たちの意思で進行しているのか、後から後から沸いてでる黒獣に押されているだけなのかわからない。
ただ不思議な事に、それだけの状況でありながらなぜか俺にぶつかる黒獣は1体もいない。
黒獣の流れは俺の目の前で枝分かれして避けていく。
とはいっても状況は最悪だ。
俺と、そばにいたリリとルルは謎の力によって守られているが、周囲360度見渡す限り、手を伸ばせば触れられそうな距離を残して黒獣に覆われている。
とめどなく目の前に迫る黒い波の迫力に気圧されて息苦しいが、怯んでる場合じゃない。
無事なのならば動かねば、本当に街全てが黒獣で満たされてしまう。
とりあえず黒獣が湧き続けるのを止めなければ。
幸いにも黒獣の発生源のクリスタルは教会跡地、俺の支配するダンジョンの上にある。やれることは色々とある。
俺はダンジョン内のとある機構を組み換えて準備する。
今度は慎重に、範囲を間違えないように。
アリアの加護発動!
クリスタルに隣接するようギリギリの幅で絶対障壁・アリアの加護を展開した、今回は上蓋付きだ。
アリアの加護は沸いてでる黒獣をしっかり塞き止めてくれた。
狭い空間に放り出された黒獣は、潰れては霧散を繰り返す。
死んだら霧になって消える黒獣でよかったよ。これが普通の生物だったら……考えるのはよそう。
………なんか、障壁が光を増してギュンギュン唸り始めた。
黒獣が生まれる速度が消える速度を上回って、中の圧力がどんどん増しているのを感じる。
これマズくね?アリア様の御加護様は大丈夫様なのかしら
いや、絶対にマズいと思われる。
できればクリスタルを破壊したかったがそんな余裕はない、封印だ!
チェンジフロア!
俺はクリスタルをアリアの加護ごとダンジョン最下層の中でもとりわけ広い場所に転移させた。
クリスタルからは今なお黒獣がガンガン湧き出ているが、ひとまず地上まであがってくることはないだろう。
そんなことより目の前をなんとかしなければ。
発生源を断ったところで既に沸いている魔物は消えない。見渡す限りが黒獣と廃墟と化している。
逃げ惑う人々の中に、黒獣と戦う冒険者の姿が見えた。
そういやいざとなれば冒険者も駆り出されるって言ってたっけ。
善戦している者もいるようだが、圧倒的数の前では雀の涙、全くもって埒が明かない。黒獣達は破壊と殺戮を繰り返しながらどんどん広い範囲に散らばっていく。
このままじゃ本当に王都が全滅しちまうぞ。
俺もすぐに繰り出せる大規模範囲攻撃は………ないこともないけど無差別攻撃だ、街の人たちを巻き込んでは元も子もない。
「くそ!何か、何か武器はないのか!黒獣だけをまとめて倒すような何かが」
「ガルファ、その子は使えないの?」
「ん?」
ルルが指差すのは俺の頭の上、そこには俺が生み出した黒獣のシザーラビット、ぴょん太が乗っている。
「何言ってんだおまえ、俺のかわいいぴょん太を地獄のど真ん中に放り込めってのか?鬼かお前は。動物愛護の精神はないのか?」
ルルがこんなに愛のない子だとは思わなかった。
ぴょん太はこの世界で唯一の友であり癒しだ。それをむざむざと死にに行かせるような真似は俺にはできない。
だいたい、うさぎ1匹放ったところでどうなる状況でもないだろ。
「そ、そんなに言わなくてもいいじゃない……」
ルルが震えた声で抗議してくる。体が震え、涙を我慢しているのがわかった。
ルルがあまりに酷いことを言うからちょっと冷たい声が出てしまった。
相手は幼女だ、間違った事を言っても責めてはいけない。大人である俺が正してやらないとな。
「わたしはただ、シザーラビットを増やして戦わせれば黒獣だけ全部処理できるって思っただけだもん…」
ルルが言い訳のように自身のプランを呟く。
「増やすって、ぴょん太は1匹しかいないんだぞ」
番もいない、時間もない、そもそも黒獣って繁殖できるもんなのか、お子様が想像力逞しいのは良いことだと思うが、言ってることがむちゃくちゃだ。今は一刻を争う、子供の妄言を聞いている暇はない。
「ルルに、賛成」
おっとどうやらルルにまで妄想が伝染ったようだ。
「あのな、生き物ってのはそんなに簡単には増えないんだ」
「黒獣、増やせる。ガルファ、やってた」
「え、そうなの?」
リリに言われ、試しにぴょん太を生み出すイメージを浮かべてみる。
すると確かに、頭の上のぴょん太とは別に新たに同じ個体を生み出せそうな感覚を感じる。
ひとつの個体をダンジョンに取り込めば同一個体の黒獣を無限に生成できるのか。これってなかなかにチート能力じゃないか。まぁ、俺の手持ちの魔物は今のところぴょん太しかいないけど。
とはいっても……
頭の上のぴょん太を抱き上げて見つめる。ぴょん太は無垢な顔して何か食べてる訳でもないのに口をモキモキさせている。
こいつをいくら増やしたところで、なぁ……
「その子、強い」
強いって、ぴょん太はただのうさぎだぞ。クレイに瞬殺されたし、きっと野生のヒエラルキー最底辺の草食小動物だぞ。
俺の表情から何か感じ取ったのか、ぴょん太は手から抜け出すして、器用に後ろ足だけで立って前足でシャドーボクシングを始めた。
ステップを踏みながら短い前足を突き出す姿はとても愛くるしい。
自分も戦う気概があるぞとアピールしてるんだろうな。それは気持ちだけ受け取っておこう。お前は癒し担当だからいるだけでいいんだぞ。
なんて思いながら眺めていると、ぴょん太は近くの黒獣に駆け寄っていった。
「あ、危な―――」
ぴょん太がジャンプして空中で一回転、身を翻すと目の前の黒獣が真っ二つになり、霧散した。
ぴょん太は何事も無かったかのように、呆気に取られたままの俺の足元に帰ってきて鼻で靴をつついている。
「…………………………つよっ!?」
今の、ぴょん太がやったんだよな。割とデカめの黒獣を一閃瞬殺。おまえ、こんなにかわいい姿しといて実は凶暴だったのか。
しゃがんでぴょん太を見つめる。
「ぴょん太、おまえ、やれんのか?」
ぴょん太は俺を見上げて軽く首を傾ける。肯定とも否定ともとれない。言葉は分からないが俺が何か言ってるなーと覗き込んでる程度のリアクションだ。
だが心意気はさっきのシャドーボクシングで受け取っている。……ということにしておく。
ここはひとつ、ぴょん太に頑張ってもらおう。
地面に手をついて集中する。
手元とダンジョンが見えない力で繋がる。俺はありったけのイメージを注ぎ込む。
いくぜ!!
「ぴょん太カーニバル!」
頼むぜぴょん太。今、この街を救えるのはお前しかいない!
遅くなりました、寝込んでました、皆様もお気をつけください




