74 命賭してなお
自ら召喚した獣人の黒獣に胸を貫かれたガルム。
黒獣が霧散すると、ガルムの胸にはぽっかりと穴が空いていた。
俺に勝てないと察して自棄になったのか?
急な事に衝撃も大きいけど―――少し、ほっとしている自分もいる。
バチバチにやりあってる延長上ならわからないが、改めて正面向かい合ってトドメをさす度胸など俺にはない。
リリやルルに、俺は無理だから殺してくれなんてのはなんとなく頼みたくないな。
あぁ、クレイに頼めばよかったのか。殺すとかじゃなくて引き渡す話な、騎士団だし。
まぁ…最後は呆気ない幕切れだったな。
ガルムの体が膝を曲げる形で背中から倒れた。足が足首まで埋まっているため、そのような体勢になってしまった。
足周りの地面を消して解放してやる。
ビーストテイマー:ガルム。
悪いやつには思えなかった。魔王という事を除けばどこにでもいそうな気さくで明るい青年だった。
やられたからやり返しに来た。そしてたまたま俺と対峙することになった。出会い方が違えば仲良くなれたかもしれない。そう思わせる奴だった。残念だ。
ガルムの体がゆっくりと地面に沈んでいった。
―――――なんでだ?
俺は何もしていない。ダンジョンはガルムの死体を取り込むようには動いていない。
ガルムの倒れていた場所にはまだ異様な気配が残っている。
気配の場所を見ると、人型の影が残っていた。
と、次の瞬間―――
その影から黒い獣が飛び出した。
黒い獣は天井に着地すると、そこから跳躍して俺に急降下してきた。
土の壁を展開する。壁の削れる音が聞こえ、影は俺の背後に回り込んできていた。
背中に飛び込んでくる影の攻撃を防ぐ。すぐにこちらの攻撃を展開するが、距離をあけられ躱された。
影の正体はガルムだ。
真っ黒な体に成り代わり、怪しく光る赤い目で俺を睨んでいる。
「自分を黒獣化させたのか」
さっきの自死は諦めじゃなくてこの為だったのか。
黒獣になるとオリジナルよりも能力があがるって話だ。
実際に今の攻防の中でガルムは先程以上のスピードをみせた。
―――だが無駄だ。
命を賭してまでパワーアップしたところ申し訳ないが、それでもダンジョン内の俺のスペックには届かない。
土柱が四方八方から伸び、次々とガルムの体を打ちつける。
洞窟内全てが俺の武器だ。逃げ場などない。
20発ほど土柱アタックを当てたところで攻撃の手を止める。そろそろ倒しただろうか。
黒獣は表情も出血もないためダメージの具合が分かりにくい。
と、洞窟の奥からこちらに向かってくる黒獣の気配を感じた。新手?………いやこの気配は、
それは俺に飛び掛ると、そのまま頭のよじ登って我が物顔で鎮座した。
俺の異世界での唯一の友達、シザーラビットのぴょん太だ。
「どしたー、心配で来てくれたのかー?愛いやつめー」
危ないから引っ込んでいて欲しいところだが、まぁ問題ないだろう。
悪いが今はちょっと構ってやる余裕はない。
何事も無かったかのようにガルムが起き上がる。
もしかして効いてない?
と思ったが、ガルムは前のめりに倒れた。
やっぱり効いているようだ。
ガルムは手で上体を持ち上げながら起き上がろうとしている。
「カタキハ………トル」
あいつ、黒獣になっても喋れるのか。
なんて感心していると、ガルムの姿が消えた。
「え?は?」
思わず声が漏れた。
周囲に気配はない。瞬間移動したのか?あいつそんな能力あったのか?
急いで辺り一帯の気配を探る。
―――見つけた!
真上だ。地上の、さっきまでガルムと戦っていた場所のちょうど教会跡地だ。
俺もすかさず瞬間移動する。
「グ………グ………グ……」
ガルムが唸りながら影に手を添えて力を溜めている。
ガルムを中心に地面が黒く染っていき、沸騰するようにゴポゴポと泡が沸いては弾けている。
また大量に黒獣を呼び出す気か。
ガルムの目的は大量の黒獣を街に放って王都プロンタルトの人間を殲滅することだ。別に俺を倒す必要はない。
そのうえ、地上なら俺の能力も激的に落ちる。黒獣と化したガルムならもしかしたらやりあえたかもしれないな。
―――本当に、ただの地上ならな。
「ススム、生きてた」
「ガルファ!無事だったのね!」
「当たり前だろ」
出迎えてくれたルルとリリに返事を返す。まぁ実際は俺もあの時は死んだかと思ったけど。
「すぐ済ませる」
俺も地面に手をつく。
俺がアイリー達を地中へ避難させた時に使った能力『チェンジフロア』はダンジョンの部屋や階層、指定区画をまるっと入れ替えるものだ。
つまり、教会跡地はダンジョンの何処かに取り込まれ、代わりに現れたここの更地はダンジョンってことだ。
「タイタンメイデン」
地面から無数の牙が生えた壁が2枚せり上がり、ガルムに噛み付くように閉じて容赦なく押し潰した。
大口が開いて地面へと沈んで消える。
遅れて、ガルムが倒れた。
辺りをおおっていた影は消え、ガルム自身の気配もわずかしか残っていない。
終わりだ。
倒れているガルムに寄る。
ガルムが小さく息をしているのが胸の動きでわかった。黒獣に身を変えながらも、その体は生きていた時と同じように思えた。
小さく口が動いているのに気づき、身を屈めて耳を立てた。
「ホントウニ………イツモ…サイゴノ、サイゴデ…………ウマク……イカ、ナイ」
独り言のように呟いているガルム。黒獣特有の赤眼が、近づいてきた俺に向けられたのがわかった。
結局、俺がとどめを刺すことになってしまったな。1度死んで黒獣になっているから、殺したというには微妙な判定かもしれないが。
真っ赤な瞳からはガルムがいま何を思っているのかうかがい知ることは出来なかったが、目が離せなかった。
「オマエガホントウノ………ユウシャ………ナラ……トメラレル………ハズダロ……。ススム………コレガ……サイゴ……………ショウブ………………バットエンド・カーテンコール」
ガルムの身体が、まるで黒い炎のように燃え上がり、いつの間にか傍に浮いていた黒いクリスタル状のものに吸い込まれていく。
ガルムの身体はそのまま跡形もなく消え去り、残ったクリスタルが宙に浮いてゆるりと怪しく回っている。
やがて、クリスタルにヒビが入り、外殻が弾けて壊れた。
そこから突風のように影が吹き出し、一気に街中に拡がっていく。
黒だけじゃない、赤い点も多く混じっている。
これ、全部黒獣だってのか!?
津波のように、雪崩のように、影は圧倒的質量で街を押し潰す。




