73 ガルム
「ガルム、またそんな格好して…逃げる途中で枝にでも引っ掛けたらどうするの?」
「だいじょぶだって、逃げなきゃいけない事なんてねぇから」
「そう言って、この前も裾を破いてきたのはどこの誰だっけ?」
インナーも着ずに柄シャツ1枚だけをはためかせる様に羽織ったガルムにサーニャはため息をつく。
言っても無駄だとわかってはいるが、言わずにはいられない。
「逃げてて引っ掛けたわけじゃねぇよ。この前はたまたまだよ、たまたま」
「まったく、誰が縫うと思ってるのかしら」
「うっせーなぁ。お前は俺のかーちゃんかよ」
「なっ!だれが母親よ!?」
「おお怖い怖い」
頬を膨らませるサーニャから逃げるようにガルムは狩猟班の集合場所へ向かった。
ガルムが暮らすのは300人程の獣人のみが住む小さな集落。
自然に囲まれており、集落全体で家族のように協力し合いほぼ自給自足で生活している。
少し前から今年に成人した若者らが狩りに参加している。
最初は足でまといでしかなかった若者らも獲物を狩る事に慣れ始め、少し浮かれている時期だ。
狩猟を甘く考え、緊張感を忘れるどころか遊び感覚でいるようにしか見えない彼らに、ガルム含むベテランの狩猟班らは厳しいめで見ていた。
とはいっても、この雰囲気は珍しい事ではない。
初心を忘れて気持ちが浮つく時期というのは多くのものが経験するものだ。特に今年は成人した人数も多い。馴れ合いや油断から気が緩むのも仕方の無いことだろう。
しかしそれも今日までだ。
明日から3日間、狩猟班は遠出をしての狩りとなる。
表向きは村の祭事の準備だが、これには新人に狩りの厳しさを教え、気を引き締めさせる狙いがある。
ベテラン組の中でも最近は、今年は誰が最初に泣きっ面をかくかという話題がもっぱらの酒の肴となっていた。
その日の狩りも中盤にさしかかったところ、指笛の音が響いた。緊急事態を知らせる合図だ。
森に散らばっていた皆が一斉に集まる。
ガルムが合図の場所に着くと、数人の仲間に囲まれた中でリーダー格のラムチャイが木を背もたれにして倒れていた。腕には矢が刺さっている。
すぐ横で弓を握った新人のひとりが狼狽えているのを見て、ガルムは事態をすぐに察した。
「あ、ガルム……俺、俺!わざとじゃないんだ!?ラムチャイがいるのに気づかなくて―――」
「わかってる、わかってるから落ち着け」
ガルムはそいつの肩を優しく叩き、それとなく弓を引き取る。それからそばにいた別の者に小声で指示を出す。
「離れた場所に連れてって落ち着かせてやってくれ。責めるような事は言うなよ」
「わかった」
指示を受けた者は新人を連れてこちらが見えない場所まで歩いていった。
ラムチャイはこちらを見て何かを言いたげにするが、言葉を発するには至らない。
ガルムが傷口を確かめる。
「痺れ毒か」
ラムチャイが受けたのは麻痺毒の塗られた矢のようだ。麻痺毒は大型の獲物を狩る時に使うものだが、一射で獲物を仕留めきれない新人にも持たされる。急所を外せば反撃を貰うこともあるため、どこに当たっても獲物を倒せる武器で狩りに慣れる為だ。
「新人の矢でよかったな。大型用だったら死んでたぞ」
ガルムはラムチャイの肩口をきつく縛り、矢を抜く。自らのシャツを破いて包帯代わりにし、傍にあった葉っぱを1枚挟んで傷口に結んだ。迅速で的確な応急処置だ。都合よく薬草が傍にあったのもよかった。
幸いにもラムチャイの怪我は、後遺症が残るようなものではなかった。しかし痺れ毒の効果ははしばらく尾を引く為、ガルムのチームはその日の狩りを終えて村へ引き返した。
その日の夕方、森に向かうガルムにサーニャが声をかけた。
「ガルム!」
「よぉ」
「見かけないと思ったら、何してるの」
「ちょっと散歩だよ」
「森の中に?」
「あぁ」
「駄目よ。狩りに行くんでしょ。すぐに暗くなるわ」
「大丈夫だよ。慣れてっから」
「駄目、危ないわ」
「大丈夫だって。明日から遠征だってのに、俺たちの班が抜けたせいで獲物がちょっと少なかったろ」
「3日なら持つわ。それにお肉がなくても生きていける」
「新人くんに気負われてちゃ敵わないんだよ」
「あぁそれで…」
「パっと行ってすぐ帰ってくるからよ」
「………………わかった。じゃあ私はガルムが戻ってくるまでに服を直しておくわ」
「げ、見たのかよ……勝手に家に入んなって言ったろ」
「ガルムはちゃんと見てあげてないと心配だから」
「おまえはかーちゃんかよ…。あの服はいいよ、捨てるから」
サーニャが言ってるのは昼に着ていた服の事だ。破れているだけならまだしも、包帯代わりに使った為にそもそも布が足りてない。
「捨てるんなら私の好きにしていいでしょ」
「はぁ…わーったよ。んじゃあちょっと行ってくる」
「絶対帰ってきてね」
サーニャが手の平をガルムに向けて差し出す。ガルムもそれに応えて手の平を重ねた。
「血と誇りに誓って」
互いに笑顔を交わして、ガルムは森へと入った。
「ちと遅くなっちまったかな」
陽も落ちきって森の中は暗闇だ。ガルムは自分よりも一回り大きい鳥型の魔物を背中に抱えて村を目指していた。
と、何かの気配を感じとる。
自分以外にも森へ入った奴がいたのかとも思ったが、その気配が魔物でも獣人でもないことに気づいた。
鳥を背中から下ろして様子を見に行く。
気配の正体は2人の兵士だった。
ガルムは不審に思ったが、とりあえず声をかける。
「おまえら、こんな所でなにしてんだ?」
突然声をかけられた2人は一瞬体を強ばらせたが、ガルムの姿を見ると薄ら笑いを浮かべた。
「なんだ、獣のガキじゃねぇか」
「もしかして村から逃げてきたのか?」
兵士たちが何の話をしているのかはわからないが、ガルムは話を続ける事にした。迷い人の保護は森に生きる獣人の務めだ。
「迷ってんなら道まで案内するぜ。すぐに夜も更けるし、明日の出発でいいなら俺達の村で部屋くらい貸してやれる」
それを聞いた兵士たちは呆気に取られた表情を見せるが、やがて声を上げて笑いだした。
「はっはっはっはっ、村で部屋を貸してくれるってよ」
「こいつ、なーんにも気づいてないのか。今頃部屋どころか村ごとなくなっちまってるかもしんねぇのによぉ!」
兵士らが何を話しているのか、ガルムにはさっぱり分からなかった。既に日が落ちているにも関わらず、村の空だけが赤く明るい事に気付くまでは。
目の前の2人を敵と判断してからのガルムの行動は早かった。
飛びかかられたことに気付いた兵士2人が剣を抜くよりも早く、鋭い爪で喉をかっ切った。
手応えはあったが、生死の確認を行う暇も惜しい。
ガルムは全速力で村へと駆けた。
ガルムが着いた時には火の手は村全体に回っていた。
村を取り囲む兵を突っ切り、その中へ飛び込む。
その光景は自分の知っている村の姿とは違っていた。燃え盛る家々と、無残に転がる同胞の屍。
ガルムは吼えた。
それに気づいた兵が集まってくる。
ガルムは怒りのままに爪を振るった。多勢に囲まれ、どれだけ傷つけられようと怯むことはない。
だがそんな無茶が長く続く訳もなく、背中を大きく剣で撫でられたガルムは怯んで地に手をつく。
「う゛おああああああああああ!!!」
咆哮で自分を奮い立たせてすぐに起き上がり、背中を斬りつけた者に飛びかかる。
しかし、ガルムの爪が相手を切り裂くより先に兵士の剣がガルムの顔を捉えた。咄嗟に首を捻ったが、剣は右目を潰し、側頭部を叩き伏せた。
「ガキ1人になに手こずってんだ」
「すみません、なかなかすばしっこい奴で」
「いくぞ」
「はい。あの…こいつの始末は」
「この火の周りならどこにいたって焼けるだろ。剣が汚れる。他の奴らも退くように言え。後は周りを囲っとくだけでいい」
「わかりました」
兵達が去った後、ガルムは目を覚まし、重い体を持ち上げた。熱が傷を焼く感覚はあるが痛みはなく、むしろ寒気すら感じる。
瀕死の体を引きずってたどり着いたのはサーニャの家だ。
火に包まれた家に入り目を配ると、部屋の隅に転がる少女を見つけた。
ガルムは膝をついてその体を抱き寄せてみるも、少女が動くことはない。
「帰ったぜ、約束通り」
ガルムは少女の手に握られた見慣れた柄の布を取る。
ハンカチなのかバンダナなのかは分からないが、自分がダメにしてしまった服を縫い直したものだ。
ガルムは少女を抱きかかえたまま、ゆっくりと目を閉じた。
―――――夢を見た
視界に映るのは一人の少女。
自分の体は影のようで、周りには同じような影がいくつか蠢いていた。
魔王を騙る少女はプロンタルトを滅ぼしたいと話した。
共感する訳では無いが目的は一致する。乗ってみるのも一興かと思った。
目が覚めると焼け野原の中で膝をついていた。
目の前には、人のような形をした黒い何かが転がっていた。
「悪ぃな、還りはもうちっと遅くなりそうだ」
ガルムは炭のようなそれに手を触れ、自身の影に取り込む。
手に握っていた布を頭に巻いて潰れた右目を隠した。
ガルムは同胞ひとりひとりの元をまわり、全員を自分の影へと納めた。
「それじゃあ行くか」
ガルムは首都プロンタルトへ向けて歩き出した。
もうガルムが主役でいいんじゃないかな




